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14年間、仕事一筋に生きた女性。結婚して仕事を辞め、2人の子どもを育てながら、いま思うこと

あきちんのプロフィール
大学卒業後、旅行会社で添乗員として14年間勤務。世界40ヶ国、添乗日数は1500日以上におよぶ。主にヨーロッパ地域を担当した。結婚を機に36歳で退職し、現在は小学生の2人の子どもを育てる。

(1)世界ふしぎ発見のミステリーハンターに憧れる

「小学生のころ、世界ふしぎ発見のテレビを見て、ミステリーハンターになりたいと思いました。母に、どうやったらなれるの?って聞いたら、お顔がよくて、頭もよくて、何でもできないとね。と言われて、ますます憧れの職業になりました。」

小学校の頃から英語が好きだったあきちん。地元には英語系の大学があり、ネイティブの人が多く暮らしていた。父親が飲み屋さんで知り合ったネイティブの人に英会話を教わったこともある。町の企画に参加して、高校2年でアメリカ、高校3年でイギリスへ留学した。

「留学先の学校では、まわりに日本人がほとんどいなかった。そこで、同じクラスの同級生から、日本ってどんな国なの?って質問攻めにあって、でもうまく答えられなくて。英語を話せるようになりたいと、強く思いました。」

語学系の大学に進み、さらにニュージーランドにも留学した。
そして、英語を使って仕事ができる添乗員さんになって、世界各国を回るという新たな夢を見つけた。

「初めはわからないことばかりでした。現地の地理や歴史を徹底的に勉強して、ここは面白いというところを先輩から教えてもらったりしながら、必死で準備をしました。」

こうして、あきちんの添乗員人生がスタートした。

(2)旅の目的と魅力は人それぞれ

お客さんと接する中で、旅の目的は人それぞれなのだ、ということに気がついた。
修学旅行でドキドキわくわくの高校生、ぷらっとノープランで来る人、人生を本気で変えたいと望んでくる人。

その中でも特に印象に残っているお客さんがいる。
60代の夫婦2人でツアーに参加していた。笑顔が素敵で、旅の初めから仲の良さそうな印象だった。
1週間ほどの全旅程を終えたとき、奥さんのほうから御礼とともに、実はご主人が病気で余命がわずかであるということを告げられた。夫婦にとって、本当に大切な旅を担当させてもらっていたことのだと、衝撃を受けた。
一生懸命ガイドしてきた。それでもなお、目の前の夫婦に、自分はもっとしてあげられることがあったのではないかと、後悔の想いがこみ上げてきた。

「私は来年もここに来られるかも知れないけど、お客さんは最初で最後になるかもしれない。そんなお客さんの感動を一緒に体験したいと思いました。」

あきちんは、お客さんとの会話を細かくメモし、その人の好きなことや興味のあることをリサーチした。例えばコーヒー好きなお客さんには、さりげなくおすすめのお店を紹介し、一緒に飲んでみる。自然とお客さんの笑顔に寄り添えた。お客さんの人生の1ページをのぞかせてもらえたような気がした。

「オーストラリアのファームステイに行ったときに、現地のアーミーがトレーニングするような茶色い池をターザンで渡るアトラクションがあって。そのときに私、修学旅行の男子高校生と一緒にターザンをして、その結果、見事池に落ちて泥だらけになったこともありました。そこにいた全員に大爆笑されました。」

お客さんを安全に添乗し、現地の良さを伝えるのは当たり前。でも、そのお客さんと自分が一緒にいたからこそ生まれたその瞬間を楽しむことをポリシーとしてきた。そして、このような時間を過ごす中で、旅の魅力を強く感じるようになった。

―旅は、すべての人をフラットにしてくれる

「一度旅先に出てしまえば、その人の仕事とか、役職とかこれまでやってきたことなんかも関係なくなるんですよ。雄大に広がる景色を前にして、その瞬間の自分がいかに楽しめるかが大切。だから、私はお客さんに、これまでの経歴を聞いたりしないようにしてきました。」

社長さんや普段そのコミュニティの中でプレッシャーを感じている人は、すべてがリセットされて本来の自分の姿を見つめることができる。素の自分でいられる時間を味わって欲しい。一方で、まだ何者でもない、これから何かを成し遂げたいと願って参加している人には、そっと背中を押してあげたい。あきちんはひとりひとりの生き方に触れることができる添乗員という仕事に生きがいを感じるようになっていった。

(3)両親への感謝の気持ちと贈り物

そして、添乗員としての仕事が軌道に乗ってきとき、あきちんは両親へプレゼントを贈った。

―ローマ、バチカン市国への旅(娘のガイドつき)

「ふと思ったんです。私は仕事で他人の親をたくさん案内しているのに、どうして自分の親には同じことをしてあげてこなかったんだろうって(笑)両親を、5日間イタリア・バチカン旅行に連れて行ってあげました。」

かつてミステリーハンターになることを応援してくれた母と、飲み仲間のネイティブの英語の先生を紹介してくれた父。私の仕事を見守って、応援してくれた2人に、恩返しができたような気がした。
両親は、普段2人で時間を作って出歩いたりするタイプではなかった。旅行なんて何年も行っていなかったという。ローマは、これまであきちんがたくさん案内したことのある街の1つで、思い入れも強かった。お酒が好きな父と、歴史が好きな母にはぴったり。2人がやりたいことをさっと教えてあげて、ちょっとしたイタリア語で会話しているあきちんをみて、両親は嬉しそうにしていた。

