無人駅(秋山洋一『忘れ潮』より)

なにを願っていたんだか
よく鳴くときはよく透けた
残された虫いる無人駅
椅子の上の逆さの小椅子から
背後の夜へ跳ぼうとしたけれど
どこに紛れていたんだか
閉じられるページの闇に挿された
金色の栞のような朝がくる

駅と海のあいだには
どこかで嗅いだことある町の匂い
空のなにを洗っているんだか
ゴム手袋の両手出す
口をすぼめた石地蔵のような人がいる
トンネルを抜けるように
古いセーターを潜ってきた顔で
輪になり歌う人たちもいる
そこへ招ばれるように
土用波の雲間から顔を出す
坊主頭の子供たち
その眼がさがす殉難記念の碑なら
あの山陰に朽ちている

空の奥には別の空
めぐりゆく古色の煙の後を追い
曲がりくねった峠を越えれば
祈る形の家に着いた
その船底のような二階の暗がりに
流れ着いた一族の少女はいたが
灯る口にマスクをつけ
少女は橋の袂へ遠ざかる
そこで薄い栞のような肩を傾げて
雲と空透ける翅生やし
元来た駅のほうへ飛んでゆく


秋山洋一『忘れ潮』収録
発行:七月堂

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