強みを見つけたいなら、自分に合った環境を探すのが先。【元職場から見たひつじの印象】
「お前はいい奴だから、人脈とか認知が広がれば一気に売れるぞ!」
「お前の方が社会を知ってるよな。」
「自分の資格を捨てて消防士辞められるってすごいっすよ。」
「お前そういや、何であんなに絵が上手いんだ?!?!」
「こいつはずっと絵がうまかったよ。」
「工藤さ、俺がずっとお前の発信見てるの知らないべ笑」
「応援してるからね。」
そうなんだ、、、、。
先輩たち、そんなふうに思っていてくださったんだ、、、、。
彼らにこんなに評価してもらえる日が来るとは思わなかった。
コーチング始めてよかったな。
現在11:30。
鎌倉駅前のスタバ。
いつもの席に座って昨日のことを記事にするべくパソコンを叩いています。
朝起きてから、しこたまお水を飲んでいるのにまだ頭が痛い。本日わたくし二日酔いモードでございます。昼から飲み始めて、、、、何杯いった?覚えているだけでも、、、、、ビール2、シャンパン2、ハイボール4、、、、、まあ、、、、慣れない量を頑張りましたこと。
これだけ飲んで、ちゃんと周囲の介抱をしつつ自分は無事に帰ってきたのだから、私偉い。
昨日何があったかって、結婚式に行ってきたのですよね。
消防士時代に大変お世話になった恩人のうちの1人が結婚されたのです。
いい結婚式だったなあ、、、。他人の結婚式で泣きそうになったのは初めてだった。先輩幸せになるといいなあ。
でさ、本当に今回の式に参加してみて感じることが多くあったのですよ。
幸せそうな先輩を見て泣きそうになったこととか
元職場の現状を聞いて感じることとか
自分の他に職場を辞めていった人の話とか、、、、。
今日はそんな私の頭の中にこんもりと積み上がったトピックの中から「自分の強みを発揮するには、自分の領域の確保が鍵」と言ったお話をしていきます。
「自分の強み」を探している人って結構いますよね。私も探していたし。自信がないものだから、これを補うために「強み」なんて明確に言語化できるものが欲しくてたまらなかった。
でも今になって思うのです。「何が強みか」なんて議論はあまり”重要ではない”のではないだろうか。
消防士を辞めて”自分らしさ”を基盤にしながら活動している私の目線で強みについてお話ししてみようと思います。
【自己紹介】
ひつじと名乗る男
・工藤夏樹 (くどう なつき)
・1997年生まれ
・岩手生まれ神奈川育ち
・AB型
・星野源信者、BUMP OF CHICKEN信者、筋肉信者
都内の大学で救急医療を学び、卒業後は消防署に就職。
消防隊と救急隊を3年間経験したのちに退職。
その後は以下の3軸の活動をはじめる。
・ライフコーチ
・パーソナルトレーナー
・ゲストハウススタッフ
当時の様子↑
現在はライフコーチとしてのみを軸にして活動中。
活動の様子
オンラインでカウンセリングをしたり↓
動画を撮ったり、、、
コーチングを受けて移住を決意した方にお会いしに行ったり、、、。
クライアントさんに向けて絵を描いたり、、、。
筋肉、イラスト、、、、、「クラスで一番になれる」程度の特技を組み合わせながら、あくまで対話で人と向き合う力を研ぎ澄ませて仕事をしております。そんな具合の人間が画面越しにではありますが、これからあなたとお話をさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
では自己紹介はこのくらいにしてそろそろ本編に参りましょうか
ビビりながら参加した結婚式
今回の結婚式ですが、実は参加するのにちょっとびびってました。
何でかって、久しぶりに元職場の人と再会するのだから。あの職場にいた頃の思い出は、決して「楽しかった」なんてシンプルな感想では語りきれない。楽しいこともそりゃあったけど、苦しいこともあったし、心底自信を無くしたり、自己否定的になってしまうようなところまでメンタルが追い詰められることもたくさんあった。
でね、とりわけびびっていたのが「先輩方は、ただの工藤夏樹から”ひつじ”になった私をどう思っているのだろう?」ということなんですよ。
今では私は消防士の仕事をやめて好き勝手、言いたいことをSNSに載せて発信していますが、私はこうした自己表現を消防署内ですることはできなかった。
だって、何言われるかわからないし。ダイレクトに否定的な意見なんか飛んできたら挫けてしまう。だから、働き方や人間関係のあり方やそもそも訓練の組み方とか、、、、、たくさん思うところはあったけど、あまりそれを表には出してこなかったのですよね。
自分は決して表には出さずに、あくまでいい後輩として振る舞うようにしていたのです(皆さんのことが好きなのは本当だどね。その関わりの中で言えなかったことも多少あったって話です)。
で、それが今ではSNSで好き放題感じたことを発信していて、、、、、で、こんなにSNSを継続していると、私のコンテンツが元職場にも流通するようになったらしいのですよ。
始めてそれが発覚したのはいつだったかな?
