父の話
父はクリスマスに自死を選んだ。
よく晴れた、12月にしては非常に穏やかな日だった事は鮮明に憶えている。
このまま穏やかな日が過ぎると思っていたが突然耳をつんざく母の悲鳴が響く。
「お父さんが首を吊っている」
と。
現場を確認に行ったのは姉だ。
わたしは今までに見た事がない程取り乱した母をどうしたら少しでも落ち着かせる事ができるか、当時のわたしなりに必死で考えたが夫が自死をしている現場を見たのだ。
そんな事はなにをしたって無理だった。
母は仏壇に必死に手を合わせていた。
遺影の義父と義母に必死に謝っていたのだ。泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と必死にただただ謝っていた。
わたしはなにも出来なかった。
足元が完全に崩れた母に、なにもできなかったのだ。
その後は矢継ぎ早に警察、救急、葬儀屋、父の訃報を知った仕事仲間や親族の来訪と、突然の出来事に対処できなかったのか、記憶がほぼない。
断片的にしか憶えていないのだ。
冒頭の、当日の天気や女性警官に話を聞かれ泣き崩れる母、来訪者が帰った後に聞こえる母の悲痛な泣き声。
母は当日の朝父が食べていたパンを1年以上冷凍で保存し「お父さんが最期に食べたのがこれだから」と言っては泣いていた。
火葬場で焼かれる父を見送った時は「お父さんが骨になっちゃう」と力なく呟くのみだった。もう母には泣く力も残っていなかったのだろう。
もう父が逝って10年以上経つが今に至るまでわたしは冗談でも「首吊り」という言葉を声に出せない。
アニメやドラマでそういう描写がある事は、大嫌いなホラーを見るよりもずっと怖い。
架空のホラーではなく、現実の恐怖が蘇るのだ。
マフラーや首周りに布がある事も苦手になってしまった。
自死を選んだ父はどんな気持ちだったのか、推し量ることはもう出来ない。
もちろん、父がいたらまた違った人生だったかもしれない。しかしながらまったくもって父の行動を非難もできないしする気もない。
父は今幸せだろうか
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