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ひとりの大人としての祖父を初めて見たとき

わたしは今、実家を離れて暮らしている。大学から親元を離れ、ひとり東京に出てきて、こっちで就職もした。

最初に実家から連絡があったのは、わたしがゴールデンウィークの帰省を終えてすぐのことだった。
ゴールデンウィークに会いに行った祖父は、元気そうに笑っていたものの足に力が入らないと言って、なんだかフラフラしていた。
初任給で買った写真立てをプレゼントしたら、すごく喜んでくれて、仕事のことをあれこれと話した。祖父は、仕事に情熱をささげた人間で、現役当時は本当に厳しくて怖かったらしい。小さな工場の経営者だった。
話しながら、祖父の本棚を眺めていたら数冊のクリアファイルが目に留まった。

背表紙には「社長の独り言」と書いてある。

読んでいいと言われたので、手に取って開くとWordで書かれたプリントが綺麗におさめられていた。そこには、経営者としての心構えやノウハウ、考えたこと、挨拶で話したこと、これからの展望、所感…。祖父の仕事人生がそこにあった。初めて見る、祖父の仕事の一片。

目を通しながら、祖父と話した。祖父は、少しだけ照れ臭そうに、誇らしげにいろいろな話をぽついぽつりとこぼしてくれた。

話の終わりに、そうやって頑張ってきたからこそ「今」があって、幸せで楽しいのだと笑っていた。私には想像もつかないような苦しいこと・大変だったこと・気が張り詰めていた頃もあっただろう。祖父は、自分のつらい経験を楯にゆとり世代の若者に説教をするタイプではなかったから、私には祖父の経営者としての人生の壮絶さは知らない。だけど、はじめて見た一人の大人としての祖父は、人生の先輩としての祖父は、とても大きくてかっこよかった。

人間としての深みを、私も持ちたい。


そして、これが、私が見た祖父の最後の元気な姿だった。

この2カ月後、私は危篤の知らせを聞き、祖父が入院する病院に駆けつけることとなった。


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