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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_39_高校生編 05

 僕たちは事態を楽観視していた。僕に忠告をした女の子が、死体となって発見されたのだ。これは確かに恐ろしい出来事だ。普通の人間だったら恐怖に耐え切れなくなって、免許合宿を辞めていたことだろう。

 もしかしたら、それが正解で、僕がまともな神経を持ち合わせていたら、B市へ逃げて大人しく夏休みを過ごしていた。だれも不幸になることなんかせず、どこにでもある夏休みの一幕になっていた。

 そうだ。あの時も、僕は間違えてしまったんだ。大川くんが不幸になる時、いつも僕の判断ミスが発端になっている。

 幼稚園の頃から遡って、大川くんに迷惑をかけ続けて、大川くんは結果としていつも僕を許してくれた。

 どうして、いつも僕は間違える。

 高校生の僕は迫りくる危機よりも、別のことに気を取られていた。自分に迫る危機的状況を軽視していた。なにせ、僕には人の心を嗅ぎ分ける鼻があるのだ。学校に通っていたときとか、僕に悪意がある人間が近くにいればすぐわかったから。

「ねぇ、直人くん。助けて、朋子怖い」

「大丈夫だ、俺が守ってやるから、安心してくれよ」

 カフェで友達が殺されたことに怯える朋子。優しい大川くんが彼女を慰める光景にイライラする。大川くんの長く伸びた指が、優しい手つきにで朋子の頬を撫でて、貧相に変色した汚い髪をゆるやかに梳いて、安っぽい涙を指先でぬぐう。

 彼女に向けられる、ありったけの労わりと思いやりが匂いで分かって、僕はとても辛くなる。そこら辺のバカな男のように、ヤリ目的だったらどんなに救われただろう。

 そして僕は身勝手に想像したのだ。大川くんの魅力に気付いた女たちが、これから次々に現われることに。RPGのように無限にわいてくる雑魚モンスターのように、僕たちの友情を脅かす存在。モンスターを排除するのが無理なら、無暗にまとわりつかせないように自衛するしか道はない。

 そうだ、大川くんは思い知らないければいけないんだ。

 僕も女の子たちを苦しめるのは、大川くんの間違ったやさしさからなんだから、彼は思い知ればいい。大川くんを絶対的に本当に必要しているのは、この世で僕だけなんだから、僕だけを見ていればいいんだ。

 だけど、どうやって思い知らせればいいのか、高校生の僕にはわからない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「……それで、その日のアリバイを知りたいんだが」

 振りかえると、僕はかなりの頻度で警察と病院、そしてホテルのお世話になっている気がする。帰る家を失ってから五年以上も経過して、現在高校一年の身分。このまま大学に進学して学生寮を出ることになったら、次は親が指定したマンションに住むことになるのだろう。

 責任回避のように、大人たちにたらい回しにされて、最終的には放り出される。それが、大人になった瞬間の僕たちの結末。

 僕が生家に帰ることは一生ない。僕が遭難する以前のように、仲良く両親や兄妹と一緒に住むことができないことを受け入れて、痛痒を感じなくなったのはいつだっただろうか。

「つまりね、あの廃墟には死体と一緒にドラム缶やガソリン、他にも様々なものが押収されたんだ。え? なにを押収したんだって? それは教えられないな。ただ、用意周到になにかを準備していたことは確かなんだ」

 そんなことを警察の事情聴取で現実逃避気味に考えて、僕のアリバイと被害者の関係について事情を聴く警察官に少し同情する。だって、接点一つでなにもないのだから。几帳面にメモ帳に筆を走らせて、僕の言葉や態度を一字一句逃すまいとした当初の気概が失せていく様子は見ていて気の毒だ。

