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愛鳥のブラック企業奮闘記 ~第5話 評価と自戒~

「本日をもちまして退職することになりました。」

突然そう切り出したのは、某メーカー課長職の左京(さきょう 仮名)。
当時の私は26歳、左京課長は58歳。

左京課長は、私にとってビジネスの恩師である。
私は大手商社に勤務しており、今年4月にマネージャー職に昇進した。更に当社ではITを活用した新ビジネス構築というプロジェクトが発足され、そのプロジェクトマネージャーに私が任命された。このプロジェクトには社運が懸かっている。

こうして私が社運を託されるまでになったのは、恩師左京課長との出逢いがあったからだ。左京課長は一切言い訳せずに「申し訳ございません。」と真っ先に頭を下げる潔さがある。人を幸せにできるならば、笑われたり、怒鳴られたりは本望との事で、決まって言う台詞は「謝るのは私の仕事ですよ。」である。もちろん、謝れば良いってものではない。左京課長は「大切な人の代わりに謝る。」と強い意志を持っており、謝罪一つにしても他メーカーおよび当社の営業マンと一線を画している。人と向き合う覚悟が段違いだ。私は左京課長からビジネスの心得を学び、その精神は今も継承している。

そんな尊敬して止まない左京課長が突然の退職。私はあまりにショックで、しばらく言葉を発することさえできなかった。

そんな私に対して左京課長は、

「愛鳥さんと出逢えて幸せでした。」と。
「私と出逢って頂き、ありがとうございました。」と。

優しく声を掛ける。私はうつむきながら滝のように涙を流し続けた。26歳のいい年した大人が号泣してしまった。あの時はとにかく声を殺すに必死であった。私はしばらく泣き続け、左京課長は無言で見守る。私が落ち着いた頃合いを見計らい、左京課長が口を開く。

「愛鳥さん、申し訳ございません。」と。

左京課長は、いつだってそうだ。決して、自分は悪くないのに、四の五の言わずに「申し訳ございません。」と、いつも人の為に頭を下げることができるこの器の広さ。年齢が二回り違う私に対しても、こうして礼を尽くしてくださる。

だからこそ、私は納得いかなかった。

私は涙で頬を濡らしながら言った。

「左京課長。退職理由を教えて頂けないでしょうか?」

左京課長は、表情一つ変えることなく、優しい口調で言った。

「老兵は死なず只消え去るのみです。将来を担う愛鳥さんの貴重なお時間です。どうかご自身の為に使ってください。」

私は泣きながら左京課長に頭を下げて懇願した。

「お願いします。左京課長の退職理由を聴かないままお別れすると、私は一生後悔します。この通りです。お願いします。」

頭を下げて必死で懇願する私を見た左京課長は、口を開いた。

「愛鳥さんに頭を下げさせるようなことをしてしまい、大変申し訳ございません。小生の勝手な理由につき、愛鳥さんの貴重なお時間を奪いたくない一心でこのような発言をしてしまいました。よろしければ、場所を移してからお話させて頂きたいのですが、ご予定はいかがでしょうか?」

私は滝のように涙を流しながら言った。

「左京課長。本当に本当にありがとうございます。」

その後、左京課長の行きつけのお店で、退職理由を聴かせて頂いた。

左京「愛鳥さん、こんなところまでお呼び立てて、申し訳ございません。」
愛鳥「左京課長、こちらこそ無理をお願いし、申し訳ございません。」
左京「愛鳥さんが、謝らないでくださいよ。」
愛鳥「謝るのが左京課長の仕事だったのですね。」
左京「はい。謝るのが私の仕事でした。」

しばらく沈黙が続いたが、左京課長がグラスに入ったビールを飲み干した。

愛鳥「左京課長、生ビールでよろしかったでしょうか?」
左京「愛鳥さん、お気遣い、ありがとうございます。ですが、その前に。」

左京課長の表情が変わった。その顔は覚悟を決めた人の顔であった。

左京「私にとって部下は我が子同然でした。愛鳥さんもこれから結婚されて、新しい家族を築かれる事と思いますが、父親っていうのはですね。命に代えても我が子を守り抜くのが使命なんですよ。なのに私は。」

