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カウントダウン 2

3,宇賀神高志 ベース 
 宇賀神は銭湯の湯船に長い四肢を預けながらのぼせる頭でずっと堂々巡りのことを考えていた。ドルフィンズ解散かー。五周年目前やったんやけどなあ。三人でやる? 無理やなあ。カンちゃんも頑張ってたとはいえ、作詞作曲しとった中心はやっぱりユースケやし。あかん。俺これから何しよう。ずっと工事現場のバイト? ユミは? 解散したくないなあ。あーあ、解散かあ。

 銭湯の番台を出ると、熱帯夜の湿度に包まれる。外ではタオルを額に巻いたユミが待っていた。
「今日はお風呂長かったね」
「ごめん待たせちゃった、考え事してた」
「お腹空いた」
「うん、王将行こう」
「で、なに考えてたの?」
 言葉に詰まる。俺はこの瞬間を一番に恐れてたんだ。宇賀神は無意識に目を泳がせて口をパクパクさせる。ユミが国道沿いへと伸びる路地で立ち止まり、宇賀神の目を覗き込む。
「なに、浮気してんの」
 宇賀神はユミの強気な瞳に抵抗する術を持っていなかった。
「実はさ、ドルフィンズ解散するんだ」
 宇賀神はそう言った瞬間、頭に一つの光景が浮かんでゾッとした。ユミが俺を置いてそそくさとこの場を去って行くのだ。

 ベースマンでない、ステージに立てない俺なんかに存在価値があるなんて思えなかった。バンドマンとしての俺に初めてファンレターをくれたのがユミだった。でくの坊なんてさんざん言われながら生きてきた俺を愛してくれた人。失いたくない。行かないでくれ。手を伸ばしてユミの手をとる。
「えーそうなんだ! 先月の新譜良かったのに、ショック」
 ユミは驚いた顔をして、それでも当たり前のように宇賀神の手を握り返す。
「でもさ、タカシはタカシなんだから」
 どちらからともなく二人は国道に向けて再び歩き出す。ねえお腹空いた。王将で餃子分け合って食べよう。そんなユミの屈託のない言葉に宇賀神は救われていた。

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