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【短編小説】 星を食べる

 惑星を飲み込む巨大な魚が宇宙には泳いでるんだって、そんなことをいきなり言い出した妹に子どものころから相も変わらずメルヘン入っているなぁお前、なんてギョッとしたけれど久しぶりに笑った顔がみれた気がして、それでそれで、その魚に飲み込まれた星はどうなんのって食い気味に話に乗ってやった。こっち帰ってきたんだし、にぃにぃの休日につき合わせてよって言われて出町座でレイトショーを観た帰り、京阪三条駅まで鴨川の河川敷を南下している道中だった。出町柳周辺の鴨川沿いは日が昇っている時間には飛び石にたくさんの人が集まっているけれど、日が暮れた後は街灯も少なく高い建物も周辺にないから光に乏しく人気も少ない。飲み込まれた星の生き物たちは魚の胃袋の中に含まれるわけだから、ここみたいな薄暗闇の中で生活を送るようになる。惑星の消化には100年かかるからすぐに生態系や文明が滅びるわけじゃなくてね。それでね、その魚の鱗は透明で胃袋もパンパンの水風船みたいに薄いから、恒星を通過するときには胃袋の中にも淡い光が届く。だから真っ暗なんじゃなくて薄暗闇なんだよと語る横顔に、さっきまで観ていたキューブリック作品のリバイバル上映に影響受けてんだなって可笑しくなって、設定意外にしっかりしてるじゃんと笑い返す。あの商店街にさ、飾ってあった短冊面白かったよなと話を変えてみる。プリキュアになりたい、しゃべるペンギンのぬいぐるみが欲しい、からあげがたくさん食べれますように、そんな地元の保育園ごとに園児が飾りつけをした笹から、道の脇の折り畳み式テーブルの上に置かれた短冊とマジックを使ってその場で通行人が願い事を自由に書いて飾る笹もあって、そこには家族みんなが健康でありますように、 Number_iのライブ絶対、絶対行きたい、国家資格試験に合格して彼女にプロポーズできますように、なんていうような多種多様な願いが込められていて、そんなものを覗くと顔も知らない人たちの日常を垣間見た気持ちでくすりと笑えた。それぞれの願いを込めた人たちがさ、星ごとその魚に食べられてしまったら、それは物語として悲しい? そう聞いてみた。河川敷は夜が深まるほど明度を落として、伸びた草の生い茂るそこここから立ち上る土の匂いが夏の夜風に乗って空に抜けていく。そんな場所でもところどころには人がいて川沿いに腰かけて足を投げ出していたり、レジャーシートを広げてお酒を飲んだりしていた。対岸では小さな子どもたちがはしゃぎ声をあげながら花火の閃光を散らせている。悲しくないよ、物語として、と妹が答える。こんなに何もなくて暗い所でもみんな楽しそうじゃんって、それ俺も思ってたって共感しあって、もう少し行けば三条だなって、遠く視界の先に映り始めた人工のきらめきに向かってゆっくりと歩いていく。

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