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愛鳥のブラック企業奮闘記 ~第1話 社運を託された者~

目の前の悩み苦しむ人を助ける。
これが私の使命。
嫌われるとか、出世とか、自分の立場とか、どうでもいい。
目の前の不幸な人を幸せにできなければ、一体私は誰を幸せにするんだ。
ホンマにとことんまでやったりますよ。
これが私の自分軸。
この軸は決してぶれやしない。
誰に何を言われようが、これが私。

私は大手商社に勤務するサラリーマンである。大手商社と言えば聞こえは良いかもしれないが、残念ながら私の会社はブラック企業である。

今年2月中旬、私の会社の経営層からお呼びがかかった。恐る恐る個室に入ると、経営層から開口一番、「愛鳥。お前に我が社の未来を託す。」と言われた。一瞬何を仰っているのか分からなかった。

私の会社は、大手商社である。しかし、ITの加速度的進化によりビジネス形態が大きく変わりつつある昨今、大手とはいえ、未来永劫、会社の存続は約束されない。

この状況を踏まえ、私の会社では、ITを活用した新ビジネス構築というプロジェクトを立ち上げることになった。このプロジェクトには社運が懸かっている。そう。私は、経営層からこのプロジェクトのトップに任命された。

皆さんは、この言葉を聞いてどう感じるだろうか。責任ある仕事を任せて貰えて嬉しい人もいれば、そうでない人もいる。私は後者であった。今年4月より、私はマネージャー職に昇進したわけであるが、正直言って、出世せずにゆる~く仕事をして、穏やかな社会人ライフを楽しみたかった。

しかし、会社がそれを許してくれなかった。ではなぜそんな消極的な私なんかに、社運を懸けた一大プロジェクトを託したのか。

今から9年前、会社の業務改革で社内の基幹システムを再構築するプロジェクトが発足されたが、3年が経過したにも関わらず、とあるセクションがまさかの進捗ゼロだった。

この再構築プロジェクトは必ず4年で終わらせる必要があり、そんな絶望的な状況の中、突然、私に白羽の矢が立ってそのセクションの責任者に任命されたのだった。

先ほど、私はマネージャー職に昇進したといったが、マネージャー職に初めてなったのは実はこの6年前の時だ。そう。私は、一度降格しているのだ。

本当は4年がかりで行うものだが、経営層から1年で完成させるよう命令された。あまりに理不尽だったので、初めは「できません。」とお断りしましたが、その時、経営層に

「これは命令だ。断るんやったら、解雇するけどいいんだな。」
「そうすれば、お前の家族を路頭に迷わせることになるんだぞ。」
「お前には断る権利はない、黙って言うこときけや。」

と圧力をかけられ、私のその圧力に屈し、渋々責任者を引き受けた。

ここからが地獄の始まりである。

私のセクションはシステム構築の経験スキルが必要で、当時の部下はたった2人だけで、そのうち1人は未経験者だった。4年かかるのを1年で完成させろ、ということで未経験者を1から育てる時間はなく、上司に増員をお願いしたが「ふざけんな」と一蹴され、頼れるには経験のある部下一人だけだった。

初めの3ヶ月は、とにかく平日の徹夜は当たり前で、土日も寝る間も惜しんで仕事をした。どんだけ時間を削っても到底間に合いそうになかった。

そして3ヶ月後、事件が起きた。

頼れる私の部下が急に会社に来なくなった。そして、そのまま退職してしまった。

その時、心身ともにボロボロだった私は、あまりのショックで倒れてしまい、そのまま病院で行くことになり、結果、適応障害を患い、1ヶ月休暇を余儀なくされた。

頼れる部下の失踪、病気で1ヶ月仕事ができない。もう私のセクションは間に合わない。これで私はクビになり、大切な家族を救えない。このまま死んでやろうか、と自殺を考えるぐらい追い込まれた。

こんな私を不幸のどん底から救ってくれたのは、7つの習慣という本だった。
※詳しくは下記YouTube動画をご視聴ください。

私にとって、この本および本および著者のスティーブンコヴィー博士は命の恩人である。以前から、自己啓発本の名著というのは知っていたが、実際に読んだことはなかったので、死ぬ前に成功とやらを拝みに読んでみるかと斜に構えながら読んでいくうちに、まるで漆黒の闇に一筋の光が差したかのような感覚になり、その光を必死で辿るように、気がつけば、むさぼりながら本を読んでおり、あっという間に読み終わった記憶がある。

そして、同時に「私はやり直せる、幸せになれる」と確信した瞬間でもあった。

1ヶ月が経過し、仕事に復帰したが、私に対する会社の態度は今までどおりであった。1ヶ月休んだ仕事は誰もやってくれるわけではなかったが、私は平気だった。なぜなら、私にはゆるぎない自信があったからだ。

そして、4年かかる仕事を見事1年で終わらせることができた。

プログラム開発やテストは私以外の方が行ったので、完全に一人で行ったわけではないが、システム再構築の要件定義、仕様、操作、運用など、いわゆる創造的な要素は全て私一人で社内関係部署にヒアリングした上で考えたものだ。

再構築のプロジェクト自体は、この1年で終わったわけではあるが、経営層から翌年もシステム部のマネージャーとして勤務を命じられた。しかし、私が患った適応障害という病気はすぐに治る病気ではなく、療養に専念したかったため自ら降格を申し出た。

ということで、会社側にも理解いただき、私は降格し、システム部以外の部署で療養しながら仕事することになった。

このように適応障害となったとはいえ、4年かかる仕事を1年で終わらせた功績は高く評価されてしまい、今回のプロジェクトのトップは、この会社では私にしかできないという理由で、私は今年4月に再びマネージャー職に昇進し、ITを活用した新ビジネス構築という社運を懸けたプロジェクトのプロジェクトマネージャーとしての勤務を命じられた。

私の会社は、対面営業による付加価値提供を主軸に事業を拡大してきたわけであるが、昨今の新型コロナウイルスを皮切りに、各企業でテレワークが普及し、そこに、AIなど加速度的に進化するITが拍車をかけ、現在、ビジネス形態が大きく変わりつつある。

つまり、対面営業を武器とする私の会社では、危機的状況であるのだ。この危機的状況を打破すべく、今の私の会社で求められているのは、対面営業に代わる武器、つまり、ITを活用した新ビジネス構築である。

急に、プロジェクトマネージャーに任命されたため、6年前の記憶が蘇り、こんな仕事を引き受けてしまうと、私の社会人人生で一番大きな仕事となる。また適応障害になってしまうと億劫になり、初めはお断りした。

しかし、経営層から、この世の終わりかと言わんばかりに激怒され、その圧力に屈し、渋々プロジェクトマネージャーを引き受けることになった。

プロジェクト開始は、表だっては今年4月からではあるが、水面下ではプロジェクトマネージャーに任命された翌日からメンバー間で進めていた。

2月末までに、誰がいつまでに何を行うのかを粗々決定し、3月には経営層にプレゼンを行い、今回のプロジェクトにおける会社としての方向性が決定した。

そして、4月より各セクションの担当者が目標実現にあたり、各々のスケジュールに沿って展開していったわけであるが、4月にして早くも事件が発生した。このプロジェクトは、当社の社運が懸かっている。早くも万事休すか。

~第1話完~

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。私のブラック企業奮闘記は、引き続き投稿していきますので、どうぞ宜しくお願い致します。

~追伸~
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