「正常化」とは言えない中東情勢

今年の1月にはイランのソレイマニ司令官が暗殺され、7月にナタンズの核施設の爆発。イランの内情に詳しい方によると、イラン国内での不審な火災や爆発(6月~7月)という事件が相次いでいるようです。

夏には米国の仲介によるイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンアラブ諸国の国交正常化がありました。そして、トランプ政権はポンぺオ国務長官をサウジアラビアを11月22日に送りこんで、ムハンマド・ビン・サルマーン王太子とイスラエルのネタ二ヤフ首相密談を成立させているようです。

バイデン次期大統領へ政権交代が行われる(はず?)の前のドサクサのタイミングに何故?と思いきや、この事件が数日後に起こりました。

中東情勢に専門性がない素人感覚に過ぎませんが、これは「正常化」に見えません。トランプ米国・イスラエル・サウジアラビア・アラブ首長国連邦国・バーレーンが共通して敵対視しているイランを包囲しているとしか思えないです。

日本の原油輸入元の9割弱が中東ですから、この地域の情勢は他人事ではありません。

原油輸入依存度について、ブロガーの不破雷蔵さんの記事がわかりやすく解説していただいています。

まず、現状(2019年)ですが、サウジアラビアおよびアラブ首長国連邦から日本への原油輸入は、イランと比べると圧倒に多いということがわかります。

画像1

サウジアラビアとアラブ首長国連邦を合わせると全体の65.1%を示しますが、イランはたったの1.5%に留まり7位になります。

20201130 輸入パイ2019

【出所:中東依存率は88.9%…日本の原油輸入元をさぐる(石油統計版)(2020年公開版)】

ただ、不破雷蔵さんが投稿された5年前のデータから比べると、変化が見られます。

20201130 輸入パイ2014

サウジアラビアとアラブ首長国連邦を合わせると全体の56%で、イランは4.9%で5位でした。

20201130輸入パイ2014

【出所:中東依存度83%・日本の原油輸入元を詳しく調べてみる】

この5年間で、イランからの原油輸入が7割減しています。その原因は明らかにトランプ政権がイランに課した経済制裁です。日本はイランには友好的な関係を保ちたいと思いながらも、トランプ米国の意向に反旗を揚げられなかったという難しい側面に立たされていました。

興味深いことに、この5年間でサウジアラビアからの輸入額は減って、アラブ首長国連邦からの輸入額が増えています。サウジアラビアに対して微妙な警戒心が原因なのでしょうか。2018年にトルコ国内のサウジアラビア総領事館内で殺害された言われるジャーナリスト、カショギ事件がありました。

日本では、あまり認識されていないかもしれませんが、実はイランは中東では大国です。

イラン                   8180万人  
イラク                   3840万人   
サウジアラビア     3370万人
アラブ首長国連邦   963万人
イスラエル              880万人
パレスチナ              505万人
バーレーン              157万人

世界人口ランキングではイランはドイツとトルコを続く19位で、イギリスやフランスより多です。

また、歴史の側面ではイランは紀元前3000年前ぐらいからエラム人➡アーリア人➡ペルシア帝国へと続き、イスラーム教の影響は紀元600年半ばぐらいからのようです。(イスラム教指導者であるムハンマドが生まれたのが紀元570年頃です)

一方、サウジアラビアの歴史が始まったのは1744年と言われています。

そういう意味で、イランは人口大国や歴史の深さや文明国として中東地域の兄貴分という誇りに自負しているかもしれません。

ただ、サウジアラビアにはムハンマドの誕生地であるメッカと同氏が亡くなったマディーナがありますので、イスラーム教の文脈では聖地を誇っています。

そして、イランのイスラーム教信者の90~95%がシーア派であり、サウジアラビアでは85~90%がスンナ派で残りの10~15%ぐらいがシーア派であると推計されています。ここで事態の複雑さが増すのは、サウジアラビアの豊富は油田は王国の東部にあり、そこにはシーア派が多いらしいです。サウジアラビアがイランの影響を懸念するのは、イランは1979年に王制度が打倒され(宗教指導者の影響が大きいですが)民主化されたからという説もあります。

来年の6月にはイランでは大統領選挙が予定されているようです。アメリカが放棄した核合意をまとめたロウハニ大統領は穏健派として知られていますが、二期目のため再選は不可のようで、現状を踏まえると強硬派が有利と言われています。アメリカの経済制裁によってイラン人の生活が苦しくなったのは確かです。

インフレ率はなんと41.1%(2019年)!  2020年4月時点では34.2%(IMF)とやや落ち着いているものの、現地通貨イラン・リヤルの(インフレ率を考慮した)実勢レートは年初に比べて98%も暴落しているようです。実質GDP成長率も核合意直後の12.5%(2016年)から―7.6%(2019年)で今年(2020年)の予測は―6%(IMF)だそうです。

イランの内情に詳しい方によると、一般市民はバイデン次期大統領の勝利に歓迎している様子です。ただ、イランの指導部はそのような素振りは簡単に見せることができないでしょう。

その現状で中でのイスラエルとサウジアラビア首脳の密談とイラン核科学者の暗殺です。イランの堪忍袋の緒が切れるのではないかと心配です。

日本は中東情勢について宗教的・歴史的に良い意味で中立です。ただ、原油など経済的な関係は深い。そのような立場であるからこそ、日本政府が「正常化」に少しでも貢献できることに期待しています。

#日経COMEMO #NIKKEI

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