ぼくは知り合いに遭遇しやすい
ぼくは知り合いに遭遇しやすい。もう一か月前になるが、ぼくは由梨(他大学の彼女)と一緒に国立科学博物館の『大哺乳類展3』へ行った(その時の話は「ぼくと彼女は大哺乳類展へ行く」という記事に書いた)。そこで今回は、ぼくらが国立科学博物館を出てからの話をしたい。どうせ大した話ではないが、ぼくが大した話をしないのはいつものことだ。
特別展『大哺乳類展3』及び企画展『知られざる海生無脊椎動物の世界』を見終えたぼくらは、由梨の弟の孝彦くんへのお土産(東京ディズニーシーのお土産のお返し)用に宇宙食を買って、国立科学博物館を出た。お昼ご飯は上野で食べようということになって、とりあえず、上野公園の広い通り(国立西洋美術館に面している通り)を歩く。
「じゃあ、たぁくん(孝彦くん)に宇宙食を渡しておいてよ」「(ぼくの下の名前)くんから直接渡したら? そのほうがたぁくんも喜ぶよ」「……えー? 喜ぶかなあ? デヘヘ」といった会話を交わしていたら、駅のほうからこちらに向かって見知った顔が歩いてくるのが目に入った。阿久澤(放送研究会兼インカレサークルの後輩)だ。阿久澤の隣には女の子がいる。何度か写真を見せてもらった阿久澤の彼女(他大学の放送研究会の子)っぽい。
ぼくは阿久澤を由梨の大学の番組発表会に連れて行ったことがあるので、由梨と阿久澤は一応顔を合わせたことはある。ぼくが「あっ、アクだ。うちの阿久澤だ」と由梨に教えると、視線を感じたのか、阿久澤もぼくに気付いた。お互いデート中なので気まずい感じもしたが、目が合った以上スルーするわけにはいかないので、ぼくらは歩み寄って「(ぼくの下の名前)さん! 何やってるんですか?」「アクこそ何やってるんだよ!」と挨拶を交わす。
すかさず由梨が阿久澤たちに向かって「お久しぶりです、(由梨の大学名)の小手です! いつも(ぼくの下の名前)くんがお世話になってます。……今日はデート?」と話を振った。ぼくは「(ぼくの下の名前)くんがお世話になってます」という由梨の言葉に様々な違和感を感じつつ(お世話しているのはぼくのほうだし)、阿久澤が由梨に向かって「あっ、いまから上野動物園に行くところで……」などと答えているのを聞いていた。
阿久澤の彼女も会話(というか挨拶以上歓談未満のやつ)に加わって、その場で40秒ほど立ち話をしただろうか。ぼくは人通りの多い道でカップル同士が突っ立って向き合っている状況が急に恥ずかしくなったので、由梨の肩を軽く押しながら「まあこの辺で……こんなところで会うなんてびっくりした! 動物園のパンダによろしく!」と阿久澤とその彼女に言って、半ば無理やり別れを告げた。その際、由梨は「じゃあ、また今度ちゃんとお会いしましょう。動物園楽しんできてね!」などと阿久澤たちに言っていたが、初対面の年下カップルを相手にこういった優しいお姉さん対応を自然にこなしちゃうあたり、やはりこのひとはコミュ力おばけだと思う。
それにしても、大学の近くならいざ知らず、まさか上野で阿久澤とすれ違うとは。しかもあの日・あの時間・あの場所で遭遇するとは。お互いの行動計画が30秒ぐらいズレていたら、たぶんぼくらは会わなかったはずだ。例えば、国立科学博物館でぼくが孝彦くんへのお土産に何を買うべきか悩まず、由梨の「別に買わなくてもいいと思うよ」という実姉らしからぬ冷たい助言に従っていたら、ぼくらと阿久澤たちはすれ違わなかったに違いない。
しかし、こういうことはたまにあるものである。いまから一年ぐらい前にも、ぼくは由梨と一緒にみなとみらいを歩いている時に藤沢(放送研究会兼インカレサークルの後輩)と遭遇したことがあった。藤沢はアイドルのコンサートだかイベントだかの帰りに、一人でみなとみらいの街をぶらついていたのである。あれも変な場所での遭遇だったな。ビルとビルの谷間の歩道橋みたいなところ、みなとみらい周辺で過ごすことが多いぼくらですら初めて歩く場所だった。あの日・あの時間・あの場所でバッタリ遭遇したのは天文学的確率の偶然としか言いようがないと思う。
由梨がうちの大学に来たので構内の紀伊國屋書店を案内した時、矢藤(放送研究会の同期)とバッタリ顔を合わせた、という件も天文学的偶然と言えるかなあ。ぼくは矢藤がちょっと苦手なので(いつも怖ろしいことをぼくに言ってくる)、顔を合わせた時も会釈程度で済ませるつもりだったのだが、由梨が矢藤に「放送研究会の方ですか?」などと挨拶して会話を始めてしまったので、あの時もぼくはいたたまれない気持ちになったのだった。……まあ、これはキャンパス内でのことだから「あり得る偶然」かな。「よくある偶然」と言ってもいい(というわけでこの段落は無駄でした)。
ぼくがひょんなところで知り合いと遭遇するのは、なにも由梨と一緒にいる時ばかりではない。香川(学科の友人)と一緒にJR新宿駅の改札に入った時に宇佐見(放送研究会の同期)とすれ違ったり、一人でJR山手線に乗っている時に浅野(放送研究会の同期)が同じ車両に乗ってきたり。……まあこれも、生活圏+αの範囲内での出来事だから「あり得る偶然」かな。ただ、これだけ見ず知らずの他人であふれている東京都心or副都心において、同じ日・同じ時間・同じ場所で知り合いとバッタリ遭遇することについて、やはりぼくは奇妙な感覚を覚えざるを得ない。
考えてみれば、すべては奇妙な偶然なのである。ぼくは倫理思想史に興味を持ち、都内の大学の文学部哲学科に進学した。ここまではよしとしよう。しかし、ぼくが健康診断の時に同じ学科の香川と知り合ったのは予期せぬ偶然であったし、放送研究会に入部してしまったのも完全に偶然である。埼玉県や神奈川県の出身者はともかくとして、秋田県や岩手県や長野県や新潟県や山口県や福岡県の出身者が放送研究会に集結している状況もまた奇妙な偶然である。ぼくが慶作先輩から渉外に指名されたのも偶然だし、何気なく始めたマッチングアプリで上野くん(他大学の男子)と知り合って童貞を捨てたのも偶然だし、首都圏の大学の放送サークルの懇親会で由梨と同じテーブルになったのも偶然だし、ゲイのはずなのに井の頭公園で由梨に告白したのも偶然だ。最後のは「偶然」というより「失態」のような気もするが。
ついでに言うと、早瀬(学部の後輩)がぼくに「noteを始めてみたら」と言ってきたのも偶然だし、ぼくが本当にnoteを始めたのも、その内容がこんなのになっちゃったのも偶然だ。そしてなにより、あなたがこのnoteを読んでいるのも偶然である。世界中に文章コンテンツはいくらでもあるのに、あなたはなぜかこのnoteを読んでいる。ぼくはそれを必然だとは思わない。偶然だと思う。世界は奇妙な偶然であふれている。いや、奇妙な偶然でのみ成り立っている。ぼくはそれをとても素敵なことだと感じる。偶然起きた出来事をどう活かすかは自分次第だ。どんな出来事にもポジティブな意味を後付けできたなら、きっとぼくらはへこたれない人生を送れるだろう。