ぼくは彼女の弟とその友人をキャンパスに案内する(完結編)

 というわけで、今回は「ぼくは彼女の弟とその友人をキャンパスに案内する」の完結編である。ぼくが他大学の彼女から「わたしの弟(新高校3年生)の友人がそっちの大学に興味を持っているらしいから案内してあげろ」と頼まれて春休み中のキャンパスを案内してあげた、という話の続きをご披露したい。といっても、ご安心ください。今回は短めに済ませますので。めざせ500文字以内!(それは無理そう)

 学食にて。ぼくと孝彦くんと添田くんは、昼食を食べ終えたあと、ほうじ茶を飲みながら雑談に花を咲かせた。去年の11月に由梨の実家にお邪魔した時(初対面)とは違って、今日の孝彦くんはだいぶよくしゃべる。そしてだいぶ毒舌である。ぼくが「高校の校歌なんてもう忘れちゃったよ」という話をすると「それは(ぼくの名字)さんの記憶力に問題があるだけでしょ」とか言ってくるし、ぼくが軽くボケたりした時は「あんまりふざけたこと言ってると手が出ますよ」とか言ってくる。なんか藤沢(放送サークルの後輩)みたいだな。だが、微笑みながら明るく言ってくるせいで、孝彦くんの毒舌からは嫌味を感じない。むしろ素直さを感じる。孝彦くんがぼくをイジってくるのは心を開いている証拠だっていうのも分かったしね。当初のぼくが期待していた関係とは違うが、ぼくと孝彦くんはいい友達になれそうだ。

 ただ、添田くん(孝彦くんの友人)のほうはぼくに対してずっと緊張している様子だった。うちの大学や受験のことをぼくに尋ねてきたりもしたが、常によそよそしさが付きまとっていた。ぼくが添田くんに「オープンキャンパスには来れないみたいだけど何か用事があるの?」とさりげなく聞いてみたら、その日は孝彦くんを含む男友達4人で東京ディズニーシーに遊びに行くのだと教えてくれた。まあ、それならしょうがない。どうぞ楽しんできてください。ぼくが孝彦くんに「お土産期待してるよ!」と言うと、孝彦くんは「おれは期待に応えないタイプなんで期待するだけ無駄ですよ」と言い返してきた。ぼくが「残念イケメン」とツッコむと、孝彦くんは笑いながら「やめろ!」と言い返してきた。なんか高校生って元気ですね。ぼくにもはやこの若々しいエネルギーはありません。

 ……えっと、こういうことですよね。こういう風に覚えている細かいことをすべて書こうとするから、それでぼくのnoteはいつも長くなってしまうんですよね。了解です。りょ。坂本りょ馬(はあ?)。ここからは「質」ではなく「量」を重視したnoteを繰り広げていくこととします(ここでの「量」とは量の少なさを意味する)。

 ぼくは添田くんを会話の中心に巻き込むことを意識しつつ、二人を部室棟へと案内する。二人とも別に行きたがっているわけでないのは承知の上だ。守衛所で学生証を提示して鍵を受け取ろうとすると、守衛さんから「放送研究会の鍵はもう出ていますよ」と告げられた。誰か来ているのか。春休みなのに珍しいな。ウェブラジオの収録はやっていないはずだがな。孝彦くんが「部室なんて案内しないでいいですよ」と抵抗する中、ぼくは孝彦くんと添田くんを連れて部室のドアをゆっくりと開ける。中を覗くと、テーブルを挟んで向かい合う形で岩下と多田野が座っていた。新3年生同士の異性カップルだ。岩下は漫画の単行本を読み、多田野はノートパソコンに向かって何やらカタカタと打っている。

 部室のドアが開いたことに気付いた二人がぼくらのほうを見る。多田野が「あっ、(ぼくの下の名前)さん、お疲れ様で……す……?」と言いながら、ぼくの背後にいる二人の謎の男子を凝視している。岩下も「お疲れ様です」と言ったあと、孝彦くんと添田くんをチラッと見て「……こちらは?」と尋ねてきた。ぼくが「高校生。さっきそこを歩いてたから誘拐した」と答えると、多田野は「えっ?」、岩下は「は?」とリアクションした。直後、多田野が「えっ、どういうことですか!」と青ざめた顔でぼくに聞いてきたが、それはこっちの台詞である。まさか本当にぼくが高校生を誘拐してきたとでも思っているのか。ぼくと2年間付き合ってきて、ぼくがそういう冗談を口走る人間だということぐらいは熟知しているはずだろう。

