日記を載っけてみることにしました。(3月1-9日)

はじめに

 数年前からずっと日記をつけている。なぜいままで続けているのかはよくわからない。はじめたきっかけも憶えていない。目標も特にない。
 だからいつやめたって差し支えないのだが――厭なことを無理やり続けたって何ひとついいことないですからね――そして実際のところ結構サボってはいるのだが、しかし書かずに抛っておいたものが溜まってゆくのは気持ちが悪い。過ぎ去った年月の重みがのしかかってくる。ずんずん溜まってゆくレシートの山が机上のスペースを圧迫する(レシートを見て、その日どこに行ったかなどの記憶を呼び起こすのだ。たいていは近所のスーパーのものなので実はさほど役立っていないことは秘密)。それらのせいで、だんだん息苦しくなってきてしまった。
 というわけで心機一転を図って、舞台を移そうと考えたのであります。日記なんてほんとは他人に見せるものではないけれど、でも他人の日記を読むのは面白かったりもするし、それにどうせ誰も読まないだろうからええい構うものか、と――そうそう、基本的に私は「どうせ誰も興味を持たないだろう」といった態度で生きることを心がけております。ずいぶん卑屈なようだが、デフォルトをこう設定しておくと楽なのである。興味を示してくれるならば大歓迎、どうぞご一緒しましょうと誘いこむし、関心を示さない人はまあ気が合わなかったのだろうなあと思うだけだ。無理に薦めるような真似はしない。いくら名作・傑作だと言われようが、他人に強制されて観る/聴く/読むものは面白くもなんともないだろう。少なくともこれまでの私の人生でそんなためしは一度もなかった。断じてありませんでした。むしろ嫌いになることが多い。わざわざ言わなくてもみんな先刻承知済みか。
 閑話休題。ええと、どこまで戻ればいいかというと――そうだ、日記の舞台をこちらに移すことにした、までだ。
 そういうわけで、ここで日記を書いてみることにしました。細かいルールを定めるとまたぞろ息苦しくなるだろうから、いい加減に、緩やかに続けていく予定である。気が向いてかつ余裕があれば毎日更新するかもしれないし、数日ぶんまとめてドカンと書くかもしれない。全然書かなくなることも充分予測される。そのときは、忙しくて書く時間が捻出できなかったんだなあとでも思っておいてください。あるいは書くべきほどの出来事がなかった、とか、書けないような出来事があった、とかでもいいと思います。要するになんでもいいのだ。
 わが敬愛する筒井康隆は、ネット上で「偽文士日碌」なる日記を連載しているのだが、それもこのごろは月に二、三度思い出したように更新する程度になっていることだし、まあ私も気楽に続けていきます。どうぞよしなに。

 前置きが長くなってしまった。初回は三月上旬の日記をまとめてお送りする。

二〇二〇年 三月一日(日)

 三月になった。
 思えば二月は最後の数日が辛かった。
 楽しみにしていた福山雅治の三十周年記念ライブが中止になり、訃報がふたつ、そしてこれまた楽しみにしていた筒井康隆と松浦寿輝の対談イベントも中止の決定が下る――といったニュースが数日のうちに立て続けにきたのだ。そのせいで精神的に参った。
 文庫本を何冊もまとめてドンと買ったため金銭的にもピンチであった。自業自得とは言い条、「使えるお金に余裕がない」と心配しながら過ごす日々はなかなか辛いものがある。そんなところへあのバッドニュースの連続だったのだから、これは落ち込むのも仕方があるまい。
 そんなわけで日曜日は終日無為に終わった。なーんにもしなかった。

三月二日(月)

 昨日の虚脱状態が引き続く。特筆すべきことなし。
 部屋が荒れてきた。部屋の状態は精神状態の写像である……少なくとも私個人については。
 岸本佐知子のエッセイ集、『気になる部分』〔白水Uブックス、2006年〕と『ねにもつタイプ』〔ちくま文庫、2010年〕を読了。いちおう言い添えておきますが別に今日一日で二冊まるまる読みきったわけじゃない。いくつか並行して読み進めていたうちの二冊がちょうど今日読み終わったというだけだ。

三月三日(火)

 日中、調子上がらず。このままではいかんと一念発起。夜、わざわざ出掛け、片側から音の出なくなったBluetoothイヤホンを修理に出す。
 一月末ごろから調子が悪く、二月中旬にはイヤホン専門店に持ち込んでもいたのだ。しかしそのときは修理を断られてしまい(曰く、免許のない者が無線のイヤホンをいじるのは電波法に抵触するのだとか)、メーカー修理を奨められる。しかし保証書は行方不明(買って一年未満なのでまだ保証期間内だった)で、だから新調するのも躊躇われるし有償修理には出したくないし、にっちもさっちもいかなくなっていた、という次第(これもまた憂鬱の種だった)。
 で、二月末日の深夜。読みさしていた古井由吉のエッセイ集(『楽天の日々』〔キノブックス、2017年〕)を何気なく開くと、件の保証書がしおり代わりに挟まっているではないか。あわてて部屋をひっくり返し、保証書添付用のレシートなども無事に発掘。こうしてメーカーに送るべき一式を揃えたところで例の虚脱状態に入ってしまい、ここ二日はずっと、明日修理に出そう、明日こそ持っていこうなどと譫言のようにつぶやき続けていたのだ。
 そして、ついに今日、ようやく修理に出すことが叶ったのである。
 よくやった。我ながらよくやった。
 よくやった自分を褒めるため、書店に寄り、文庫本を何冊か購入。またお金は減ってゆく。

