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【掌編小説】林檎と毛布

登場人物は「その男の物語」と同じです。
続きではなく1話完結のフルーツスピンオフです。
(フルーツスピンオフという謎の造語……)

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「先生が書けないと言っている時の顔が好きです」

今日は気乗りがせず毛布にくるまってソファで座っていると、部屋に入ってきたアシスタントに急にそんなことを言われた。
「そういうこと言わないようにー」
わたしがそう言うと、話を聞いていないのか「コーヒー淹れますね」とまた部屋を出ていく。
「そういえば、近所のマダムから林檎を頂きました」
コーヒーではなく真っ赤な林檎を片手に再度現れた彼の服は、よく見るとシルク100%と見た目でわかるシックなシャツで、開いた襟の喉のあたりが少しだけ寒そうだ。
「お洋服もマダムに頂いた?」
「あ、これ?そうそう、先生さすが、よくお気づきで」
「そういう問題?」
「いいんですよ、先生が僕のことちゃんと見てるのが分かれば」
彼はオットマンに置いてあったいつも着ているモコモコのカーディガンを手に取り、シャツの上から羽織りながら言った。
「寒かったんだ」わたしが笑うと、少し鼻をすすって「寒かった……」とちょっとカタコトで言って笑い、もう一度部屋から出て行った。

戻ってきた彼の手には剥いたリンゴの乗ったお皿。美味しそうだから早速食べてみましょうよ、と毛布に包まるわたしにお皿ごと差し出した。
その時触れた彼の指の冷たさにこの家のキッチンの寒さを思い出したわたしは、なんだかんだ身の回りのことを結構やってもらっていることに急に申し訳ないような気持ちになった。
「寒いでしょ、毛布貸すから座りなよ」
お皿を受け取りながらわたしが言うと、彼は嬉しそうな顔をして「じゃあ遠慮なく」とわたしの横に座って「毛布は半分こしましょう」と言った。
高級そうなシャツの上にいつから着ているのかわからないモコモコのカーディガンを羽織ってさらに毛布に包まっているアシスタントは何だか猫のようだ。

彼はリンゴをフォークでさすと、一気に半分くらい口に入れシャクシャクという瑞々しい音を立てながら食べた。
「いい音だねー」
「えーえすえむあーるでふね」
まだシャクシャクと小気味よく音を立てて食べながら彼が言う。
「ASMRね」とわたしも言ってリンゴを口に入れる。

なんの音楽も鳴っていない静かな部屋で、二人で並んでソファーに座り毛布に包まりながらいい音をさせてリンゴを食べる。
こんな贅沢なことはあるだろうか。

「何だか書けそうな気がしてきた」
わたしが彼の方を向いて言うと
「そう来なくっちゃ」
と彼がニッと笑った。その笑顔はやっぱりどこか猫のようだった。

どうか猫みたいにふらっと居なくならないでね。
わたしは毛布に包まってリンゴを頬張る彼を見ながら、強く思った。

(おわり)

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