 ぼくが相変わらず「そこら辺をウロチョロしてたから誘拐した」というボケに固執していると、ぼくのすぐ後ろに立っていた孝彦くんが「……あの、わたしの姉が(ぼくの名字)さんと交際していて、わたしたちは今度受験なので大学の中を案内してもらっていたんです」と説明した。それを聞いて岩下と多田野は急にホッとした表情になり、「へえー! ようこそ!」などと言って急に歓迎ムードを漂わせた。多田野が笑顔で「あ、じゃあ、由梨さん! 由梨さんの弟さんってこと?」と孝彦くんに聞く。孝彦くんは「あ、はい」と答える。岩下と多田野が「誘拐とか言うからびっくりしたじゃないですか。本当に見たことない子だったし」とぼくに抗議する中、孝彦くんは好青年っぽい笑みを浮かべていた。おい、さっきまでの毒舌キャラはどこ行ったんだ。急にいい子ぶりやがって。だいたい、さっきまで一人称「おれ」だっただろうが。「わたし」ってなんだ、「わたし」って!

 岩下と多田野は高校生二人にお菓子を出し、「どこから来たの?」「高校はどこ?」などと質問をぶつけていった。まるで新歓である。多田野が二人を見ながら「かわいいー! 二人ともかわいいー!」と繰り返している。孝彦くんが人当たりのよい感じで落ち着いて対応する中、添田くんはさっきよりも緊張してガチガチになっていた。ぼくが添田くんの緊張を紛らわすために「添田くん、ゲーム(部室に置いてあるNintendo Switch)でもやる?」と言うと、添田くんは「いえ、大丈夫です……」と断った。それじゃあということで、ぼくは「せっかくだからミニ番組を収録しよう」と提案し、孝彦くんと添田くんを部室のミキ卓(ミキサーとマイクが設置されているテーブル)の前に座らせる。半ば無理やりである。ただ、せっかく放送研究会の部室に来てもらったからには、高校生二人に独特な思い出を作ってもらいたかったのだ。世間ではこれを「ありがた迷惑」と呼ぶ。

 ぼくがミキ卓のこちら側に座り、孝彦くんと添田くんが向こう側に座る。多田野がミキサーの前の席に座り、ヘッドフォンを耳に着けた。ミキ卓にはもう座る席がないので、岩下はあっちのテーブル(さっきまでみんなでお菓子を食べていたテーブル)からぼくらの収録を眺めることに。多田野が機器をイジりながら、「(ぼくの下の名前)さん、BGM乗せますか?」とぼくに尋ねる。孝彦くんと添田くんはラジオ番組の収録風景的なものを見るのが初めてだったらしく、興味津々という感じで多田野の動きを見つめていた。

 みんなでヘッドフォンを装着。ヘッドフォンからいつものウェブラジオ用のオープニング曲が流れてくる。多田野のキュー出し(番組開始の合図)を受けて、ぼくは「××大学放送研究会ウェブラジオ 『○○○○』」とタイトルコールをする。少しBGMが流れたあと、再びのキュー出しを受け、ぼくは「はい、始まりました。××大学放送研究会ウェブラジオ 『○○○○』。今回の担当は(ぼくの名字)です。さっそくなんですが、今回は special なゲストにお越しいただいています。現役高校生のKくんとSくんです」などと言って番組を進行していく。

 ぼくは孝彦くんと添田くんに「お二人はいま何歳ですか?」とか「高校では最近どんなものが流行っているんですか?」とか「何かできるモノマネはありますか?」などと話題を振って、どうしようもない(とか言うな)トークを重ねていく。5分以上録ったので番組を締めようと思い、「最後になにかぼくに聞きたいことありますか?」と振ったら、孝彦くんが「あ、じゃあ一つだけ。この収録には何の意味があるんですか?」と言ってきた。向こうのテーブルにいる岩下が大声で笑う。ぼくは(オチがついてよかった)と孝彦くんに内心で感謝しつつ、「この録音は編集して後日個人的にお送りしようと思います」と言って番組を締めた。