 寄宿舎の一室、ツインルームである部屋には僕と五代くんがいた。くじ引きでの部屋の割り振りだったけど、今の状況だと彼がいてよかった気がする。

「その日は、みんなで川に行きましたよ。アリバイを証明できませんが、たしかにあの廃墟が近くにありましたね。えぇ、興味は覚えましたが入りませんでしたよ。なぜって」

 いきなり事情聴取で訪れた警察官に、最初に対応してくれたのが五代くんだった。彼が落ち着いて先に対応してくれたから、僕も落ち着けたんだと思っている。

 被害者の名前は、指原 柚子さしはら ゆずこ。B県の大学に通う大学生で、友人の朋子と一緒に普通自動車免許のコースを受講。

 死因は内臓破裂、もしくは頭部の損傷。死体が発見された場所は寄宿舎近くのあの廃墟で、ドラム缶から中途半端に焦げた状態で死体が見つかったらしい。見つかった経緯は、探検目的で寄宿舎の生徒たちが廃墟から燃えるドラム缶を発見したのがきっかけだった。確認すると、僕たちが川を歩いて廃墟を発見したのと同時刻。下手をしたら、死体を最初に発見したのが僕たちだった可能性がある。

「死因が内臓破裂ってことは死体は燃やされる前に、暴行されたってことですか?」

 五代くんの医者の息子らしい質問に、警官の表情があからさまに歪んだ。

「ひどい状態だったよ。ガソリンの火力を警戒して、数的滴たらす程度だったから、完全な焼死体にならなかったのだろうけど」

 死体の状況を語る警官の表情は暗く、僕たちに気を使っているよりも、自分の心を守るかのように言葉を選んで短く説明しようとしていた。

 現場検証から実行犯は複数であり、廃墟を拠点に入念な準備をしていたのにもかかわらず、死体発見の経緯に杜撰な印象を抱かせる顛末。聞いている僕たちも当惑しているのだから、警察はなおのこと情報が欲しかったことがよくわかる。

 喉から手が出るほど、解決につながる情報が欲しい。欠けたパズルのピースを、なにがなんでもみつけたい。

 だけど僕たちから渡せる情報なんてないから、警察から情報を引き出す形になってしまい、調書をとる警官の表情に憂いの影が揺れる。

「つまり君たちは、合宿初日に彼女から警告を受けていたと?」

「はい。そうです」

 僕がはっきり答えると、警官はさらに踏み込もうと、口調をさらに低く潜めて、暗に脅しをかける。なにか忘れていないか、なにか他にも言うべきことがあるんじゃないか。そんなことを言いたげに。

「ほかに不審な点は?」

「さぁ。あれ以来、彼女とは会っていないし、一人になるなって警告を受けていたので、僕は常に友達と行動していましたし」

 生前に彼女が言っていたコミュニティサイトを見れば、なにかしら分かるのだろうけど、ここはアンテナ1本しか立っていないし、ネット環境も整っていない。

 もどかしげな警官の表情に、僕は少し不快になる。

 彼女の死は、確かに僕と関係があるのかもしれない。だからと言って、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

「なぜ杉藤さんは、合宿を辞めて帰らなかったんですか?」

 まるで、彼女の死が僕のせいみたいな言い回しだった。

「そんなの、彼の自由でしょう。警察は疑うのが仕事だと聞いていますが、さすがにこれ以上は時間の無駄だと思います。怪しいというのなら、第一発見者と、被害者の友人朋子さんを重点的に聴取することをすすめますよ。あと、彼女に必要以上モーションをかけられていた大川 直人も。もしかしたら、僕たち以上に有益な情報を持っているのでは?」

 え、なに言って……。

 僕を守るように五代くんが言うが、僕は彼の口から大川くんの名前が出たことに驚いた。こんな状況で友達の名前を出す五代くんの気持ちが分からない。どうして、こんなひどいことを言うんだよ。

「それならすでに聴取は済んでいる。警察はそこまで無能じゃない」

「そうですか、失礼しました」

「…………」

 二人のやりとりに心臓が張り裂けるように痛くなって、石を飲み込んだように胃の辺りが重い。言外以外の無言の応酬に肌がひりひりして、警官と五代くんの体から発する匂いが悪臭となって部屋に充満する。ガソリンと硫黄がぶつかり合って、目を離したら爆発しそうなそんな匂い。爆発に巻き込まれたら、ただでは済まされず、双方はおろか僕さえも燃やし尽くす危うさがある。

