「鏡」「顔」
記憶の彼方の出来事である。その日私はどこかの街をうろうろと彷徨っていた。いや正確に言えば探し物ををして迷っていた。
古書店の隣に大きなビルがあり、そちらは新刊書が売られているようだ。まず古書店に入るとハタキを構えたおばさんがいた。
「あのう、大鏡はありますか」
「うちにはありません。隣のビルのトイレに行ってごらんなさい」
全くもって本屋の風上にも置けないがボケかましおばさんの鑑である。気の弱い私はおばさんの顔を立てて言われた通り隣のビルのトイレに行ってみた。なるほど、大きいかはともかく鏡はあった。縁がアズキ色をしている。これはもしや、アズキ鏡、つまり吾妻鏡か? 早速その前に立ってなかを覗き込んだ。50インチの液晶モニターには錚々たる顔ぶれが揃いドラマが進行している。なんだ、テレビか。
「佐殿、弓を」
「我が子孫が後々まで栄えるならこの矢よ当たれ!」
とは言え翌日は試験だ。終いまで見ずにその場を後にした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?