小説 介護士・柴田涼の日常 80 洗濯物を気にするヤスダさん、フードロスが問題になる時代、当たりはずれがある理美容

 翌日、起きてみると雨は降っておらず、風もそんなに強くはなかったので、自転車で出勤する。

 出勤すると、真田さんが、「柴田くん、来てくれてよかったあ」と言った。「うちの猫ちゃんがあと二、三日で危なそうなの。今日なんか一時間ごとに目が覚めて様子を見に行ってたから、ちゃんと勤められるか心配だったの」

「それは大変でしたね」

 朝食後、ヤスダさんのトイレ誘導をしたとき、パジャマのズボンが見当たらないのと訴えられた。

「ハットリさんがいつも洗濯物たたむでしょ。パジャマのズボンだけ洗うと、『ほら、また汚したんでしょ』って言われちゃうの」

 ヤスダさんは夜中の尿量が多く、自分でコールを押してトイレに起き出すときは漏れないが、ぐっすり眠っていて夜勤者がトイレ誘導をしないと朝方にはびっしょり濡れていて更衣をするということが多々ある。しかし、今回はそうではなかったようだ。パジャマのズボンは車椅子の背もたれに掛けてあった。起床後トイレで着替えてそのままにしてあったのだろう。ズボンを渡すと「あー、よかった」と心から喜ばれた。

 真田さんにそのことを伝えると「じゃあそれケースに書いとくわ」と言われる。

「あっ、そうだ。この前敬老会でたくさん食べ物が出てね。年寄りはこんなに食べられないってくらいの量だったの。お昼はお寿司に天ぷらでしょ。おやつはケーキも出て紅白まんじゅうも出てさらにアイスまで配られたの。アイスは保存できるからいいけど、原則食事は提供してから二時間を経過したら廃棄しないといけないでしょ。ケーキはみんな食べたけどおまんじゅうはさすがに食べきれなくって結局捨てることになってしまったの。今はフードロスとか問題になってる時代だから、量は抑えて質を上げるとか、もっと工夫してもらわないと。柴田くん、栄養委員会で今度問題提起してくれない?」

「あっ、はい、わかりました」

 真田さんには理美容を申し込んだご利用者を誘導する役割が振られていた。全ユニットの対象となるご利用者を誘導しなければならないので、午前中まるまるかかってしまう。朝食の片付けと服薬を済ませ、トイレ誘導を終えるとすぐに一階に降りてしまった。と言っても、このあとの時間はそんなにやることはない。十時の水分補給の準備と昼食前のトイレ誘導、あとは清拭巻くらいだ。

 理美容は一階のフロアで行なっている。月に一度、数名の美容師が来てカットをしてくれる。なかにはカラーを希望したご利用者もいたようだ。Eユニットからはウチカワさんとイマイさん、キサラギさんが行った。前の二人は先に行き、後の一人は少し時間を置いてから行ったが、先に帰ってきたのはキサラギさんだった。そのあとウチカワさん、イマイさんが帰ってきた。見ると、ウチカワさんとイマイさんのカットのほうが、キサラギさんよりもうまくいっている気がする。美容師によって腕の差があるのだろう。真田さんによると、ウチカワさんは短くするのがイヤだと言われたみたいなので、ご本人には見えない首元あたりの髪の毛を短くし、前に近づくにつれだんだんと長くなるように斜めにカットしたそうだ。とても可愛らしい。この前の理美容のときは、ヨシダさんの首元と前髪のラインが斜めになっていた。それが流行なのかもしれないが、見るからにおかしかった。そのときは今まで見たことがない美容師がいたそうだ。美容師にも当たりはずれがある。

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