インスタの懸垂動画がバズった時?
インスタライブに先輩が現れた時?
Youtubeを始めた時だっただろうか?
ちょっともう覚えていないけど、その時に感じた「うわあ、、、バレた、、、、」なんて頭を抱えるような重たい感情だけは覚えています。
話が逸れ始めている。
軌道修正。
あまり自分を出してこなかった私が急にSNSで感じていることを言い始めて、先輩たちはどう思っているのかなあ。なんて思っていたわけです。
で、今回の結婚式に出るということは、私の発信を通じて”何か”を感じている20名程度の先輩方と相対するということです。
そんなのビビるに決まってるじゃないですか。
元職場から見た私の発信の評価
「工藤さんの発信?結構ファンレベルで見てる人いますよ。」
リアクションは意外なものでした。
何とも肯定的な意見が多いこと。
いや、元々数人の先輩方が応援してくださっていたのは知っていたのですよ。
しかし、応援してくれている人が想定より圧倒的に多かったのです。
というか、「消防やめて何やってんだこいつ」みたいな意見が一個もなかった。
先輩からイジリ混じりにそんな意見が来たりするんかなあ、、、、みたいに思ってたけど、本当にゼロだった。先輩方が全力のリスペクトを向けてくださっているのが大変伝わってきて、それが意外だった。(ちょっと失礼でしょうか。)
「お前はいい奴だから、人脈とか認知が広がれば一気に売れるぞ!」
「お前の方が社会を知ってるよな。」
「自分の資格を捨てて消防士辞められるってすごいっすよ。」
「お前そういや、何であんなに絵が上手いんだ?!?!」
「こいつはずっと絵がうまかったよ。」
「工藤さ、俺がずっとお前の発信見てるの知らないべ笑」
「応援してるからね。」
大変嬉しかったなあ。
、、、、っていうか、現役の時、そんなに褒めてくれなかったじゃない!特にMさん!新人で入ってきた時はMさんに叱られまくってビビリながら仕事してたのに、、、、、、「いい奴」とか「絵がうまい」とか思ってたなら言ってよ、、、、笑
でも、かつてただの「使えない新人」だった私が、こんなふうに評価してもらえる日が来るとは思っても見なかった。
大事なのは”強みが何か?”ではなくて
ちょっと思い出話が過ぎましたね。そろそろ本題に入りましょうか。
今日の記事で伝えたいことはね「自分の価値を発揮できるか否かは、自分の領域を用意できるか否か。」って話なんです。
あなたが持っているポテンシャルや真価を発揮するには領域展開をしてほしいのですよ。
今この発信を見てくれている人は、ある程度私の経歴や活動に興味を持ってくれている方なのかなと思うのですけど、数年前の私は誰の興味を引く力もない、ただの使えない新人消防士だったんです。
職場に配属されて初めての研修で居眠りをして先輩に胸ぐらを掴まれてキャリアをスタートし、夜中の出動要請に気づかずに寝坊するし、先輩に対する言葉遣いも鳴っていなかったものだから数人の先輩に目をつけられていたりとか、、、、。
当時の私、、、、すごかったなあ、、、。よくやってこれたもんだ、、、、。
しかしそれが今では、昨日みたいに応援のメッセージを頂ける様になったわけです。
きっと消防士をしていた当時と、今の私の特性はあまり変わっていない。寝坊しそうになることは今でも多々あるし。、、、、ほんとあまり変わっていない、、、。
自分の特性があまり変わっていないのに、自分に向けられる評価が変わったのは「自分がアウトプットしやすい環境を用意することができたから」なのではないか。なんて思うのです。
頭の中にあることは大して変わっていない。