「母は、見る物すべてに目を輝かせていました。ローマで頼んだピザが日本よりも大きいね、ってそれだけでも喜んでいました。父はそんな母を見て、しょうがないなあ、とニコニコしていました。出発前に、読書好きな母にローマやバチカン市国を舞台に描かれているダン・ブラウンの『天使と悪魔』を紹介しました。それを読んでおくと、もっと旅を楽しめるよ、って。それがよかったみたいです。」


そんなあきちんに、これから旅をしようと考えている若い人たちに向けてのメッセージを尋ねてみた。

「たとえば、私は修学旅行の高校生を添乗して、機会があるとお話しすることがあります。それは、旅には必ず成長と気づきがある、ということ。例えば、旅先ではご飯が口にあわなかったことがあったかもしれない。でもその体験をすることで、ふだん家の人が作ってくれる料理のありがたさを知ることができる。今日家に帰って、家の人に旅行どうだった、って聞かれたら、そんなことを思い出して欲しい。」

旅をすると同時に、あなたのこと待ってくれている人がいる。応援してくれて、支えてくれている存在。そんな大切な人の存在に改めて気づかせてもらえることも旅の魅力の1つ。あきちん自身も、1500日の添乗を経て、いつも日本から応援してくれた家族や仲間の存在のありがたさを、改めて感じている。

(4)会社を退職してママになる。2人のこどもへの想い

そんなあきちんは、14年間の添乗員生活を辞め、新しいステージに進んでいる。

「添乗員の仕事は、ずっと続けていたかった。でも、結婚して子どもも欲しかったから、思い切って辞めました。」

辞めたとき、後悔はまったくなかった。これまでは自分のためだけに、好きなことに思い切り時間を使えてきたと強く思う。だから、これからは子どもと家族のために時間を使いたい。そして、あきちんは2人の小学生のママになった。

「この間、家族でテレビを見ていたら、スペインのサグラダ=ファミリアの特集をやっていたんです。もうすぐ完成するかもって。その時に、ママは添乗員さんをやっていて、サグラダ=ファミリアが少しずつ作られていくのをずっと見てきた、だから完成したら現地に見に行きたいんだ、っていう話をしたら、小学2年生の娘が私もついていく、って。ママと一緒に見に行きたいから、英語を勉強する、って張り切っています。」

サグラダファミリアができあがっていくのを見るのが楽しみ

(5)添乗員生活を振り返って思うこと

14年間の添乗員生活を振り返って、あきちん自身が不思議に思うところがある。

「振り返ってみると、いろいろな国にいけて、楽しかったこととか、おいしかったものとか、普段味わえないはずの感動とか、たくさんあったはずなんです。だけど最初に頭に浮かぶことは、失敗したことやつらかったことばかり。」

飛行機が遅れて計画が崩れてしまったこと。お客さんの預けた荷物が届かなくてほぼ荷物なしで過ごさせてしまったこと。財布をなくして失意のままガイドしていたこと。

「だけど、その時にどうしようもないくらいにつらかったはずなのに、今はいい思い出として残っている。どうしてだろう(笑)。」

このような体験をふまえて、あきちんは2人の子どもたちに願うことがある。

失敗を怖がらないでたくさん挑戦してみて欲しい。大丈夫だよ、その失敗はいつかいい思い出に変わるときが来るから、と。

2人の子どもが小学生になり、身の回りのことが自分たちでできるようになってきた。このタイミングで今、あきちんは新しい仕事に向き合っている。

「編集の仕事をしています。日本のことに興味を持ってくれている外国の人向けに、日本の食べ物とかお酒とか、おすすめの場所などを紹介する記事の編集に関わっています。」

高校2年生のときの留学で、日本のことを質問されたが、そのときはうまく答えられなかった。
添乗員として40ヶ国をまわった今、外国の人に日本のよさを届けられるチャンスをもう一度もらったような思いで過ごしている。

ちなみにこの仕事を紹介してくれた人は意外な人だった。オーストラリアのファームステイでターザンをして池に落ちたあきちんを見てくれていた営業マンの1人。あのときの姿を覚えていて、声をかけてくれたという。

あきちんにこれからの夢と目標を聞いてみた。

「レストランの経営に関わっていきたいと思っています。アレルギーに配慮している、こどもに優しいレストランです。」

あきちんのこどもたちも食品アレルギーを持っている。食べたいのに、食べられない。なんとかして食べると発疹が出てしまう。急に病院に運ばれたこともあった。同じような悩みを持つママたちが、安心して利用できるレストランがあったらいいな、と思っている。

実はこの日のインタビュー、あきちんは2人のこどもたちと一緒に参加してくれた。

カブトムシとスポーツが大好きなお兄ちゃんは、妹さんのことををいつも気遣ってくれている。妹さんはそんなお兄ちゃんのことが大好き。

「2人を連れて、大きい駅とかで乗り換えするときに、道に迷ったりすることがあるじゃないですか。そうすると子どもたちがママ大丈夫?って不安な顔をするんですよ。その時に、私を誰だと思ってるんだ、40ヶ国、知らない街を渡り歩いてきたんだよ。任せなさいって。」

あきちんは、2人のこどもたちの添乗に全力を注いでいる。

たくさん失敗して良いんだよ。

そんなメッセージを受けて育ったこの2人の子どもたちが、これからの人生でどんな人と出会い、体験をし、旅をしていくのだろう。今から楽しみだ。

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