 そんな、生きた心地がない場所で、僕はひたすら息を殺してやり過ごすしかない。

「お前ら、未成年だったことに感謝しろよ」

 多分、これは捨て台詞だった。

 未成年であることで大目に見てやったんだ。という言葉を、大した情報を持っていない僕たちに対する不満と織り交ぜて、警官は唾を吐き捨てるように去っていく。

 扉が閉まる音を合図に緊張の糸が切れて、僕はベッドに突っ伏した。

「疲れた」

「そうだな。大川、無事だといいけど」

「心配するんなら、どうして大川くんの名前を出したんだよ」

「大した収穫が見込めなくて、イライラしている奴に分かり切った情報をぶつけただけだよ。これってものすごくカチンとくるから、すぐ帰ると思ったんだ」

「確かに、すぐ帰ったけどね」

 五代くんの駆け引きと判断は正しいかったのだろう。僕一人だったら、動揺してありもしないことを口走って、無用で無意味な時間を引き延ばしていた光景が想像できる。

 けど、五代くんは冷たいと思った。友達を守る気なんてない、合理的な判断を下せる冷静さが、僕の心に形のないモヤモヤを生んだ。

「未成年か、確かに厄介だな」

 端正な顔を悩まし気に歪めた五代くんは、悔しいけどため息が出るほどカッコよかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

……だけど、これだけは言いたかった。

「五代くんは変わっちゃったね」

 僕がそう言うと、五代くんは心外そうに顔をあげて僕の方を見る。

 テーブルから上体を起こして、ベッドにいる僕を見る瞳はどこか冷ややかだ。

「それをいうなら、私は君が変わったと思うぞ」

「どこが?」

「少し前の君なら、指原 柚子の死が自分のせいかもしれないって可能性だけで悩んでいたよ。なんだか、君はだんだん僕たち以外の周りに対して、無関心になっている気がする。そして、なによりも怒りっぽくなった」

 確かに、と。僕の中で納得する。

【僕のせいで人が死んだかもしれない】

 そんな議論を各年代の僕にやらせたら、それぞれの僕はバラバラの意見を述べていた筈だ。

 幼稚園の僕……心が痛んで、泣きだしていることだろう。

 小学校の僕……なんてことだと憤り、犯人を捜すべきか考えるかもしれない。

 中学校の僕……たぶん、この辺りから関心が薄くなる。わずかに良心が痛んで、それでいて、我が身に迫る危機に戦慄していた。

……今の僕は、本当にどうでもいいと考えている。

 大切で重要なのは、友人たちとの絆であり、それ以外はどうでもいい。

 そこまで考えて、僕は不安になった。

 大学生になった僕は、それほど冷淡で独善的な人間になっているのだろうかと。

 僕は五代くんに、どのように思われているのか怖くなった。今しがたの、彼の失望した顔に胸の奥が詰まって、僕は気持ちを誤魔化すように枕にうずめる。

 嫌な汗が出て、体中がギュっと強張った。五代くんに嫌われてたらどうしようと、気持ちだけが焦ってからまわる。

 五代くんの今の気持ちが知りたい。匂いじゃなくて、直接的で確実な形で彼の心に触れたい。

 五代くんの座っているテーブルから、紙をめくる音が聞こえてきた。彼の性格から考えて、明日の実技に備えているのだろう。教本を読んで、理想のフォームを頭の中でシミュレーションして、現実に反映させる。バイクにまたがる五代くんは、とてもキレイで理想的なコーナリングですいすいとS字のカーブを曲がって走る。

 今日までの教習は、実技第一が終わってそろそろ実技第二に突入しようとしている。順調なら今週中に第二も終わって、仮免から最終試験を受けることになるだろう。

――大川くんをのぞいて。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 家業を継ぐことで、僕たち以上に合宿に気合を入れていた彼は、教習の期間を延長して、バイクと車、両方の免許を取得することになったからだ。