左京課長は目に涙を浮かべながら、話を続けた。

左京「どれだけ会社に頭を下げても部下よりも評価されてしまう。ボーナスはいつも私はプラス査定で部下はマイナス査定。そんな自分自身がずっとずっと許せませんでした。私には愛鳥さんと同年代の部下がいまして、その部下の始めての上司は私です。就職先で始めて働く時、誰もが期待と不安を抱えながら通勤していたと思います。そんな部下にとって上司の存在は驚異です。」

左京課長が拳を握りしめた。その拳には万感の思いが込められているように見えた。

左京「生きる為に必要な我が子のお金と自信を奪ってしまった。飢えている我が子の食事を父親の私が奪ってしまった。我が子の夢を私が奪ってしまった。私の部下は一生懸命頑張っていたんだ。もちろん、私は最大限に評価した。なのに会社は結果しか見ない。私はいつも上司に掛け合った。頭を下げ続けた。私を評価するのではなく、一生懸命頑張っている部下を評価してくださいと。一生懸命頑張っている部下に希望を与えてくださいと。」

気がつけば、人目もはばからず思い切り泣いている私がいた。左京課長に言いたいことは山ほどあったが、何も言えなかった。

左京「人を幸せにできるならば、私はたとえ火の中水の底、傷だらけになろうが構いませんでした。ですが、私は無力でした。無力ゆえに一生懸命頑張っていた部下を絶望させてしまった。絶望した部下は先月退職してしまった。必死で部下を止めた。必死で会社に頭を下げた。我が子を認めて欲しいと。我が子に希望を与えてほしいと。しかし、私は我が子を救うことができなかった。自分自身が許せなかった。」

左京課長の真っ赤な目は、一気に私を捕らえた。左京課長は断腸の思いだった。

左京「愛鳥さん、本日をもちまして退職させていただきます。申し訳ございません。」

愛鳥「左京課長。それは絶対に違いますよ!」

私は泣きながら、左京課長に噛みついた。

愛鳥「左京課長は、部下の為に必死で頭を下げて来たじゃないですか。昨年の値上げの時だって、部下のミスを必死でかばっていたじゃないですか。左京課長は、部下を最大限に評価してるじゃないですか。必死で会社に頭を下げたじゃないですか。悪いのは左京課長じゃなくて、御社じゃないですか。左京課長は今58ですよね。定年退職まで後二年じゃないですか。退職金だって大きく違ってきますよね。左京課長が今、退職するのは絶対に違いますよ。残された部下はどうするんですか?左京課長がいない御社はどうなるんですか?私はどうなるんですか?みんな左京課長が必要なんですよ。お願いですよ!退職しないでくださいよ!」

左京課長の決心は揺らがなかった。

左京「間違っているのは重々承知しています。今、退職しても再就職する当てもありません。私は若い頃、上司に激しく怒鳴られ、時には殴られることもあった。痛かった。辛かった。本当に悲しかった。だからこそ、私の部下にはそんな思いをさせたくなかった。ですが、私は部下に悲しい思いをさせてしまった。せめてその思い、私も背負って生きていきたい。父親として。人を幸せする為に生きる一人の人間として。」

そして、左京課長は優しい表情で、私に握手を求めた。

左京「語らずとも真意を分かって頂き、いつも敬意を持って接してくださった愛鳥さん。どれだけ幸せでしたか。心が震えました。愛鳥さんと出逢えて幸せでした。愛鳥さん、私と出逢って頂き、ありがとうございました。」

泣いて心を取り乱す私は、言葉を出すのに必死であった。

愛鳥「は、はいっ・・・、さ、さ、左京、左京課長・・・・、あ、あ、あ、あ、ありがとうございました。」

左京課長は力強く私の手を握り締めた。左京課長の渾身の想いを感じた。

そして、左京課長とお別れした。

あれから14年が経過した今でさえ、当時の出来事はどうしても納得がいかない。だが、左京課長は人として本当に尊敬できる御方であった。左京課長との出逢いがあったからこそ、今の私がある。

~第5話完~

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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