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バウムクーヘン事件/小さな山の中で家具職人をしている若者の話[14]

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工房には沢山の虫がいるけれど、動物もよく出没する。

工房までの道中は山道なので、暗くなった帰り道では鹿にも出会う。

山の食糧が足りないのか、近頃は結構村の方まで降りてきてるみたい…。


大抵は子鹿と雌鹿、車が通るとびっくりして逃げていくのだけど、時々角が立派な大きな雄鹿もいる。
車で近づいてもこちらをじっと見つめて逃げない時も。
減速しながら、『おーい、ぶつかっちゃうよ〜』と思いながら少し可笑しい。

もしも車で鹿とぶつかってしまったら、車体が凹むほど鹿は頑丈な体をしているらしい。
素晴らしいね。


熊も出るなんて言われているけど、私はまだ見たことがない。
できれば生涯鉢合わせたくはないものだ。



前回のエピソードでもお話した通り、納品前になると私たちの仕事は夜中まで続く。

するとどうなるか?


事務所にお菓子が増えるのである。


長丁場におやつは必須だ。


ある日、私はこれからの過密スケジュールを乗り切る為にバウムクーヘンを買った。
よくコンビニに売っている、一切れが個包装になって何個も入ってるやつ。

バウムクーヘンは糖分も摂取できて空腹も満たせる最強のおやつだ。
そんな理由が無くとも大好きなんだけど。


その日は開封しなかったので次の日バウムクーヘンを楽しみに出勤した。


それなのに、


私が買ったバウムクーヘンは、空の袋を残して跡形も無く消えてしまったのだ!


一体何が起きたのだろう?


いや、私はすぐに見当が付いていた。
これは人間以外の誰かの仕業、でもその"誰か"の正体は分からなかった。



実はこれまでも事務所内が動物に荒らされることは何度かあった。
ネズミが何匹か棲みついていたこともある。
彼らはかじることが出来るものなら何でも食べようとした。
未開封のカップラーメンやタバコもパッケージごと。


今回は一体誰の仕業だ?
私の大事なバウムクーヘンを食べたのは。



ネズミ?野良猫?それとも…?



バウムクーヘンが消えたその日、収納棚の向こうから、物音や鳴き声がするようになった。

確かに誰かが、この空間にいるんだ。



次の日もヤツはここにいるようだった。

ガサゴソと音のする方を私は箒の柄で叩いてみた。
『姿を見せろ!』
そんな気持ちで。


すると「グルルルルル」と返事が来た。

まるで「邪魔をするな!」と威嚇してるみたいに。


先に私のおやつに手を出したのはそっちでは?!

私はムキになってきた。

こうなったら顔を見ずにはいられない。
どうしてもヤツの正体が知りたくなった。


彼が棚の後ろを行ったり来たり移動するのがわかる。静まり返ったかと思えばまた動き出す。

私も威嚇をするように、ヤツがいそうな場所を何度もバンバン叩いた。



ヤツは私の箒攻撃に驚いて
ついに姿を現した。


んんん?お??
あなたは誰?!


見たことのない、可愛い動物がひょっこり、家具の隙間から顔を出した。

小さな耳に黒い顔、くりっとした目に、胴体は長く、茶色い。


調べても全く同じ動物がヒットしなかったので、正解はわからないけど

イタチか、テンか、そんな感じの動物だった。


まさか知らない動物が出てくると思わなかったので、驚いて拍子抜けしてしまった。
それに彼がなんともキュートだったので、怒りなんてどこかへ消えてしまった。


事務所を荒らされるのは困ってしまうけど、色んな野生の動物に出会えた経験は良い思い出だ。

この事件のすぐ後にも、アナグマが建物のすぐ近くまでやって来て、私と絶対に目があったのに全然逃げていかないの。警戒心が無さすぎて笑っちゃった。


動物たちは時に、私たち人間の意表を突いた行動をして楽しませてくれる。
ここで出会ったどの動物たちも、とっても愛おしかったし、これからも人間と上手く共存できることを願うばかりだ。


続く

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