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「ファンベース」 佐藤尚之著 読書感想

ファンベースという言葉をご存知でしょうか?ファンという言葉は知っていてもファンベースは初耳という方も多いと思います。私もその一人でした。

今回、本書を読んでみてファンベースという考えこそ、今の社会に必要でもっと広まるべきだと強く思いました。これまでマーケティングといえばマスという巨大な塊を対象に行われていましたが、時代の変化と共にそれが通用しなくなり、モノが売れない、収益が安定しない状況が続いています。

これらの解決策となりうる新しいマーケティング手法が佐藤尚之氏の提唱するファンベースという考えなのです。ファンを大切にし、ファンとともに成長する組織を生み出していくその考えこそ、閉塞する現代に必要不可欠な要素といえるでしょう。

ここからは本書の内容から特に感銘を受けたポイントを3つに絞って解説していきます。本記事を読み終わった後、ファンベースの考えを取り入れる人が1人でも増えてくれたら嬉しいです。

ファンが売り上げの大半を支える

まず驚いたのが、ファンによる売り上げへの貢献度です。本書のデータ(ある飲料メーカーのデータ)によると、その企業の売り上げの46%はコアなファン(たったの8%)によって支えられています。

コアなファンはその企業の商品やサービスが好きなのでリピートで買うことは想像できますが、それが売り上げの約半分に達するというのは驚愕のデータです。

さらに同データで、ファン(これは企業に好意的な印象を持っている人のことだと推測)と位置づけられている購買層(37%)でも43%の売り上げに貢献しています。

つまり、コアファン(8%)+ファン(37%)で、その企業の売り上げの89%を支えているのです。また、一般には「パレートの法則」が成り立つといいます。別名「20:80の法則」呼ばれ、全顧客の上位20%が売上げの80%を生み出すというもの。しかもこれはほとんどの商品ジャンルに当てはまるそうです。だからファンは売り上げの大半を支える大黒柱であり、ファンを大切にすることで売上げ、収益の安定が得られるのです。

ここでファンベースとは何か、その定義について著者の考えを見てみましょう。

ファンベースとは、ファンを大切にし、ファンをベースにして(ベースには、土台、支持母体などの意味がある)、中長期的に売上や価値を上げていく考え方だ。

「ファンベース」佐藤尚之 ちくま新書 p7

良い商品を出す、価値のあるサービスを提供することによって消費者がその企業、商品のファンになり、それを継続することによって企業の売り上げや収益は安定する。だから企業はもっとファンを大切にしましょう、というのがファンベースの考えなのです。しかし、未だにそこに至らない経営者、会社が多いように思います。

それは本書にもある通り、一昔前はマスという大きな塊に大量に売れた時代があったため、その成功体験が忘れられず、新規顧客開拓や浮遊層(ファンになり切れていない消費者)向けのキャンペーンに走る企業が多いからです。でもこれは間違いなく負のスパイラルです。

日本は極端な人口減少社会にあります。今後、新たな客層を狙うのがますます難しくなってきます。それならば、今あるお客(ファン)を大切にする方がよっぽど効率的ですし、理にかなったアプローチなのです。

自分もついつい買ってしまうアイスクリームや週に1回はテイクアウトするコーヒーチェーンがあるので、知らず知らずのうちに自分もどこかの会社のファン(と企業の方で勝手に認識している可能性がある)なのかもしれません。

この無自覚のファンをファンと認識させ、企業の価値観を伝え、共感してもらうのもファンベースの大切な考えです。だから、著者は安易にファンからお金儲けをするファンビジネスに陥らないようくぎを刺します。

「共感」「愛着」「信頼」の強化で唯一無二の存在に

前の章で述べたようにファンは数少ない存在です。全顧客のわずか20%しかいません。コアファンに至ってはわずか数%。ではその少数のファンの支持を強くするために企業、組織がすべきこととは何か。

著者は端的に3つを挙げています。それはずばり「共感」「愛着」「信頼」です。

「共感」の強化に必要なのは、ファンミーティングなど、定期的にファンとの交流の機会を増やすこと。そしてファンが愛している偏愛ポイントを正確につかむことです。

企業はファンがその商品のどこに魅力を感じているのか意外と把握していないといいます。20%のファンをちゃんと探し出し、そのファンの言葉に耳を傾け、自社の強み、そして今後会社が向かうべき方向性を見出すべきなのです。そして最終的にはファンと共にその価値を高めていくのが最も効果的な方法といえます。

「愛着」の強化では商品にストーリーやドラマをまとわせるのが最適です。ファンはその商品が好きなので、その商品にどれだけこだわりがあるか、作り出すのにどれだけ時間がかかったかに興味津々です。なので、企業の創業ストーリーや商品開発秘話などオープンになっていない情報を知ることで、ファンはますますその商品を好きになるのです。

「信頼」の強化では、製造工程や製作過程をきちんと示すことで、その商品の品質や企業が求めるレベルがファンに伝わります。そのような誠実な態度が企業の信頼強化につながります。

本書を読んでいて、ファンベースの考えはブランド作りに近いと思いました。多くのブランドが唯一無二の商品を実現すべく、丁寧で独自の開発を続けています。

ブランドも独りよがりのコンセプトでは支持を得られません。ファンや顧客の声を商品づくりに生かす必要があります。そして一旦、ブランドが確立すればあとは口コミで自然とその商品を支持する人が増えていくのではないでしょうか。

