乱れる口紅

「エロいな。」

一晩泊まって、乱れたベッドの上から彼が言った。
スマートフォンに吸い込まれていたはずの視線は、いつの間にか鏡越しに、私の塗りたての口紅を見ていた。
「何が?」
ドレッサーに手を付いて、化粧の最後の仕上げを行う。
濡れた赤色が、もぎたての果実のように潤いで輝くように、と願いを込めながら、少し大きめに下唇へと塗りこめた。
彼が私の背後に立ったのが、鏡越しにぼんやりと見える。
口紅のキャップを閉めて、化粧ポーチにしまっていると、彼の浅黒く血管の浮き出た手が、これみよがしに私の腰へと回った。
そのまま、首筋に彼の顔が埋められた。
彼の茶色い絹糸の前髪が、耳を擽って思わず身をよじる。
そんなことはお構いなしに、彼の唇が首筋に押し付けられては、小さなリップ音を落として上がってくる。
ゆっくりと上ってくる彼の、唇の柔らかな感触に反応して、子宮がぎゅっと身構えた。
とろり、と甘い蜜が、身体の奥深くから下着へと零れ落ちる。
耳の淵へとたどり着いた時に、吐息ごと声を押し込むように彼が言った。
「誘った?」
「誘ってなんて……。」
彼の視線が私の唇に落ちて、塗った口紅を舐めとるように視線が動く。
顔をのぞき込むように寄せた彼の、通った鼻筋が頬に触れて、焦らす様に離れた。
口づけを身構えた頬が、高揚で赤く染まったのが、鏡越しに見えて、思わず目を逸らす。
「ちゃんと見て。」
 彼の大きな手が、頬をつかんで、意図せず私に鏡を見せた。
誘ってないと言っておきながら、その瞳には期待が宿っているのが自分でもよくわかった。それを見透かすように、彼が口の端を上げる。
「ちゃんと見といて。俺がいつも何をみてるのか。」
彼の手が、ブラウスのボタンに触れ、ひとつ、ひとつ、と呼吸の隙間を縫うように、ボタンが外される。
全て開いたブラウスから、グレーのキャミソールが覗いた。
「これじゃ、俺が触れられないよな。」
彼は半歩、後ろへと下がった。
どうすればいいか、わかっているだろ、と言いたげな彼の視線が肌を撫でる。
私はブラウスから腕を引き抜いて、キャミソールを脱ぎ、うつむいた。視界の中で、白い肌をくるむ赤いレースの下着が自己主張をしている。
「よくできました。」
彼が微笑みながら、私の背中のホックへと手を伸ばした。
パチン、と小さな音を立ててホックがはじけ飛び、柔らかく震える乳房が露わになる。
いじらしくさきっぽが、彼の為に期待を孕んで尖っている。
「かわいらしいじゃないか。」
彼の手が、私の胸を包み込んだ。
男らしく関節の尖った無骨な指の隙間から、窮屈そうにはみ出る和らかな肉。
しっとりと汗ばんで、彼の手を求めるように吸いついているその果実を、彼は愛おしそうに揉みしだいた。
親指が、尖った先っぽを優しく撫でる。
糸が張り詰めるように、子宮へと官能が広がって、思わず声が漏れた。
「あっ……。」
彼の表情が、余裕の笑みと獣の瞳を掛け合わせた、捕食者の者へと変わった。
見せつけるように、彼の舌先が、胸の尖りへと這わされる。
恥ずかしいはずなのに、綺麗な二重と、蛇のように這う舌へと意識が持っていかれた。
「鏡の方、見ろって言っただろ。」
彼が私を見上げているはずなのに、その命令に抗ってはいけないと、思考が服従を促した。
前を見ると、快楽に溺れようとしている自分の顔が、その浅はかな思考をひけらかすように映り、羞恥でうち太ももを思わず擦り寄せ、唇の端を噛む。
彼の手が、さするようにもう片方の胸の尖りを愛撫して、舌先と共に快楽を引きずり出す。
目を瞑ってしまいたかった。
だが、そんなことはきっと、彼は許してくれない。
快楽を止められることも、深められる仕置きも、今の私はどちらも望めない。
