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【太宰治】太宰の理想の女性

 今回、紹介するのは「太宰の理想の女性」について。

 日本の小説家、ジャーナリストである梶山 季之(かじやま としゆき、1930~1975)責任編集、月刊「噂」の1973年(昭和48年)2月号に掲載された座談会から引用して紹介します。
 この月刊「噂」は、文壇やマスコミ界の埋もれた逸話を記録するため、梶山が自費創刊しましたが、赤字により、1974年(昭和49年)に終刊となりました。

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太宰 治に”投資”した青春

 今回、引用して紹介する座談会に参加したのは、作家の池田 正憲(いけだ まさのり)、NHK職員だった石沢 深美(いしざわ ふかみ)、作家の桂 英澄(かつら ひでずみ)の3名です。
 この3名は、「太宰が死んで、おれたち、投資した会社が破産したようなもんだ」と話す、太宰を師と仰いで青春時代を過ごした直参の弟子でした。
 太宰の没後25年を経て行われたこの座談会は、「戦時中の暗い青春時代に、太宰治と接したという貴重な経験の持ち主」達に、「この作家の人間像を語りながら、この作家が若者に及ぼす”魔力”の正体みたいなものの一端」を解明してもらうことを目的としていたそうです。

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 座談会では、「人間の屑みたいな男?」「影のような精霊が歩いている」「百里先をとらえる皮膚感覚」「おれと別れるか、女と別れるか」「”恋と革命”の意味」など、とても興味深いテーマで太宰について語られていますが、今回は、「太宰の理想の女性」について語られている部分を引用して紹介します。

太宰の理想の女性とは?

池田 この辺で太宰さんの女性観について論じてみようよ。
 太宰さんの女性に対する考え方は矛盾だらけだったと思うよ。あの人は、最初からものすごく辛辣なこと言ってるんですよ。ひでぇよな。
石沢 人類、猿類、女類だって……。
池田 堤さんも、もとからそういうところがある。
 だから惹かれていったんだよ。ぼくはね、いつか太宰さんにどんな女性がいいかと訊いたことがあるんです。そしたら、おそらく冗談半分でしょうが、「本所深川の車屋の娘」(笑い)。それから「オッパイの小さい女は気をつけろ」って(笑い)。
池田 知ってるな、ほんとですよ。
石沢 それから、結婚するなら美人としちゃダメだ、醜婦と結婚しろって。だけど、全部ウソだと思ったね(笑い)。
 ぼくは太宰さんと一緒に、昭和十七年の夏、箱根で十日ばかり過したことがあるんですが、そのとき太宰さんが言ったことで印象に残っているのがあるんです。順を追って話しましょう。太宰さんはホテル、ぼくは弟が療養している近くの旅館にいて、毎日、腰巾着みたいになって歩いていたんです。そのとき、ホテルに何か気になる女性がいたらしいんですよ。その女性のことを話した挙句に、人妻なんかでもしばらく主人と別れていて、明日会うという、その晩が一番危いんだって、船員の奥さんなんかでも、明日、夫が帰ってくるという前の晩に誘惑すればコロリだというんです。あの女性も、どうやらそうらしいと、さかんに話すんですよ(笑い)。
池田 太宰さんは堤さんに「官能、官能って何だ」と言ったらしいよ。だから、太宰さんには独特の理想女性像があるんじゃないかしら。寝巻だったら、ノリのきいた男の浴衣を着た……。
 ピリッとしたのね。そういうのが書いてあるな。
池田 作品の中ではね、そういう女のイメージを追いかけていたと思うよ。描ききれたか否かは別として。
 ただ、ぼくは若気の至りで、同じ時に「永遠の女性っているんでしょうか」って訊いたんだよ。そしたらね「いないんだなあ」って……実感が出ていたね。「先生は、女性のどういうところに惹かれますか」「顔じゃない、心だな」って。確かに、日ごろから「おれは、心で迫られると参っちゃう」と言っていましたよ。
池田 それは醜女の深情ということになるね。母系家族の中にあるとね、女性に対する被害意識があるんだよ。
石沢 あの時代、小説でも書こうという人は、必ず女遊びをした……。
 行かない人はいないでしょう。
石沢 だけどね、作品の中で、自分はいわゆる遊女でも愛情なしに抱いたことはないと……。
 金で買ったことはない、とは話していましたね。
池田 やっぱり初代さんに惚れ込んで結婚して、ああいう結果になったことが、太宰さんの以後の作品を決定しているんじゃないですか。しかも、裏切られていることもあるし……。
 女性不信もそこからくるだろうし。

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石沢 ぼくが軍隊に行く前のことですけれど、太宰さんが「最近、色んなファンレターがくる」と言って、一枚の手紙を見せられたことがあるんです。見たら、小さい字で達筆なんだ。おまけに非常に文句がいい。私の好きな作家、なんていうのの並べ方もすごくいいんですよ。メリメとか、ずーっと書いてあるんで、ぼくは「これはなかなかいいですね」と言ったんだけれども、それが太田静子さんだったらしいね。
 あれは、大変な人だよ。