 収録終了。部室のノートパソコンを使ってこの録音のファイルをクラウドに上げて、多田野には「元データは消去しちゃっていいから」と告げる(たぶん多田野は消去しないだろうが)。岩下が孝彦くんと添田くんに「お菓子持って行っていいよ」と言って、二人は別にお菓子なんていらなかっただろうが、お菓子を何個か手に取ってかばんにしまった。もうこれ以上ここにいてもしょうがないので部室を退出します。岩下&多田野ペア、さようなら。わざわざ春休みの部室に来て何をやっていたのか(ヤっていたのか)知りませんが、午後のひとときをお邪魔して失礼しました。

 部室を出てドアを閉めた瞬間、先に部室を出ていた孝彦くんから「なにやらせてんだコラ」と脇腹を殴られた。……いや、あの、念のため言っておくと暴行事件が起きたわけではありませんよ。孝彦くんは笑顔だったし、力を込めて殴ってきたわけでもありません。ぼくが「いてて……でもよかったじゃん、ラジオ番組に出れて。添田くんも楽しかったよね?」と添田くんに振ったら、添田くんも苦笑いしながら「まあ……『いま自分は何やってんのかな』とは思いましたが……」とぼくに反発する。うーん、なんかすみません。今時の高校生を大学の放送研究会の部室のミキ卓の前に座らせて収録に参加させることは、どうやら「迷惑」にしかならないっぽいです。

 そのあとは構内の紀伊國屋書店へ二人を連れて行って、うちの大学の名前が入ったシャーペンを買ってあげた。添田くんには「うちを受験するつもりなら、このシャーペンを使って勉強するとモチベーションが上がるかもよ」ともアドバイスしておいた。まあ、添田くんが推薦入試狙いだとしたらこのアドバイスは的外れですけどね。ただ、いずれにせよこのシャーペンは受験生にとって「お守り」代わりにはなるはずだ。ぼくが高3の時に塾の先生からもらった湯島天神の合格祈願鉛筆のように(美談)。

 うちの大学のオリジナルミネラルウォーター(実際にはそこら辺の蛇口の水道水を詰めただけのものと思われる)もお土産に買ってあげて、添田くんに「もう行きたいところない? 大丈夫?」と確認したあと、3人でキャンパスを出る。これにて個人的オープンキャンパスは終了だ。曇り空だったが雨がやんでいたので、ぼくは「どうせなら近くも歩いてみる?」と言って、二人をたい焼き屋さんに連れて行ってたい焼きを1個ずつ買ってあげた。この日のぼくは大変な出費である。

 3人で大学最寄駅のホームへ向かう。添田くんはここからだと新宿駅経由で帰ったほうが近いということで、やってきたJR中央線(新宿方面)に一人で乗り込んだ。別れ際、ぼくは添田くんに「またキャンパスに来たくなったらいつでも言ってね!」と声をかけたが、そういえば連絡先を交換しなかったな。ぼくと添田くんは孝彦くんを通じてじゃないと連絡が取れない。

 孝彦くんと二人で駅のホームで中央線(東京方面)を待つ。「孝彦くん、部室で多田野に『かわいい』って言われて照れてたね」「照れてたっていうかリアクションに困りました。だってあのひと……」などと雑談していると電車が来た。電車の中でも孝彦くんはよくしゃべる。神田駅で降りて京浜東北線(大船方面)に乗り換えた時、ふと、ぼくはふしぎな感情に襲われた。こうやって京浜東北線に乗って一緒に帰るって、ぼくはいつもなら由梨とやっていることじゃないか。いつもの「由梨」のポジションが今日は「由梨の弟」にすり替わっている。この時のぼくは彼女の弟と浮気をしているような気持ちになって、無性に胸がゾワゾワした。

 京浜東北線の車内でぼくが「添田くん、緊張してたね。ぼく相手にあんなに緊張しなくてもよかったのに」と言うと、孝彦くんは「いやー、緊張しますよ。だって『友達の姉の彼氏』ですよ? 関係が微妙すぎる。おれだって様子見だったのに」と応えた。ぼくは「全然『様子見』じゃなかっただろ! 今日めっちゃイジッてきてたじゃん」とツッコみつつ、「様子見」というワードが出てくる孝彦くんの語彙力に感動していた。賢くて美少年なのに口が悪い。孝彦くんはまさに「残念イケメン」である。

