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わたし〜勉強は出来ないがアホとは思っていない。


タイトルにもあるように
私は勉強が出来ない。

いや、勉強をしてこなかった。

昔から勉強が全てではないという母と
勉強はしなくていいから本を読めという祖父。

しかし父はと言うと
勉強の塊みたいな人だった。
らしい。

父と母が離婚するまでの2年間。
私は産まれてから2歳まで
父の田舎、鹿児島で育った。

鹿児島で有名なあの学校を出て
(そうです、あの学校です)
先生という職についていた父。

両親が離婚していなかったら
私は勉強を頑張って
違う道に進んでいたのかと思うと

もう一つの道も少し覗いてみたい。

勉強は真剣になれなかった私だが

本だけはしっかり読んでいた。
未だに本を読むのは大好きだ。

中学生の時学校も行かずに
遊びまくっていたかと思えば

読書にはまり朝方まで読み漁っていた。

不真面目なのか
そうでないのか分からないが

本を読んで得られる感情が

テレビから得られる感情よりも
文字で読み取って感じるものの方が
もっと深くて
もっとリアルな気がして

私は大好きだった。

シドニーシェルダンの
真夜中は別の顔
というミステリーは知っているだろうか。

あれを読み進んで行った時の
私のわくわく感は忘れられない。

中学生で知識もないまま
読み進めていったので
本の中の状況についていけず

何度も本を行ったり来たりして
読んでいた。

夜中に眠気が襲っても
読みたい意識が勝ってしまい

眠気を打ち消すように
読み進め

気付いたら本を枕に寝落ちしていた。

いまだに本は大好きだし
どちらかというと速読のタイプである。

勉強はできないけど
本をしっかり読むというだけで

頭いいんやなぁ。のイメージが
先行するみたいだが。

これだけは言っておく。

本が読めると言う事は
字が読めるだけである。

字が読めて
その文字から
感情を読み解く事ができるだけである。

ここにいる人は
文字遊びができる人達の集まりだから
色んな文字の使い方を

読ませていただいて
本当に楽しいし
勉強になる。

なによりこの限られた文字の中で

悲しい表現や
嬉しい表現

喜怒哀楽をスマートに
文字に落とし込めている人達をみて

私ももっとうまく文字使いをしたいなと
思っている。

私の場合読み始めた本が
ミステリーだったので、
それもがっつり海外ミステリー。
そこは幼かった私に非常に影響を与えた。

ミステリーの醍醐味、
大どんでん返しを好んで読むようになり

人の裏を読むようになり
裏の裏まで考えるようになってしまった。

全然怪しくないやつが犯人説を
適用し

テレビの推理ドラマなどは
ドラマのはじめのほうで

犯人は
こいつだなと
気付いてしまう事も多い。

人を信用するのに時間がかかるし
友達には考えすぎだとよく言われる。



何が言いたいかというと
勉強はできないが
アホではない。

文字は、読めるから。

しかし本を楽しむ感情を手に入れるのと
同時に

疑心暗鬼の心を手に入れてしまった。

勉強はできないがアホではない。
人を疑う心を持ってしまっているから。

できるなら
何も疑うことのない
素直でアホな心を取り戻したい。

勉強はできなくてもいいのだが。







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