小説 介護士・柴田涼の日常 146 大暴れするシマダさん、ユニット会議
翌日は早遅対応の遅番。昨日は九時間くらいは寝られた。これで不足していた睡眠時間を取り戻すことができただろうか。ゲームもやりたいが睡眠時間も確保したい。二つの思いがせめぎ合っている。
出勤すると、真田さんが「今日は久々にシビレたわ」と言った。ヨシダさんの水様便失禁があり、ズボンを伝い足元まで便汚染されていたようだ。ようやくヨシダさんの更衣が終わったと思ったら、今度はCユニットのシマダさんが通路を塞いでいたマスダさんを小さなショルダーバッグで叩き、近くの棚に乗っていた歯ブラシとコップが入ったカゴを手で払い落とし、そのまま走り去るという騒動がEユニットのリビングで発生した。その前に、イマイさんのトイレ誘導をしようとしたところ、Dユニットの元僧侶のクリヤマさんがリビングすぐそばのサトウさんの居室に入ろうとしているのを見かけたので、それを止めていた矢先にシマダさんとマスダさんの衝突があったようだ(この二人には確執があるようだ。一方は元社長で、一方はボス猿だ。マウントを取り合っているのだろう)。急いでDユニットの緑川さんに声をかけたが、Dユニットも人がおらず、緑川さんはクリヤマさんを引き取るとすぐに自分のユニットに帰ってしまったそうだ。一部始終を目の当たりにしていたヤスダさんは「恐いわ」と怯えていたそうだ。
今日のユニット会議でも話題になり、ケアマネの原田さんは、「Cユニットはご利用者様のやりたいように自由に過ごしていただくという方針みたいだけど、他のご利用者様の身の安全や自由を脅かすことまで許されているわけではない、ということだけは肝に銘じてね、とは向こうのリーダーさんには言ってあります」と言った。
間宮さんは、向こうのリーダーが作ってきた当該ご利用者の「取扱説明書」なるものが気に食わないようで、「これ、排泄介助の方法まで書いてあるけど、こっちで面倒見ろってこと? 何かあったら声かけてってあるけど、てめえらが来いって話だよ。ユニットケアの特養でしょ。ぜんぜんユニットケアになってないじゃん」と不満を漏らした。
「向こうと戦うためにも、記録を残しておいてくれないとわたしも戦うに戦えないので、いっぱい記録を残しておいてほしいです」と原田さんは建設的な意見を述べる。
そのほか、ユニット会議では、夜勤者は、ズボンのみを着替させることにして、上着は早番が起こしたときに着替えさせる、という方向でFユニットのほうに話を持っていき、ゆくゆくは両ユニットともそのやり方にしたいと平岡さんは言った。たしかに、ベッド上で上着を取り替えるのは一苦労だし時間も取られる。それなら、起きてもらったときに着替えたほうが労力もかかる時間も少なくて済む。あと、靴下も夜勤者が履かせるのではなく、早番が起こすときに履かせるようにするということになった。靴下を履いているとそのまま起き出して歩いたときにすべって転倒するリスクがあるからだ。
ユニット会議は二時間ほどで終了する。平岡さんは今日は出勤ではなかったが、休憩回しが押せ押せになっていたので、「やることがあるから」と言いつつ夕食時まで残っていてくれた。タイムカードを通していないので、無給のボランティアワークだ。もちろんユニット会議の時間も無給だ。平岡さんは残業申請はしないと言う。僕はこうしたボランティアワークは良くないと思う。平岡さんご自身に不満が溜まるだろうし、きちんと労働しているのだから、それに見合う対価は支払われるべきだと思うのだが。
昼間に三十七度台の熱が出ていたヨシダさんは夕方には三十六度台に落ち着き、夕食も離床して食べられた。不随意運動も見られたが、排泄介助は一人で対応できた。あとは夜勤者の田代さんに任せて帰ることにする。