 そろそろ蒲田駅。ぼくの降車駅だ。「蒲田でお茶でも飲んでいく?」と孝彦くんを誘ったが、孝彦くんは「いいです。今日はもう(ぼくの名字)さんの相手しすぎて疲れたんで」と断った。最後まで口が悪い。ぼくが苦笑いしながら「じゃあ、またね」と言うと、孝彦くんもニヤつきながら「『また』があると思ってるんですか?」と言い返してくる。ぼくは「当たり前だろ! たぁくんはこれからぼくと週3で会うんだよ!」と雑なボケをぶつける。孝彦くんは「会いたくねえなぁ……」とつぶやきつつ、別れ際に「ではまた」と言ってくれた。孝彦くんは一周まわって素直なやつだ。

 後日。クラウドに上げていたファイルをパソコンで簡単に編集して、一本のミニ番組に仕上げる。それをGoogleドライブに上げて、孝彦くんに「部室で収録した番組の完成版だよ!」とURL付きでLINEする。既読にはなったがしばらく経っても返信がない。半日過ごして仲良くなった気でいたが、それはぼくの思い過ごしだったのかも。その代わりと言ってはなんだが、夕方、由梨から「自宅に帰ってきたよ!」とLINEがあった。友達と2泊3日の旅行に出かけていた由梨が横浜の実家に帰宅したということらしい。ぼくは「おかえりなさいませ」と打ったあと、馬良が「ご苦労さまでした」と言っている三国志のLINEスタンプを送った。

 その日の夜遅くになって孝彦くんから返信があった。「シーに行ってたんで返信できませんでした。あとで聴いてみます」という。ぼくが「ああ、今日がシーの日だったんだ! お土産買ってくれてありがとう!」と送ったら、「(ぼくの名字)さんへのお土産はもちろん買ってません。姉から何かしら受け取ってください」と返ってきた。後半の文章の意味がよく分からなかったが、とりあえずぼく用のお土産はないってことですね。了解です。

 翌日。由梨と久しぶりに会う。「久しぶり」といっても一週間ぶりにすぎないのだが、向こうが旅行に出ていて首都圏にいなかった分、久しい感じがしたのである。由梨はぼくに旅行のお土産を渡したあと、「これはたぁくんから」と言ってビニール袋を取り出した。孝彦くんが「(ぼくの名字)さんに会うんだったらこれ持っていってあげて」と由梨に渡してきたらしい。ビニール袋の中を覗くと、ドナルドダックの絵が描かれた個包装の小さなチョコクランチが4個だけ入っている。なんかケチくせえなと思いつつも、ぼくは、孝彦くんがぼくのためにディズニーシーのお土産をおすそ分けしてくれたという事実に感動した。

 ぼくが涙を流さんばかりの勢いで由梨に「……ありがとう……!」と告げると、由梨は「二人、仲良くなったんだね。わたしが旅行から帰ってきた日の夜も、たぁくんはずっと(ぼくの下の名前)くんの話してたもん」と教えてくれた。基本的には「変なことばかり言ってた」とか「部室で収録に付き合わされて迷惑だった」とかいう愚痴ばかりだったそうだが、それでも由梨は、孝彦くんがぼくに好意を持ったことをその話しぶりから感じたそうだ。なんだ、たぁくん。ぼくのことめちゃくちゃ好きなんじゃん!(ということにさせてください)

 ぼくは彼女の弟とその友人をキャンパスに案内する。案内した時間はわずか数時間だったし、ぼくの案内で添田くんが満足できたかどうかは怪しいところだが、少なくともぼくにとっては春休みの思い出になった。あのあと、ぼくは孝彦くんにLINEでお土産のお礼を言って、撮影した桜の写真を送り合ったりもして、たしかに由梨が言うようにだいぶ仲良しになっている。ぼく的には4歳年下の弟ができたって感じ(ぼくにはきょうだいがいないのでその感覚が正しいのか分からないけど)。

 ただなあ、LINEの返信が毎回短文なのは気になるんだよなあ。塩対応気味っていうか。まだ孝彦くんはぼくとの関係を様子見しているのかもしれない。様子見なんてしないでいいのに。もっとグイグイ来ていいのに。まあ、ぼくをイジッてきたり脇腹を殴ってきたりが孝彦くんなりの「グイグイ」だったのかもしれないけど。だとしたら、やっぱり孝彦くんは素直じゃないよなあ。まあ、そういう素直なんだか素直じゃないんだか分からないところも含めてぼくはあいつを気に入ってます。笑顔がかわいいしね!

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