見出し画像

茶道への挑戦とその記録

そろそろ年が暮れるころとなり,周囲は年末モードに切り替わった.12月の初旬,2022年になる前に,何かやり残していることはないかと逡巡し,そうだ,茶道を習いたいんだったと思い出し,茶道教室に駆け込みで通い始めた.2021年は自分にとっては激動の年で最も大きな変化だったといっても過言ではなかったが,そのような変化の多かった年に茶事に参加し始めたことは偶然ではない気がする.

茶道を始めたかった理由はいくつかあるが,最も自分の中で納得のいく理由は気持ちが落ち着くこと.茶道はもともと道教,禅をバックグランドに発展し,千利休が16世紀に茶の湯として大成させた.(茶道教室に通い始めてから岡倉天心著『茶の本』(現代語訳ver)を読了した.)

お茶がどのような変遷を経て我々の生活に浸透してきたかが概して描かれていた.多くの人が知るところは,武士が戦に出向く前に,茶室で茶事を開き,精神統一を行っていたこと.まさに,お茶を飲むことは現代のマインドフルネスであったのである.自分は,茶室の中の平穏,釜の中に滴る水の澄んだ音に感銘をうけ,茶道をはじめる決意をした.
その他には,自分が現在京都に住んでいること(京都は茶で有名である.),その昔幼稚園生の頃におばあちゃんに点てた茶道が懐かしかったこと,ある時抹茶を好きになったこと(年を重ねることによる感性の変化),昨年留学生が来た際に嵐山で茶道教室を体験したこと,自分の敬愛する人物がお茶を習っていること,など.

これだけお茶を習う理由があるのなら,習わない理由はない,と感じた.
金銭面に余裕が出たことも一つ茶道を始めることができたきっかけではある.経済面でいうと,茶道を始めてから分かったことだが,茶道を習うことは将来的な自己投資である.恐らくだが,お茶は死ぬまで持続可能に続けることができると考えている.

茶道と他の趣味の比較.
囲碁や将棋といったゲーム,サッカーやフットサルといったスポーツは茶事と同様に友人,家族と触れ合うことができる良いきっかけを与えてくれる.しかしながら,ゲームやスポーツは決して競争や争いから逃れることはできない.そして,日常から切り離されている.その点,お茶は我々の生活の一部になって久しい.お茶を飲むこと自体に争いはない.このような魅力を持つ茶事は,人々が平等に集まることを許す素晴らしい文化である.

初回の茶道体験では,一人の女性先生の指導の下,袱紗の扱い方,畳の上での作法,お茶の飲み方などを習い,実践した.

今後も,初釜など,茶道ならではのイベントがたくさんあるようなので,とても楽しみである.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?