三月四日(水)

 次第に復調してきた様子。
 夕飯を外で食べる。『立川談志自伝 狂気ありて』〔ちくま文庫、2019年〕を片手に読みながら食べていたところ(お行儀がよくない)、隣の席のおばあちゃんにいきなり「あーら面白そうなもの読んでるのね」と声を掛けられる。すわ談志ファンか、と身構えるが、そういうわけでもないただのおばあちゃんであった。こちとら落語はまったくの初心者なので、すれっからしのファンに「業の肯定」がどうとか「イリュージョン」がこうとか「江戸の風」が云々とか言われても返答のしようがない。あぶないところだった。
 そしておばあちゃんは続けて「読書はいいですねえ。やっぱり他の人の生涯を追体験するって感じかしら?」と問うてくる。別にそんなことはないのだが、なんといっても今読んでいるのは自伝だし、第一おばあちゃんの顔は明らかにYESの返事を求めている。どうにか笑顔を取り繕って、「ええ、そうです。いやあ談志師匠の人生は凄いですよ」と返すとおばあちゃんは満足そうに微笑んで去っていった。
 善行を積んだ気分。

 帰宅後、『相棒18』第18話と『水曜どうでしょう 2019年最新作』を観る。

三月五日(木)

 特筆すべきことなし。しかし今日は作業が大いに捗った(つまり一日中かかりきりだったわけだ)。毎日この調子でありたい。
 『立川談志自伝 狂気ありて』読了。

三月六日(金)

 夕方、久しぶりで友人より連絡あり。待ちあわせ、夕飯を食べに行く。
 今日は筒井康隆の短篇「縁側の人」が掲載された『新潮』四月号の発売日だったので、待ちあわせに向かうついでに書店へ寄る。「蛍の光」が流れているところにギリギリで滑り込み、なんとか購入。新型コロナウイルス感染症が流行っているこのご時世だからいつもより閉店時間を一時間早めていたらしい。あと数分遅れていたら間に合わなかった。運がよかった。
 「縁側の人」は以下で、冒頭の立ち読みができます。

 友人の近況を聞く。今月いっぱいで現在の家を引き払うとのこと。それに伴って蔵書をまとめて売るつもりであり、いまはその整理に追われているらしい。せっかくだから売る予定の本をいくつか譲ってはくれないか、と頼み、快諾を得る。もちろん対価を支払ってのことだ(ここでの「譲る」は「欲しい人に売る」の意味。国語辞典を引くとだいたい二番めくらいに書いてある用法です、念のため)。「査定より高く、古書価より安く」をモットーに、win-winの関係を目指したい。
 その他いちいち書くことはしないが、さまざまの話をし、私はとても刺戟された。ほとんど読んでいない谷崎潤一郎、読みたいなあ、読まなきゃなあと思わされた。

三月七日(土)

 日がな一日家にこもり、部屋の片づけなど。ごちゃついていることには変わりないが、幾分すっきりした。部屋の状態は精神状態の写像。
 筒井康隆の新作短篇「縁側の人」〔『新潮』2020年4月号所収〕を読む。ついでに「南蛮狭隘族」〔『波』2019年12月号所収〕も再読。

三月八日(日)

 いつもより早めに起床。部屋の整理などを少し。
 昼ごろ家を出る。雨天であり寒い。買い逃していた雑誌を求めに行ったのだが生憎どこも売り切れ。amazonほかネット通販でも全滅。メルカリを覗いてみたところ複数の出品を確認する。おのれ転売ヤーめ。
 雑誌をバラして特集記事ごとに個別で販売している出品者もいた。これも転売ヤーの一種だろうが、その着想には感服する。なるほど。
 午後二時ごろ、喫茶店へ入る。立川談志『談志 最後の落語論』〔ちくま文庫、2018年〕を読了。続けて夢野久作『ドグラ・マグラ(上)』〔角川文庫、1976年〕を読み進める。まだほんの序盤だが、極めて魅力的な謎がいくつも提示される。これからが楽しみ。

 午後六時ごろ喫茶店を出て、しばらくあたりを歩き回ったのち帰宅。
 その後は録画のテレビ番組を消化したり日記を書いたり。日記を書くのはずいぶん久しぶりな気がする。

三月九日(月)

 木梨憲武58歳の誕生日。めでたい。
 そして私が密かに応援しているところの大原櫻子にとっては語呂合わせで「さく(3/9)の日」。これまためでたい。それにあわせて配信限定の新曲「花光る」が公開される。箏、十七弦、篠笛、太鼓での編曲が新鮮でいい。YouTubeでリリックムービーが見られるのでリンクを張っておいた(わかりにくかったので下にも埋め込みました)。

 今日はひたすらパソコンで作業。肩から背中にかけてガチガチにかたまり、頭痛も酷い。集中すると気にならないのだが、ちょっと休憩すると疲労が一気に押し寄せてくる。適度に休みながらやらねばならないね。
 中止になった横浜アリーナでの福山雅治デビュー三十周年記念ライブは、都内某レコーディングスタジオからの生中継ライブに変更となった。3月21日午後4時からWOWOWにて放送。ただし私はWOWOWには入会しておらず観る術をもたない。むむむ。
 それとは別の福山雅治のライブ、「福山☆夏の大創業祭2020 稲佐山」のチケット先行エントリー申込締切が迫っている。明日の午後6時まで。行きたい。行きたいのだが、長崎での開催であり、ちと遠いので考えあぐねている。むむむむむ。


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