見出し画像

【短編小説】 インコと河川敷

 仕事をクビになった。まぁ、でもそんなことはたいした問題ではない。遅かれ早かれこっちから辞めるつもりだったし、もうあの嫌味な上司に指図されなくなることはとてもハッピーだ。これから先のことは、先のことだ。後で考えればいい。とりあえず私は気がすむまで近所の河川敷でのんびりと過ごすことにした。
ピクニックシートを広げて、サランラップに包んだ塩むすびを食べる。柔らかな日差しを肌で感じて涼風に身をゆだねる。猫になった気分だとムニャムニャしてたら甲高い声が聞こえた。コウタクン、アイシテル。コウタクン、アイシテルって繰り返している。  
 何事だと思ってきょろきょろしていると声の主がわかった。インコだ。黄色と緑がブレンドされた毛並みの整ったインコだった。男の人の手に乗って愛の告白を繰り返している。あの男がコウタ君だろうか。チェックのシャツに細身のジーンズをセンスよく合わせていて、平日の真昼間からこんなところにいるような人にはみえなかった。コーヒースタンドでアート系の本を読んでいそうな雰囲気の人だ。そりゃモテるだろうな、と思ったけど、だからって恋に落ちるとかそんなわけでもなく私の興味は上空を飛んでいく航空機に移り変わっていった。
 次の日も、その次の日も、インコとコウタ君(と思われる男性)は河川敷に来ていて、インコは愛の告白を繰り返していた。コウタ君もまんざらでもなさそうだった。そんな彼らの戯れを覗き見ながら、私はおにぎりを食べたり熱いお茶を飲んだりして日向ぼっこを続けた。
 その次の日はなんだかそわそわした。のどかな河川敷の昼下がりに、不穏な気配が流れていたのだ。原因は例のあのインコ。あの甲高い声でしきりに鳴いている。アイシテル、じゃなくてワカレマショウと鳴いているのだ。コウタクン、ワカレマショウ。コウタクン、ワカレマショウ。しょぼくれたコウタ君(きっと彼はコウタだ)は普段よりも早くインコを鳥かごにしまって、河川敷をあとにした。一つの物語の結末を読み終えた気分だった。私はやっときれいな三角形に結べるようになったおにぎりを見下ろし、明日からはサンドイッチにしようとさりげない決心をした。
 次の日、ハムレタスサンドをほおばりながら、川の流れをぼんやり見るともなしに見ていた。無職の自分のことを棚に上げながら、心の片隅でコウタ君の行く先を案じていた。そんな私の目の前を一組のカップルが横切り、川辺へと進んでいった。仲睦まじく腕を組み、男の空いた片方の腕には鳥かごが抱き寄せられていた。彼らが来たのだ。コウタクン、ナカナオリシマショウ、コウタクン、ナカナオリシマショウとインコは羽を広げながら高らかに鳴いていた。

【あとがき】
 河川敷シリーズの中でも最初期に書いた物語だ。自分の過去の作品を読み直して思うのは、こんなこと考えていたんだという驚きだ。でも、それって自分だから感じるのかな。読んでくれている人からしたら相変わらずなのかな。そもそも違いを読み取れるほど僕の文章には個性があるのかな、と、いろいろな「?」が浮かびあがる。
 上手い文章に憧れるけど、それ以上にオリジナリティを創り出したい。読んでもらって「あっ七味屋っぽいな」って言ってもらえたときにはじめて、本当の意味で作家として存在できるのだと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?