ブランドを確立するのが並大抵の努力でないことは想像に難くありません。しかし、本書のファンベースを実践することで確実にその土台が強化されるはずです。

そしてブランドが強固なものになればなるほど、今度は口コミで支持者が増えていきます。この口コミのことを本書ではオーガニック・リーチと呼び、ファンベースの重要な要素となります。

ある商品や企業が本当に好きなファンはその魅力を家族や友人に伝えるでしょう。そして、そのような近い関係の人から勧められるものは価値観が近いので好意的に受け止められる確率が高い。

これが口コミの威力の正体で、現代ではテレビやネットをしのぐ影響力といっても過言ではありません。本書でも強調されていますが、そのような友人が発する「自分の言葉」が周りの友人に届く「オーガニック・リーチ」は情報過多の時代には逆に最適な方法となるのです。

ファンベースは楽しいもの

最後に、本書で最も印象に残ったパートを紹介します。それは「ファンベースは楽しいもの」ということ。

ファンベースによくある反論に「時間がかかる」や「手間がかかる」「効率が悪い」というのがあります。確かに、上述のようにファンベースでは少数のファンを探し出し、そこから魅力を聞き出し、そして共感や愛着を育てていくのでどうしても時間がかかります。CM広告のように一度に大量の消費者に情報を届けるのとは違って手間もかかります。当然効率も悪いです。

しかし、著者はそこで敢えて私たちに発想の転換を促しているのです。実際ファンベースは「時間がかかる」「手間がかかる」「効率が悪い」とネガティブな言葉で語られがちですが、著者はもっとファンベースを楽しんだほうがいいと言います。

ファンベースをワクワク楽しく実践し「時間がかかる」ではなく「じっくりと時間をかけたい」「手間がかかる」ではなく「真摯に丁寧に手間をかけたい」「効率が悪い」ではなく「できるだけ長く労力をかけてつきあいたい」とポジティブに考えられればファンベースはもっともっと楽しくなれるはずです。ファンベースは基本的に楽しいと著者が力説するので間違いないでしょう。

改めてファンベースはいいなと思いました。企業や組織はファンのことを思っているし、ファンは企業・組織のことをもっと知りたいと思っている。まさに相思相愛の関係がそこにはあります。

お互いがお互いのことを考え、商品や価値を変化、成長させていく。そのような協同作業がファンベースにはあります。

ファンベース施策に向くタイプはどんな人でしょうか。著者曰く「一見、人見知り風だけど、いろいろ気配りができて相手の気持ちになれる人」「裏方的に細やかな動きができる人」「傾聴の重要性も直感的にわかっている人」などがそれに当たります。

これはつまり、著者の言葉を借りれば「農業タイプの人」ということです。コツコツと誠実に物事を積み上げて、ファンと共に成長しようとする人がファンベースに向いているのです。人の性格なので向き不向きがあるのはしょうがないのですが、ぜひ多くの人にチャレンジしてもらいたいと思いました。

最後に、あとがきで著者は「TED」で放送されたロバート・ウォールディンガー教授のスピーチを紹介しています。

75年にわたる研究からはっきりと分かったことは、私たちを健康かつ幸福にするのは、富でも名声でも無我夢中に働く事でもなく、良い人間関係に尽きるということです。〈中略〉家族・友達・コミュニティとよくつながっている人ほど幸せで、身体的に健康で、つながりの少ない人より長生きするということが分かりました。

「TED」講演会  ロバート・ウォールディンガー教授  2015年11月  「ファンベース」p272

その上で著者は次のように控えめにまとめます。

この「つながり」のことと、ファンベースを短絡的に結びつけることはしないが、ただ、「企業とファンとのつながり」が、幸せや健康に直結していたら、それは素晴らしいことだなぁ、と、ちょっと夢想する。

「ファンベース」佐藤尚之 ちくま新書 p273

本当にいい言葉だなと思います。とかく企業はビジネスとして収益のことばかり考えがちですが、それ以前に企業が存続するためには顧客(ファン)がいないと成り立たちません。

だからこそファンを大切にし、そのファンと共に成長していく。そのような企業が今後もっと増えることを望みます。そしてファンベース施策が広まり、社会がもっと良くなればいいなと思いました。

まとめ

ファンベースがなぜ必要なのか。それはファンによる売上げへの貢献が高いから。一般に全顧客の上位20%が売り上げの80%を支えています。

そして、ファンをつなぎ留めておくために企業や組織がすべきことは「共感」「愛着」「信頼」の強化です。ファンミーティングでファンがその企業の商品のどこに魅力を感じているか、しっかりと把握することはもちろん、商品開発の舞台裏を見せ、ファンの興味をそそる必要もあります。そして何よりも情報は真摯に包み隠さず提供し信頼を高める。そうなって初めてファンと企業、組織は強固な関係となり、お互いが価値を高め合える存在となるのです。

そして最後はファンベースを楽しむこと。コツコツと手間暇かけてファンのためにいろいろやっていく。そのプロセスを楽しむことでファンベースは着実に身を結ぶのです。人と人のつながりが大切なように、企業、組織がファンと結びつくことでお互いが幸福となれるのではないか。ファンベースには無限の可能性があると思います。

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