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「何かを始めるのに、遅過ぎることなんてない」と言うけれど

今朝2つのメディアからインスパイアされたこと。

一つはNHK「あさイチ」から。

特集されていたのは49歳から競輪選手になった女性の話。

競輪選手になるには競輪学校に通う必要がある。
競輪学校は全寮制。しかも軍隊のように厳しいのだとか。
例えば、お化粧は禁止だし、布団を畳んだりしたらきっちり端を揃えておかないといけないとか、ベッドメイキングもよれよれじゃダメでピシッと仕上げなきゃいけないとか。おそらく時間も厳守でしょう。
そうやって厳しくすることで競輪のことだけを考えドップリ浸かれる時間を作り出しているのだと思います。

とは言えこの方、いままで家事をこなしてきた経験があるので、むしろ料理せずに三食出てくることは楽だったらしい。味付けを調理の方に聞いてみたりしていたというから、厳しさというのは人の感じ方によるのだろう。

その女性は元小学校の先生。2人の娘も大学卒業という状況で時間にゆとりもできつつあった時期。
ある自転車の大会に出たときに15歳の子に優勝を持っていかれ、自分が2位に甘んじてしまったのが悔しかったらしく、それが競輪選手を目指すきっかけになったのだとか。もっと速く走りたい、と。

49歳、50歳も間近になれば、ここからの10年をどう過ごそうか、還暦を迎える60歳以降をどうしようかなどと薄っすらでも考え始める年頃ではないだろか。
ところがこの方は挑戦する。

競輪学校に入学し(これも容易ではないようだが)、入学式では総代としてステージに上り、生徒会長も勤め、朝練は欠かさず。

そして50歳でデビュー。なんと初勝利をもぎ取る。
52歳で引退となるが、それまでに4勝を飾る。

競輪学校で同室だった30歳の同期の「50まで現役を続けたい」という言葉に、「私は50から始めたのよ。目標を変えなさい。」と発破をかける。

いまは競輪学校のカリキュラムを作ったり事務的な仕事をされているという。
そこで初めてパソコンを使い始める。文字を大きくするにはどうしたらいいの?という初心者だったらしい。

やりたいことに年齢は関係ない。どこまでできるかはわからないけど、遅すぎる理由なんてない、と改めて思った。


もう一つは星野源の記事だ。

2012年にくも膜下出血で倒れ、そこから価値観が変わったという。
仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わったのだと。

どんなときも「平熱の状態でいられる」「今の自分がいるのは以前の自分のおかげである」という星野源さん。

おそらく年齢や環境に関わらず、常識にもとらわれず、自分の望むように人生の舵を切る。

人生において何かを始めたいときに、遅すぎるなんてことはなく、やりたいときが始めどき。自分の始めたいタイミングで始めたらいい。
自分の人生なのだ。スピードも方向もタイミングも、すべて自分次第なのだ。



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