道行(橘しのぶ『道草』より)

どのあたりかと問われても
どこまでだってかゆい
鯨尺を使って手の届かないところまで
かいてもかいてもきりがない
ママの背中
きんいろの鱗がびっしりだよ
息子に言われて
腥いのはそのせいかと納得する

医者に行くためにタクシーを呼んだら
人力車が来たのでそのまま乗った
行くさきを告げる間もなく走り出し
俥夫の腰に結わえつけられた
巾着がゆれる
巾着は
わたしのきんいろでいっぱい
これだけあったらどこまでだって行けまさあ
ささやきながら風を切ってゆくときの
規則正しい腰つきには覚えがある
月明りにうねる芒の原を
ふたりっきり
逃げれば逃げるほど追ってくる
消せば消すだけ濃くなる
ならばいっそ溺れてしまえと
一糸纏わぬ姿になって
がりがりがりがり爪を立て
かゆいよりは痛いほうがまし
もっと烈しく邪険に
これでもかこれでもかと
失神するあたりまで連れて行って
あんまりかくと血が出るよ
息子の声が瘡蓋になって
剥がれ落ちる



橘しのぶ『道草』収録
発行:七月堂

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