明日に変わる意味を

 青すぎる空と大きな入道雲のコントラストが目に痛い真夏。高校に行けなくなって初めての長期休みに入った僕は、じっとりと全身にまとわりついていた後ろめたさから解放されたような気がしていた。休みの日だけが僕の不甲斐なさや罪悪感を誤魔化してくれる。
 午後2時過ぎ、部屋にこもりがちだった僕も暑さにとうとう耐えかねて、日差しの強い自室から大きな窓のあるリビングに移動してきた。網戸から入る風が部屋の熱を和らげている。ソファーでは、いつもは忙しい大学生の姉が、同じく夏休み中のためうたた寝をしている。両親は仕事で留守だ。姉の両耳には有線イヤホン。ソファーの縁にギリギリ留まっているスマートフォンに繋がるイヤホンは、いったいどんな音楽を流しているのか。そこに特に興味はないが、姉のこんな姿を見てもやはり日頃の自分と姉を比較して落ち込んでしまう。
 キッチンで、冷蔵庫から冷えた麦茶のポットを取り出す。グラスに注ぎ、氷もたくさん入れる。リビングの隅から空気を回す扇風機の前に胡坐をかいて、麦茶をぐいっと喉へ流し込む。身体の中が冷やされていくのがわかる。氷も一口含み、豪快に音を立てて嚙み砕く。気持ちがいい。エアコンのない我が家で働く扇風機の風は少し生温くて、蝉の声が輪をかけて暑さを感じさせる。氷をもう一口。せめてもの涼を取る。
 不意にソファーの上の姉が身動ぎをした。と、ゴトリという鈍い音とともに突然音楽が鳴り響く。スマートフォンが落ちて、イヤホンのジャックが外れたのだ。キラキラ輝くギターの音に、爽やかなドラム、スマートフォンのスピーカーからは聞こえにくいがどっしりと曲を支えるテクニカルなベース。それに、気だるげな声質のボーカル。
きれいな曲。
僕は思わず聴き入ってしまった。ぼんやりしていると途中だった曲は終わってしまった。別の曲に変わったところで姉が目を覚まし、勢いよく身体を起こした。スマートフォンを拾い上げて、曲の再生を止め、「聴いてた?」と言いたげな目線をよこす。僕は首ごと視線を逸らした。なぜかは自分でもわからない。姉は黙って自室に戻っていった。
その晩、日中の熱が冷めて僕の部屋の窓からも涼しい風が入り込んでくる。僕は昔から好きだった小説を飽きもせずまた読んでいた。夢中でページを繰っていると、部屋の扉がノックされた。そろりと扉を開くと、仏頂面の姉。手には、なんだかたくさんのCDを抱えている。
「貸したげる。上のから順番に聴いてよ」
姉はCDを僕に押し付けて去っていった。僕はわけもわからず机の上にCDを積み上げて、一番上のボロボロのCDケースを手に取った。青い線で家のようなものが描かれたジャケット。やや埃をかぶって机の隅に追いやられているCDラジカセの電源をつけて、その一番上のCDを読み込ませる。1曲目が流れ始めて、最初はピンと来なかったものの、曲が進むにつれわかってきた。これは、アレンジこそ違うが昼間に姉が聴いていた曲だ。次の曲、また次の曲、CDの再生が終われば次のCD…とどんどん聴き進めるうちに、僕はその音のきらめきに、傷つく弱いものの隣に座ってくれるような歌詞に、強く惹きつけられた。徹夜でCDをすべて聴き終わった頃には、僕の心はあたたかいものに支えられているような感覚を覚えていた。毎晩来なければいいと思い続けた翌日がほんの少し変わったような、そんな気分だ。

いただいたサポートて甘い物を買ってきてモリモリ書きます。脳には糖分がいいらしいので。