異端の鳥 咀嚼 その後

先日観た異端の鳥という作品

白黒の美しい映像と共に人間の暴力を描いた物語で旧共産側の仄暗い、というかかなり暗い印象の映画です。この作品において上田映劇と犀の角さんの共同の対話イベントがありました。

この作品を観た方々でそれぞれの感想や映画の印象などを好き好きに話し合い共有する会で、年代層も幅広く、なるほどと思うこと、共感すること、僕とは違う受け止め方があること、映画の設定に対する知識(言語、歴史、宗教、作家、文学)についてのこと、興味深く話を聞いていました。

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Spain/Camino de santiago/Cruz de Ferro(鉄の十字架)

(以下、少々ネタバレがあります)

興味深い問いとして高3の参加者から”なぜ、主人公の少年は、幾度も幾度もひどい暴力を受けながら、(生きることの方が辛いのに)生きようとしたのか。その源はなんだったのか”

これはとても深い、深刻な問いだろうと思います。

僕らの国ではとりわけ自らの命に対する問題、課題が深刻であるし、特に若い世代の死因のトップにある問題です。

この質問に対して大人としてすぐに回答ができず、今でも考えを巡らせていて、この場で整理して自分なりの回答を描いてみたいと思います。

会場のある方は、主人公はまだ子供(10歳くらい?)で”生”や”死”について十分に理解をしていなかったのではというお話がありました。

この話を聞いて思ったのはチンパンジーの話です。

チンパンジーは人間的な時間感覚を生きているわけではないといいます。つまり、未来を想像して絶望も希望も抱くことはなく、今その瞬間に全力の能力を発揮するそうです。野生で生きるために敵を察知する能力や食べ物を見つける能力に特化しているため、瞬間の識別や記憶力は人間の何倍も高いということが証明されています。

そんなチンパンジーにおけるあるエピソードで腕を失ったチンパンジーの例があります。チンパンジーが腕を失うということは、木に登ることや食べ物を取ることできないわけですが(未来に対する期待)、チンパンジーは絶望することはないそうです。人間であれば誰しも木に登ることができなければ敵から逃げることができないとか、明日から食べ物を集めることができないなど、未来を想像し現在を悲観すると思います。しかしチンパンジーはエサを与えられた時には食べ物を前にして以前と変わることなく喜びを表現するそうです。

よく幸せのヒント、または自己啓発などでも”今を生きる”という思想が語られますが、”今を生きる”能力は人間はある意味で進化の過程で失ったのかもしれません。

異端の鳥の少年が少年であったために今を生きるという動物的な能力がより高く、未来に対する絶望を生み出さなかったということは十分に考えられるのかなと思います。

もう一方で僕なりの咀嚼になりますが、僕はあの映画をもっと”悪”というものが全体を支配しているように印象を受けました。なので、まだ子供であったということであの暴力の連鎖に耐えることができたとは信じられない部分があります。では、なんであろうか。

またある方は異端の鳥の物語は聖書的な文脈があって、巡礼と成長の物語でもあるということをおっしゃっていました。

このキリスト教的文脈を前提に掘り下げてみたいと思います。

キリスト教には受苦という言葉があり、これは英語にするとPassionになるそうです。情熱という言葉の中に苦難を受けて乗り越えることが含まれるということだと思います。

映画の中では主人公に対してキリスト教の司祭が受苦について説いました。この司祭はこの物語における数少ない良き人間であったと僕は受け止めていて、司祭の教えを信じた主人公は未来に救いを見ながらその後の苦難に立ち向かったのかもしれません。

そしてもう1人、主人公にとって良き人間であったと思われるのが、ソ連軍のスナイパーです。彼は仲間が攻撃された時に、上官の命令を無視して復讐に向かいます。主人公の少年は彼の後に勝手についていき、共に復讐を果たすわけです。そしてスナイパーは”目には目を、歯に歯を”という教えを主人公に伝え、生きることについて説きました。

その後、主人公はスナイパーの教えに忠実に従った行動をしています。

主人公は巡礼の旅の中で、司祭の教えにより、苦難に立ち向かい生き延びて、スナイパーの教えである復讐というある意味の”解放”を得たとは言えないでしょうか。

この映画から受けた悪の印象に対して辻褄を合わせるような解釈ではあるかなと思いますし、このストーリーだと映画のエンディングとは必ずしも一致しないため、筋悪かもしれないですね。

さらにもうひとつ、キリスト教のモチーフがたくさんあることがら、彼自身が苦難を乗り越えイエスになったということもあり得るのもしれないですが、それだと彼がただ特別な存在だったという少し寂しい感じもします。

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Czech/Prague/カレル橋

一つの映画で集まった10人ほどの方々でそれぞれ着目するところ、心を動かされるポイント、登場人物への解釈など本当に様々で面白かったです。

対話イベントは来月も企画されていますので、ぜひお近くの方やご都合良い方でモヤモヤしながらお話できたら良いなと思います。

異端の鳥は19日(金)まで上田映劇にて上映中です。

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