吐息が漏れ、頭の中に靄がかかって、彼の与える快楽をただ受け入れていると、彼の唇が、強く胸の尖りに吸いついた。
緩やかに上っていた快楽が、急勾配で押しあがった。
「んんっ……!」
彼は声を聞くと、立ち上がって前髪をかきあげ、私を後ろのベッドの上へと投げるように押し倒し、スカートのチャックを乱暴に引き下げると、そのまま下着ごとはぎとって床へと投げた。
「こっち、触ってないのにもう濡れてるな。はしたないやつ。」
彼の指先が蜜壺へと差し込まれた。一気に入り込むその感触に、どれだけの期待で壺がいっぱいになっていたかがすぐわかる。
「あーあ。ちょっと触っただけであふれてる。」
彼の指が、中を探るように動き回る。とっくに知られている良いところを、わざと避けるようにかき回して、とろとろとあふれ出る液体をもてあそぶ。
こらえ性の無い腰が、うねって彼へを誘った。
「昨日もしたから、もういいな。」
彼はベルトのバックルを解いて、スラックスから足を引き抜いた。
彼の怒張が、既に受け入れさせろと主張をしている。
「あっ……。」
奥へと早急に押し込まれる、彼の肉棒に身体が歓喜でわなないた。
挿入した瞬間に、彼の眉間へとしわが寄った。
そのまま、ゆっくりと腰を振って、私の秘肉をかき乱す。
触れてもらえなかった気持ちの良いところに、彼の先がぐいぐいと押し付けられて、甘やかな電撃が体中に走りまわった。
「あっ……。もう、イきそう……。」
「……いいぞ。」
ぎゅうっと身体に力がこもって、絶頂の階段を駆け上がった。
彼に行かないで、と太ももで挟みこんで、しがみつくと、彼は腰を止めずに腰を振り続けた。
「イッてます、もう……!」
彼は聞こえていないかのように、腰を振り続ける。
小さな絶頂の波が、身体を焚きつけて何度も何度も襲い掛かかり、どんどんと追い詰めていく。浅い呼吸が、もう理性なんてのこって居ない事を、彼へと伝えてしまっている。
「もっと。」
彼がぽつりとつぶやくと、私をうつぶせにひっくり返した。
再び背面から差し込まれる彼の怒張が、今度は新たな快楽の拠点へと容赦なく突き立てられた。
引いて、押して、引いて。
どれだけ掻きだされてもあふれ続ける愛液に滑らせて、彼の怒張が牙を剥く。
もう何度イったかわからない。イってるかもわからない。気持ちがいいという感情しかあふれてこない浅はかな身体が、もうダメになりそうだと、上へと逃げようと這いずった。
「逃げんな。」
「もう、もう無理......!  もうイけないから、やだ……!」
「俺はまだイってないだろ。」
彼の腕が、逃がさないと言わんばかりに首に回される。ぴったりと背中にのしかかり、奥へ奥へと、それ以上行けない所へと侵入してきて、乱暴に腰を打ち付けられる。
熱い杭が、何度も何度も奥へと叩きつけられて、声を上げることしかできない。
頭の中が真っ白で、ずっと絶頂しているような感覚が、身体の隅々、指先まで満たして、乱した。
「あっ、ああっ……!」
 あふれ出る声が、枕に吸収されて、小さな音の粒になって部屋に溶けていく。
吐息と、肌を打ち付ける音が絡み合って、何も考えられない。
「んっ……。」
彼が息を飲んだ。漏れた吐息をかき消すように、大きく息を吸いなおした。
「……出すぞ。」
んっ……と彼が最奥で果てた。熱い杭がドクドクと高鳴っている。緩やかに腰を振って、最後の一滴まで、奥へ奥へと押し込めるように彼が腰を動かしている。
「あー……。ごめん。折角綺麗に塗ったのに。」
そう言った彼の指先が、私の唇を拭った。
その指先は、赤く染まらなかった。
 


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