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【短編小説】柘榴と小さな花火大会

「柘榴と七夕」の続きです。

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夜八時、閉店後の「喫茶柘榴」はとても静かだ。
マスターがカップを洗う音、少しだけ音量を落としたバロック音楽、店の前の人通りも少なくなる。
わたしはカウンター席で彼の到着を待っていた。数十分前「この後、花火をやろう」彼がそう言ったのだ。マスターも「今年は花火大会も中止だし、いいんじゃないの?」と賛成した。

久しぶりにドアのカウベルの鳴る音を聞いた。顔をあげると彼が両手にビニール袋を下げ、体でドアを押さえるようにして入って来た。わたしは椅子から立つとビニール袋を受け取りに行く。
彼は「あ、大丈夫だよ。しっかしなんか今日は湿気がすごい」と言うと、ふるふるっと頭を振って少しだけ目にかかった前髪を払った。マスターが先に始めててと言い、わたしたちは裏庭に向かった。

日が暮れてからの「秘密の花園」は、木々たちも眠っているかのようだ。わたしは目を凝らして柘榴の花を確認しようとしたが何も見えなかった。彼は店の中から水の入ったバケツとランタンを持って来て置くと、じゃあ好きなのどうぞと言って花火の袋を開けてベンチに並べた。
地面にしゃがみ込み、ろうそくを左手で優しく囲うようにしてライターで火をつける。その同じ手がこの間、その同じベンチでわたしの手に重ねられたことなんて、この人は忘れてるんだろう。わたしは花火を両手に持つと、ろうそくから火をつけた。
「なぜ両手!欲張るなぁ」
彼は笑いながらも、自分も両手に花火を持つと、わたしの花火から火をつける。ただ、花火の火を渡しているだけなのに、胸が痛くなる。花火の炎と夜の闇が作る彼の横顔の陰影はまるで昔の絵画を見ているようだ。笑いながら一気に半分ほどの花火を楽しんだ後「ダメだ、なんでこんな一気にやるの、おかしいって。俺はもう休憩!」そう言ってベンチに腰掛けると脚を組み、ビニール袋から缶ビールを取り出した。
「待たずに飲んでいいんですか?」
「いいのいいの、いつものことだから。君のもあるよ」
袋から白い缶を取り出す。缶のラベルには『SNOW MELT』と書かれていた。
「可愛いですね、ジュース?」
「いやお酒らしいよ。ライムとジュニパーだって。雪解け水で作ってるんだって。スノウメルト、なんか君に似合うかなと思って」
そう言いながら蓋を開けると、鼻を近づけてちょっと匂いを嗅いだ。
「なぜ嗅いだんです?」わたしが笑って聞くと「え?飲んだことないから確認?」と笑いながら缶を差し出した。一口飲むと、爽やかなライムと最後にほのかなジュニパーを感じた。
「美味しい」

ドアが開いてマスターが庭に入ってくる。
「花火終わった?」
「まだあるよ」彼はマスターに花火とビールを渡す。
「僕はこっちだけでいいな」とマスターはビールを取るとベンチに座った。
わたしたちは花火を再開し、また競い合うように火をつけて、小さな庭を煙で包んだ。マスターはビールを飲みながらそんなわたしたちを見つめて静かに笑っていた。

「君たちは似てるよね」
花火を終え片付けを始めたわたしたちに向かって、何本目かのビールを飲み終えたマスターがぼそっと言った。
「あぁ…それは俺も思ってましたよ、最初から」
彼はそう返事すると、その後は何も言わず黙々と片付けをした。マスターはよいしょと言いながらベンチから立つと、片付けよろしくねと言って店に戻って行った。
「わたしはいまだにどこが似てるのか良くわからないです」
静けさを取り戻したベンチに座って、残った缶ビールを飲みながらわたしは言った。

彼は立ったままタバコに火をつけると、少しだけ酔っているようなとろんとした目をしてわたしのことを見つめて静かに言った。
「最初はね、似たところがあるなって思って嬉しくなった。だけど今は似ていないところを見つけるともっと嬉しくなる」

ランタンの光が少しだけ揺らめいて、わたしは世界が小さくジャンプしたのを感じた。その世界では、たぶんもっと彼とわたしは似るだろう。そして、もっと似なくなるだろう。息を潜めていた虫たちが小さな声で鳴き始め、小さな花火大会の終わりを告げた。

(つづく)

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☆おまけ☆
本当に昨日飲んだお酒が「SNOW MELT」で、友人が「お酒の名前、エモいよね、なんか書けそうじゃない?」って言うから素直に書きましたw
爽やかで美味しかったのでまた飲みたい。

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