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石沢 そのほか、女性に関することで、ぼくが太宰さんの家に遊びに行ったら、「お前、最近、しけてるね」「そうです」「そうか、それじゃあ、明日紹介するから新宿へ来い」って。で、新宿の喫茶店”モーリ”に何時までに来いという約束ができたんだ。ぼくは非常に楽しみにして、風呂へ入って威儀を正して行ったんですよ。まだ学生時代ですから、袴なんかはいて、胸をときめかして”モーリ”へくりこんだんだ。ところが、時間になっても、なかなかこない。
池田 話が面白くなってきた。で?
石沢 そのうちに一人、おばちゃんみたいなのが入ってきただけ。ぼくは、しびれを切らして新宿の改札口まで行ったら、ようやく太宰さんがやってきた。先生は、ニヤニヤしている。「モーリで待っても、誰もきません」「そうか」――行ったら、そのおばちゃんがそうなんだよ(笑い)、太宰さんは、そのおばちゃんに引き合わせてくれたんだけれども、その人、何だかふてくされていてさ、全然反応なし。喫茶店へ行っても、太宰さん、おれにばかり話しかけてくる。おばちゃんはね、途中で怒って帰っちゃったよ。で、太宰さんと二人きりになったら「いや、あれでいいんだ」って(笑い)。あとから考えたら、色紙を書いてくれということだったらしいね。ぼくはガッカリしちゃって、「先生、ひでえや」って……それから新宿の二丁目あたりに出て酒飲んで、太宰さんはシュウマイか何かを奥さんに買って帰っちゃった。

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 太宰さんというのはね、いいのはあんまり紹介していないよ。ひそかに取っておいてね……(笑い)。箱根の話だけれど、沼津のお医者さんのお嬢さんで、津田英学塾かなんか出た才媛で、なかなか背が高くて美人でね、しゃれたパラソルをさしているんです。太宰さんは、その人と仲良くてね、一緒に散歩に出て、お嬢さんがよろけたんだね、太宰さん、ころげんばかりにして介抱するんだよ(笑い)。掌をさすったり、泥を落としたり……(笑い)。おれ、ひがんでね、これはてっきり、いい仲じゃないかと思ってさ、何だおれは邪魔者じゃないかと思って苦しんだ覚えがある。
池田 へーえ。
 それを堤さんに話したんだよ。そしたら「あ、それはこの前、太宰さんが、これはファンから貰ったカットグラスだって得意になって見せた、そのお嬢さんだ」って。つまりだな、ああいういいのは、ソッとしておくんじゃないかな。
石沢 うん、そうだ、そうだ。
池田 でも、太宰さん本来のホーム・グラウンドというのは、やはり遊女の世界だね。
 良家のお嬢さんは大切にしたんだ。
池田 でも、お嬢さんへの憧れはないよ。
 およそないね。太宰さんは徹底したリアリストだな。いわゆる手をスッと取ったりして表面上は甘く見えるけれども、実際は甘いところは一カケラもない。
池田 さめ切っているものね、女に関しては。
 自分の女性関係については、一番信頼の厚かった堤さんにも話していない部分があるんじゃないかな。ある有名な芸術家の女性とのことも、ほとんど知られていないよ。檀(一雄)さんあたりは「絶対にクロだ」と言ってるけど……。

「太宰さんは、いうまでもなく酒好きですから、飲み屋には無数に行きました。飲み屋に行けば必ず女性がおり、中には美人がいます。しかし、太宰さんはいくら酒が入っても本当の泥酔ということはありませんでしたから、女性に対しては見事に潔癖で、最後までシャンとしていました。太宰さんとは何十回、何百回となく酒場に行きましたが、女性に対して崩れた姿を私は見たことがありません。思うに、太宰さんという人は、斬新な感覚にあふれながら、一方古風なところがあり、やたらに礼儀作法にやかましかったり、中秋の名月に向かって手を合わせて拝んだりしていました」――堤重久氏談

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2020年、太宰治生誕111周年

 今年、2020年は、太宰治生誕111周年です。
 これを記念して、はてなブログで展開している「記憶の宮殿」で『日めくり太宰治』という企画を実施しています。1月1日から毎朝7時更新。太宰39年の生涯から、その日の太宰のエピソードを1つピックアップして紹介していきます。
 下記リンクから飛べる記事には、更新済み記事の一覧が見られる「太宰カレンダー」もありますので、ぜひ気になる記事から読んで見て下さい!

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 また、noteで執筆している記事とのコラボ企画で、2020年5月22日の「日めくり太宰治」では、今回の記事と関連する記事を更新します。
 お楽しみに!

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【参考文献】
・『月刊 噂』二月号(噂発行所、1973年)
・日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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