『もしかして、君は大川運送の子かい?』

 教習の休み時間に、初老の教官が大川くんに話しかけてきた。休憩所として設けられたコンテナハウスには、菓子パンと飲み物の自動販売機に簡易トイレと長方形に伸びた長いベンチ、天井近くに丸時計がチカチカと音を立てて正確に時間を刻んでいる。この合宿免許は、僕たちに五分前行動の重要さを教えてくれた。先の先へ次の行動へと思考を繋げて行動する。ただそれだけで、滑らかに順調に、規則正しい秩序さで現実が動くのだ。だからこそ、五分前行動を阻害する気軽い声は、その場に異様な存在感を放っていた。

 コンテナハウスにいるすべての人間が、大川くんと教官に注目する。大川くんは少し居心地がわるそうに首肯して、教官は満面の笑みをたたえて言った。

『君の成績なら、今から車の免許も同時に取れるけど、研修を延期する気はないかい? 大川運送なら君のおじいさんとの長い付き合いだ。こちらからもいろいろ融通するよ』

 なんて破格な待遇だ。周囲は息をのんで、羨望と嫉妬の眼差しで大川くんを見る。山中崎で一番古い運送屋。杉藤家じゃなくて大川運送が、こんな所でネームバリューを発揮するとは思わなかった。

 大川くんは少し迷っていた。だけど、逡巡なんて束の間。彼の中で答えは決まっていた。

『お願いします。延長の差額は、ちゃんと払いますので』

 この時、大川くんの匂いから僕たちと朋子の顔がちらついて消えた。

 大川くんの優先順位に、あの女が侵食している。その事実が怖かったし、嫌だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 僕は殺人が起きた今の状況にほっとした。事件の概要から、容疑者は寄宿舎にいる合宿の生徒か教習所の職員だと警官は目星をつけていた。教習スケジュールが、こんな異常事態で通常に行われるとは思えない。

 この状況を利用できないかと考える僕は、確かにひどい人間だ。

「杉藤、大川にこれ以上執着するのはやめろ」

 僕の思考を言い当てられたようで、肩が反射的にびくりと震えた。沈黙したほうがいいのか、それともなにか行った方がいいのか分からなくなり、気まずい沈黙が僕たち間に川のように横たわる。

「小学校の入学前からの付き合いなんだ。お前の考えていることぐらいわかるさ。だから言うよ。これ以上、大川に執着しないでもうちょっと平均的に、僕たちのことを見て欲しい。早瀬のヤツ心配しているし。物部も頭が悪い癖に、心配なんて慣れないことさせるから、熱を出す一歩手前だ。教習中に事故ったら、後味悪いぞ。それに、緑も……」

「――分かってるよ」

 このままだと、園生くんのどうでも良い状態まで言いそうなので、僕はとりあえず声を上げることにした。

「分かっているよ」

 二回同じことを言って、胃のからせりあがってくる酸っぱい味に、吐き気がこみあげてくる。

「僕はどう足掻いても女の子になれないし、それ以前に、こんな顔に生まれたんだ。本来は、なんにも望まないほうがいいし、普通の人なみの幸せも望むべきじゃないだろうよ。だけど、ちょっとでもマシになりたいとか、ちょっとでも夢を見たい、希望が欲しいって思うのは悪いことなの?」

「いや……、私が言いたいのは、そう言うのではなくて。もっと周りを見て欲しい、もっと自分を大事にしてほしいだけなんだ。そんなに難しいことを君に望んでいるわけじゃないんだよ。大切な友人として」

 五代くんの体から漂ってくる黄色いバラの香り。頭に浮かぶ庭園と貴子さんの後姿は、まるで一枚絵のように調和的で美しい。これが彼の中の正義であり優しさなのだろう。優しさの中に凛としたものを感じさせる高貴な香りは、暴力的な力強さで僕の中に入り込んで支配しようとする。

