微信图片_20190202101306

減税政策の相次ぐ最新中国税務事情

 2018年は、中国政府の減税政策が相次いだ1年でした。増値税、企業所得税個人所得税の減税に次ぎ、2019年1月には改正個人所得税法が全面施行されました。

(1)驚くべきは、減税を実施するスピード感。
 2018年は、アメリカ政府の中国に対する追加関税の発動からお互いが関税をかけあう「貿易戦争」に翻弄された一年でした。他方で、中国政府は、ここ数年には見られない規模で、多くの減税政策を実施しました。減税政策の方針は3月5日の全国人民代表大会(以下、「全人代」)の政府活動報告で李克強総理が具体的な税目・内容に言及した上で年度当初に、明言しましたが、実際この通りに次々と実施されました。4月に増値税の基本税率の1%の引下げが発表され、これはすぐに5月1日から実施、7月には、企業所得税の実行税率が10%になる小規模薄利企業の優遇税制の適用範囲が拡大されました。
 そして、8月31日には、全人代常務委員会で8年ぶりに個人所得税法の内容を変更することが決定され、2019年1月1日に新法が施行されることが決定されました。これは、減税のみならず、納税単位の変更、「総合所得」の概念の導入、新たな控除科目の追加等制度面においても抜本的な変更を内容とするものですが、基礎控除の引き上げ、税率範囲の変更等減税効果のある内容は、10月1日より先行実施されています。

        改正前後の個人所得税(給与所得等)の税率表
    (25,000元までの中間所得者層については税率が下がっている)

 なお、増値税の減税効果については、2018年12月に中国の経済紙(人民日報証券日報)が報じしている。これによると、増値税率1%引下げにより5月からの10月からの増値税の減税効果は、1,794億元(約2兆9千億円)に及び、同時に実施された、小規模納税人の範囲の拡大等も併せえると、減税総額は、2,980億元(約4兆8千億円)に達したという。なお、増値税全体の税収はこの減税により減収に転じていない。減税実施前の2018年1月~4月の伸び率が、16.8%であったのに対し、減税政策実施後(5月~11月)は、4.7%と大幅に鈍化しているものの、以前として増収しているということである。これは、ひとつには、中国経済全体がまだ7%近い割合で成長していること、そして、税務当局が、税の徴収を強化していることが要因として挙げられる。

(2)進む納税情報のデータ管理。控除科目の追加が新たな税負担に!?。
 今回の改正個人所得税法では、新たに教育費、住宅賃料、高齢者扶養、医療費等の控除項目が追加された。今までの中国の個人所得税においては、税前控除は社会保険と基礎控除(外国人は4,800元、中国人は3,000元)のみであったことから、より日本の個人所得税制度に近づいたと言える。
 そして、これらの申告の方法がユニークである。従業員が源泉徴収義務者に控除情報を提供するという日本でも見られる一般的な方法とは別に、従業員が税務局のアプリ等により、直接、控除情報を税務局のクラウドにアップロードし、企業がそこから情報を引き出すことで税額計算を行うことが可能になったのである。企業とすれば、従業員が税前控除を受けたければ、APPを用いて各自申告することを促せばよいだけであり、この点の負担は重くない。

      税務局の個人情報申告APP(税務局のクラウドと連動)

 これにより、税務局はより効率的に個人情報の収集が可能になりました。特に、話題として面白かったのが、新たに控除科目が追加された「住宅賃料」控除のことである。この控除を受けるためには、借主が控除情報として貸主の身分証ID等を申告することが求めらます。ですが、これによって賃貸所得を得ていることが税務局に知られると考えた家主が、借主に対し、「控除申告をするならば、賃貸契約を更新しない。解約する」と伝えるということが全国で広がり、開始早々大きな論争の的となっています。中国では、賃貸所得の課税を免れるために、当局に必要な申告をしないことが多くあります。今回の控除情報の申告により、この所得が税務局に把握されると恐れた家主が全国各地に多くいるということです。このため、都市部を中心に、今年は家賃が大きく上がるという見方も広がりはじめ、減税の意図で実施したつもりが、大都市部で高騰している家賃がさらに上がり、中間所得層の負担がかえって増すという事態にもになりかねず、今後の議論の行方が注目されます。

(3)日本と比較すると
 以上を踏まえた上で、日本と比較、分析してみると大きく2つの視座が得られました。それは、①政府の減税政策の速さと、②スマホ、クラウド等スマート技術の活用である。前者①については、日本とは、経済の発展段階と国家体制に違いがあることを踏まえる必要があるが、特に、増値税(日本の消費税)、企業所得税(日本の法人税)、個人所得税という基幹税制の税率等を迅速に改訂できるということは、日本ではあまり見られません。この意思決定プロセスは、日本では、官僚及び各業界団体の利害関係者の意見の集約とも言える政治家の折衝(税制調査会等)を経て決定されるのに対して、中国は各利害関係者の意見の集約というよりも、中央官僚機構のエリート達により決定されてしまうことにも違いがあります。②スマホ、クラウド等スマート技術の活用というと、日本でも国税庁が電子納税を普及させていますが、中国においては、申告を電子で行うという単なる電子納税から税務行政のあらゆる場面にスマート技術を活用することにより、税の徴収の公平化(強化)を徹底するという動きが見て取れます。

(4)終わりに、今後の見通し
 中国経済の景況の悪化に伴い、2019年も中国政府は、引き続き減税政策を強化しています。1月9日には、(1)でも紹介した小規模薄利企業の優遇政策を2019年からの3年に渡ってさらにその範囲を拡大させることが発表された。向こう3年間の小規模薄利企業の100万元以下の企業所得税の課税所得の実行税率を5%まで下げるというものです。とにかくあの手この手で景況の悪化を食い止めるという強い中国政府の意図が分かります。
 最近の中国経済のキーワードのひとつに「内需・消費の拡大」が挙げられます。加工貿易で輸出が経済全体に大きな影響を与えていた時代から、内需・消費の拡大によって経済の成長を支えようとするものです。中国の日系企業もこの環境の変化に合わせて、労働集約型の加工貿易企業は中国からより賃金の低い東南アジアへ移転を進める一方で、この内需・消費の拡大を見込んだ非製造業が中国に熱い視線を送るようになりました。
 今回の中間所得層の可処分所得の拡大を図った今回の個人所得税の改正が、2019年の中国経済をどこまで支えることができるのか、今年は世界経済に不安事項が多くあるだけに注視して行こうと思います。

 ※個人所得税についてさらに詳述をすると、長期的には、この個人所得税は、(特に、外国人駐在員等の高額所得者にとっては)増税であると言えます。(1)の図表で紹介した通り、25000元以上の高所得者にとっては、今回の税率範囲の変更による減税の恩恵をほとんどありません。加えて、従来まで、外国人のみ優遇措置のあった住居家賃の給与所得への税前控除が2021年までと発表されました。外国人駐在員の家賃は、高額であり、これが課税所得に算入することになれば、長期的に見れば、企業の税負担(駐在員の駐在国での個人所得税は、通常、企業負担)は結局、増加します。また、これまで賞与の計算については、年1回に限り、通常の賃金・給与所得とは別に税率・税額を計算してきたものが、これも2022年からは、中国人・外国人ともに毎月給与と合算した上で、課税所得を確定し、税率を計算することになりました。これらを踏まえると、長期的には、税負担を強化しているとも言えます。今回の個人所得税の改正は、本当に硬軟織り交ぜたものであるということが分かります。
  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?