変わったのは、、、、
今の私の活動を支えているのは、この記事の様な発信活動です。こういった記事、音声、動画を見てくれた人が、私に興味を持ってくれて実際にコーチングの依頼をくれたりとか、単純にDMで相談をくれたりするのですが、、、、、同じように今の私がかつての先輩方から評価してもらえたのは、こうした発信活動を通じた「考えていることのアウトプット量が確保できたから」だとおもうのですよ。
今ままで記事にしてきたことって、消防士時代に感じていた事と実は大して変わらないんです。
「好きな事を仕事にしたらいいじゃん」とか
「そもそも感情のアウトプットができないとやりたい事なんか見つからない」とか
「素敵な人間性を持っている人が自由に生きれるようにしたい」とか
「みんなが探している”強み”というのは職業特性なんかじゃなく、何かが”好き”であるという感情である。」とかね。
自分の頭の中にあるものの変化は大したことありません。
しかし、これが評価してもらえるようになったのは
「ただの思想」だったものが、発信を通じて「言語化」されて、言語化されたものが積み上がって、フォローワーさんからの「信頼」が集まり、そうして私を信じてくれた人がコーチングを受けてくださって、実際にクライアントさんの人生や収益が変わったという「実績」が生まれて、、、、、、頭の中にあったものがアウトプットを通じて、段々とはっきりとした輪郭を持つ「実体」を持つようになってきたのですよ。
ある程度の量を伴った継続的なアウトプットをしてきた結果、こうして私が信じていることが、いろんな人に評価してもらえるものになったのです。
だから、とにかく感じていることは出してみたらいいし、興味があることには取り組んでみたらいい。
とにかくアウトプットしたらいいんだ!!!!
なんて、、、、そんな結論にはなりません。
無理だもの。
繊細お豆腐メンタリストの私だったら、消防士時代にそんな脳筋なアドバイスをされても刺さらなかったと思う。
アウトプットができないならば、できない原因をさらに探ってみましょう。
自分の領域とはどんなものか。
で、考えてほしいのが自分の領域なるもの。
今回の結婚式でとある先輩に言われました。
「でもさ、、、、俺ちょっと寂しいわ」
「何がですか?」
「いや、工藤がそんだけいろんな事を考えて言語化できるんだったら、俺の後輩だった時にちゃんと引き出してあげたかったなと思ってさ。」
なるほどなあ、、、、、、。
ありがたいなあ、、、、、これまた意外なお声でした。ありがたいなあ、、、。ちょっとこの”ありがたさ”については表現し切る語彙が足りないからもうしばらく自分の頭の中で噛み締めることにしますね。
今回言いたいのは「果たして今の自分が消防署に戻ったら、自分の感じている事を職場でアウトプットできたのか?」という事なんです。
今の私の感覚だと、難しそうだなと思います。
先輩、私集団がそもそも無理なんですよ、、、、。
今はかつてと違って自分の考えていることが、よりわかりやすいように言語化できるようになったし、私の価値観に多少価値があることを裏付ける実績も作ってこれた。だから、私の意見に耳を傾ける人も前よりは多少多いことでしょう。
しかし、私は人まで何かをするというのが大変難しいのです。
自分で言うのもなんですが、私は割と”繊細タイプ”なのです。誰かとあいたいしている時、コミュニケーションの中で相手が成す一挙手一投足が気になって仕方がないし、コミュにケーションの中で相手が感じていることを、ある程度押し測れないと相手に対して恐怖を抱くようになってしまう。