「やめて、五代くん。この匂い、イヤダ」

 黄色いバラに囲まれたような濃厚な直りに咽そうになって、新鮮な空気を求めてベッドから上体を起こすと、五代くんは悲しそうに頭を左右に振っていた。

「それは、私が君に抱くこの感情がイヤだってことかい?」

「ちがう。それはちがう」

 視界がぐにゃりと歪んで部屋の景色が変わる。四方が肉色の誰かの胃袋。顔のない天使が僕を見据えてベッドに近づき、腰から伸びている肉の紐を僕に巻き付けて、僕を支配しようとする。

 いやだいやだいやだ。やめてやめてやめて。

 五代くんの気持ちが知りたくて、彼の心に触れたいと思ったけど、こんなの違う。いやだ。こんな現実イヤダ。間違っている。友情も愛情も、こんな気色悪いモノじゃない。光あふれる清くて尊くて神聖なものこそ、人のこころじゃないのか。

「杉藤、もっと危機感を持ってくれ。中学の時に後輩に騙されて痛感したはずだ。君の鼻は人を嘘を見破ることができるけど、君自身の主観が邪魔をすれば、君はあっさりとまわりに騙されてしまう」

 口がないのに天使が僕に語り掛ける。バラの香りが鼻につく。肉の紐がねちゃねちゃと服越しに絡みつけてキモチワルイ。そして、その拷問は友情という名の下で、五代くん天使が納得する模範解答を出さない限り解放されないのだろう。

「頼むから、私を安心させてくれ」

「五代くん」

 どうして、僕をこんな目に遭わせるの?

 僕はみんなとずっと仲良くしていきたい。ずっと、ずっと一緒に。だけど、五代くんは僕の友情に余計な疑問を持って、優しい顔で僕の心を支配しようとする。

 どうすれば分かってくれる。何を誤解しているの? 何がイヤなの?

 僕はこんなにも君のせいで苦しんで思い悩んでいるのに、なんでこんな勝手なことをするの?

 五代くんには、分かってもらわないといけない。

 僕にひとつだけある、五代くんを無理矢理納得させてねじふせる理屈。

 それが吉と出るか、凶とでるかはこの時点では分からない。

「……僕ね、夢で貴子さんに言われたんだ」

「なに」

 天使の動きが止まり、僕の身体に絡まる肉の紐がするすると天使の腰に収納されていく。顔のない天使の表情に青い影が落ちて、バラの香りが弱くなる。匂いを通じて見える光景は、橙色と群青色がひしめく夕空。彼の中にある信仰心と友情がぶつかりあって、広大な空を不気味な夜に染め上げていく。

 僕は語った。五代くんが分かってくれる確信をもって、ボイストレーニングで鍛えた声を張り、瞳孔が分裂して出来た四つの瞳を真摯に向ける。

「貴子さんに会ったことないけど、貴子さんだってわかった。そして言われたんだ。僕の願いは半分叶って半分叶わない。つまりね、僕はすでに杉藤貴子の敷いたレールに乗せられているんだよ。だから、僕の決定は貴子さんの意思に沿っているんだ」

「……」

 この時、天使が五代くんに戻る。悔し気な顔で僕の両肩に手を乗せて、強く強く僕の肩に力を籠める。

 よかった。分かってくれたんだ。

「……だったら、私はもう、君に言うことはないな。好きにすればいいけど、これだけは分かってくれ。私は君を見捨てないし、どんなことがあろうとも君の味方だということを」

 大人になった僕は、幼い五代くんの魂を振り絞るような声を聞いていた。子供の頃に感じなかったモノが、大人になって、その意味が分かった時の取り返しのつかない後悔。思い出すたびに胸が痛くなる。

「うん、わかっているよ。僕たち、友達でしょ」

 高校の僕は五代くんの言葉に安堵するだけで、次の瞬間に、残酷に五代くんの言葉を忘却して自分の考えに没頭する。朋子と大川くんを引き裂くことだけが頭を占めて、それだけに気持ちが埋没する。

 さぁ。いよいよ、地獄がはじまった。

【つづく】

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