「はじまり」(峯澤典子著『ひかりの途上で』より)

ときに火を焚き
ときに花を流し
空にいる肉親に声を送る
地球という かなしい水辺に
降り立つことを選んだ足は
はじめてつま先を地面におろすまでに
四季を見送り
生まれ月をふたたび迎えた

それだけの月日を必要としたのは
自分と入れ替わりで
水辺を離れた人たちが
誕生から何十年ものあいだ
誰にもわからないように
彼ら自身でも気づかないように
手のひらにしまっておいた
草木や風や
星々の影絵に
もういちど あやされながら
暗闇に同化してゆく時刻を
できるだけ長く
寝転んで見上げていたかったからではないか

明けの空との長い対話ののち
仰向けからうつぶせになり
立ちあがることをようやく思い出し
まだ何も踏みつけたことのない
陽の匂いの足うらで
からだを左右に揺らし
ときおり床に手をついては
また起きあがり
つま先からかかとにかけて
真新しい力を芽吹かせ
とん、とん、とん、とん、と
生きている間は二度と見られない
まばゆい杭を
地表の時間に打ちつけ
これからは
雲の間にながされないよう
ゆっくりと
しかし たしかに
赤ん坊は
歩きはじめる



峯澤典子『ひかりの途上で』収録
発行:七月堂

七月堂HP通販はこちら
七月堂古書部オンラインショップはこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?