この特性がるから1on1のコーチングではクライアントさんの気持ちを解像度高く掘り下げることができるし、、、、、、正直その実力もかなり高いわけです。だって相手が根っこで何を考えているのかわからないのが怖いのだもの。(何も今コーチングをやっているモチベーションはこんなにネガティブなものばかりではないですけどね。ちゃんと人を幸せにできたから、ちゃんと人と関わる上での希望だって知っています。)
しかし、この関わりが1on1ではなく1on 大人数 になると話は変わります。単純に情報が多すぎて脳みそがパンクしてしまう。一対一でちょうどいい深さの情報処理を相対している全員にしようとするものだから、パンクするに決まっています。
膨大な情報処理に脳みそが沸騰し始めて、冷却が間に合わなくなった時に何かを司る”なんちゃら野”で「エラーコード:何ちゃら」が発令されて、私のアウトプットは止まります。何も言わない。行動しない。積極的な行動はリスクが多すぎる。なんて結論を出さざるを得なくなるのです。
消防署のような多くの人が同時に存在する空間は、私が気持ちよく感情やビジョンをアウトプットする環境にはなりづらいのですよ。
だから、私はコーチングやSNSを通じた、より自分の頭の中だけに集中できる環境が必要だったのです。
しばらくこうした活動を続けてみたけどやはり正解だった。
自分の信じることを同じように誰かに信じてもらい、評価されるにはどうしてもアウトプットが必要です。
しかし、どうやってアウトプットするかはと言う問題は人によって答えが変わってくる。
あなたの生活には、アウトプットできる環境はありますか?
これを確保しながら、とにかく量を出しましょう。
そしたら、少しずつあなたのアウトプットが”強み”を帯びるようになりますから。
【余談】アウトプット環境の用意の仕方
さて、今回の記事はこれにて終わり。
だけど、少しだけアウトプット環境の用意の仕方について触れてみますね。
自分にはどんな環境が適しているかを判断するのに2つの軸を頭に入れておいてほしいのです。
それは「受け入れられる刺激の量」と「受け入れられる孤独の量」の二つ。
【受け入れられる刺激の量は?】
先にあげた私の例みたいに、何かアウトプットをしようと思う時に人の目が気になってしまうなんて人が少なくないかと思います。これはきっとあなたの頭が同時に受けれられる刺激の量を超えてしまうからでしょう。
だから、刺激が少ない環境を生活の中に取り入れてみてほしいのです。それこそ1人で山に行ってみるとか、ジャーナリングをしてみるとか。
【受けいれられる静寂の孤独の量は?】
ただ、私はこういった1人で行うアウトプットはあまり向いていないようです。続かないのですよ。なんでかって言うと虚しくなってしまうから。こんなに色々考えているのに、誰にもこれを分かち合うことができない。悲しい。寂しい。なんて考え始めてしまう。
だから、私は1人でアウトプットすることはできない。誰かに届けられる環境がちゃんとそこにあることが大事なんです。
その結果、コーチングやSNSに行き着いたのですよね。
人によっては私と違って、もっと大きい舞台で脚光を浴びたい人もいるだろうし、そうではなくて1人で山にこもってあれこれ考えるのが好きな人もいるでしょう。
人のやり方に捉われず、自分の頭にあった刺激量を調整しながら領域を選んでみてくださいね。
この詳細は需要があったらまた書こうかな。
おしまい!
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