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抜け落ちている初夏のこと

お立ち寄り頂きありがとうございます。
さて、今回は、九年前の今頃のことを綴ってみたいと思います。闘病に関係したお話です。

この病気の治療を受け始めて、最初の主治医はとにかく大量のお薬を処方する先生だったことを、以前ちらっと書きました。どのくらい大量かと言うと、お薬だけでお腹がいっぱいになるくらいの量でした。その主治医の元で十年ほど過ごしましたが、色々なことが重なって、このままでは私は駄目になる、と確信する出来事がありました。それで、同じ病院の他の先生に、主治医を変わって頂きました。

新しい主治医は、お年を召した大ベテランの先生でした。当時既に、九十に近かったのではないでしょうか。
新しい先生は、私にそれまで処方されていたお薬たちを見て、仰いました。

「これは多すぎる。これとこれだけ残して、あとは今日から中止するよ」

……減薬にもそれなりに順序があるのでは、と、今は思うのですが、当時の私は、先生の処方のままに、ある日突然、断薬を余儀なくされたような形になりました。
患者としての理解による知識ですが、お薬には、離脱症状(禁断症状)を伴うものがあるようです。特に急に服薬を止めると、そういった症状が出やすくなるようです。
症状は、めまいとか、しびれる感じとか、頭痛とか、吐き気とか、人によって様々のようですが、ともかく、大量のお薬を急に中止せざるを得なくなった私には、考え得る全て、と言っても過言ではないほどの体調不良が押し寄せました。
布団から起き上がれず、意識も飛び飛びで、遠くにある水路を流れる水の音だけが何故か耳のすぐ傍で響いていて、でも頭はぼんやりしていて……あの年の初夏は、それくらいしか記憶がありません。ああ、それから、例えようのない不安感が毎秒のように襲ってきて、譫言うわごとのように「怖い、怖い」と繰り返し、父を心配させていました。

その状態を抜け出して、意識がはっきりした頃には、世界はすっかり夏の盛りだったことだけは鮮明に覚えています。季語で言うと既に初秋の頃でした。
少々――いえ、かなりの荒療治でしたが、新しい主治医によって、私は薬漬けの日々から脱することができたのでした。
そうして支援センターにも通えるようになり、ひきこもっていた状態から脱していきました。……現在、介護などもあり、また家にこもりがちですけどね。

とても恩を感じているそのおじいちゃん先生は、突然私の前から姿を消しました。引退されたのだと思いますが、ある日いつものように診察を受けに行くと、知らない先生が待っていて、ギリギリアウトなセクハラ発言を繰り返すその先生が新たな主治医になった、ということも、しばらく教えてもらえませんでした。ちなみに現在の主治医は、その先生ではありません。

数年前に、おじいちゃん先生が亡くなった、と、小耳にはさみました。いえ、同姓の他の先生のことかもしれません。けれど、私を担当して頂いていたとき、確かに既にかなりのご高齢だったことを考えると、不自然ではありません。
この季節になると、少々強引ではあったものの、私の人生を大きく変えて下さったその先生と、ほぼほぼ記憶の無いあの年の初夏のことを思い出します。
先生への感謝を想いつつ、今回はこの辺にしておこうと思います。
お読み頂き、どうもありがとうございました。

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