草原の言葉(草間小鳥子『源流のある町』より)

朝の清拭を待つ
草地の馬たち
顔の見えない馬主たちが
光を汲んでは布をひたす

目的と動作のすがすがしい一致に惹かれ
しばらく見ていた
乗り気のしない一日のはじめに出くわした
ささやかな福音のような
それは光景だった

かつてわたしにも仔馬がいた
かしこい額で風を切って駆けた
声に出して本を読めば
目を伏せてじっと聞いていた
なぜ生き物は
老い 病み
そして死んでゆくのか
仔馬にたずねたことがあった
膝を折り
仔馬は語りはじめたが
わたしには草原の言葉はわからなかった

ぬかるんだ小径を
蚯蚓がさかしまに泳いでゆく
馬たちはもう
あんなに遠くだ
空のふもとで
薄く雲をかぶって

朝靄をかきわけ
馬のいない草原を歩く
いい時だってあった
ほんとうに いい時だってあった


草間小鳥子『源流のある町』収録
発行:七月堂

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