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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_35_高校生編 01

 あぁ、大変だった。

 まさか男子寮が二回も放火されるとは思わなかったし、渦中の人物二人がこの事件で命を落とした。裏でなにがおきていたのか分からないし、僕はそんなことに興味はない。

 ただ、放火されたことをうまく利用して、僕たちが廃人に追い詰めたあの二人を実家に帰すことが出来たのは、なんだか話が出来すぎている気がする。

 大人の僕は思い出す。あの時の僕たちは、なんだか誰かが作った、暗い道を歩かされた気がした。心はあの時の、小学校の時に遭難した時のままで、あげく、そこに二人の道連れが出来てしまった。

 深く深く、暗い暗い、誰も気づかない山道を、僕たちは歩き続けて、ついに取り返しのつかない場所に来てしまった。

――ねぇ、大川くん。僕のはじめての友達。僕は、ずっと君と一緒にいたかったよ。

「俺、家族と仲直りすることに決めたよ。人間って思ったより脆いから、気づかないうちに、親が死んでいたらイヤだし」

 放火された後のホテル暮らしで、君はある日、僕に言ってくれたよね。

 僕は怖かった。君が僕の前からいなくなりそうで、だけど、僕の醜い顔を真っすぐ見ながら君は言ってくれたね。

「それに、ハッチと話して気づいたんだ。あと、七年。大学を卒業するのはあっという間だって。俺はずっとお前とつるんでいたいし、みんなと一緒にいたい。だったら、わかるだろう?」

 と、大川くんの鋭い目が僕の目を射抜く。僕にはない強い意志、僕にはない覚悟、僕にはない優しさ……そして、僕にはないマトモさ。

 帰る所がないと分かっていながら、君は実家大川運送に戻り、実権を手に入れることに決めた。すべては僕との友情の為に、そして自分の居場所を確保するために。その居場所が、僕たちの為に機能することを信じて。

 今思えば、大川くんは、分かってしまったんだ。中学の時に、道を踏み外した僕たちは、このままでは堕ちるだけだと。

 君が手に入れた大川運送のおかげで、僕たちは山中埼限定だけど、だれにも怪しまれずに、死体を運んで、ターゲットを拉致することが容易だった。だけど、その発想に行きついたのは、高校の時のあの事件。

――君が、大川くんが、人を殺してしまったあの時の話。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 僕は結局、山中崎から出られない。今は杉藤家の庇護があるから、B県で生活できるだけ。それに、大人になって整形手術を行っても、山中崎から出なかった。そこそこの反骨精神と、嫌悪もあって都内に住んでいたこともあったけど、結局、元に戻された。

 タイに行った時も刑事に捕まるまで、普通に山中崎に帰るつもりで、どんな動画を撮ろうとか、ぎりぎりまで狂った日常にこだわった。それは、友達がずっと僕を守ってきてくれたからだ。

 僕一人だったら、なにも出来なかった。大川くんと友達にならなかったら、五代くんとも園生くんとも、それほど仲良くなれないことを知っていた。君が居なかったら、僕は小学五年で人生に幕を閉じていただろう。

 最悪の結末。熊谷と一緒に山に置き去りにされて、右往左往していたところを足を踏み外して、斜面に転げ落ちて死ぬ……そんな未来が見えた気がしたんだ。

 大川くんは、そんな、あぶなっかしい僕のために、いつでも駆け付けられるように体制を整えようとして、僕はぞんぶんに堕ちていった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 1999年。ノストラダムスの大予言で、7月に世界が滅ぶらしい年に、僕たちは中等部を卒業して、受験なんかしないで高等部に入学した。B市内にある高等部の男子寮は商店街に近くて、学校の外に寮があるから、夏休みを運動部に邪魔されないことに安心したことを覚えている。

 ホテルから、また僕たちは学生寮に詰め込まれた。基本的な寮の構造は中学の時と同じだけど、中学の時と違って僕たちはバラバラのフロアになって、バラバラのクラスになって、携帯電話とパソコンを使わないと全員がうまく集まれなくなった。

 中学と比べて、部活もアルバイトも解禁されて、保護者の許しがあれば夏休みに免許合宿に行くことも許されて、一気にやることが増えたと思う。十六歳になったことで、大川くんは普通二輪の免許を取るために、夏休みに合宿免許に行くことになった。もちろん、僕も普通二輪をとるためについてきた。だって、普通二輪っていったらバイクだもん。乗れたらかっこいいじゃない。

 気づいたら、季節は八月になって、気づいたらノストラダムスの大予言が外れていることに気付いて、世界が変わらなく続いていることに、僕たちはなんだか気が抜けてしまった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「てか、いつものメンバーやないかい! 久しぶりやな!」

 と、早瀬くんが男子寮の学食でツッコミを入れる。

 まぁ。僕は単純にかっこいいから、バイクの免許を取りたいんだけど、他のメンバーは。

「俺は実家を継ぐつもりだから、最終的には大型をとる」

「ぼくも園生家継ぐから、免許とれって」

「私もだ、失敗した兄の代りに家を継ぐことになった」

 以上が大川くん。園生くん。園生くん。僕と同じ山中崎出身者。

 噂で山中崎は駅前開発で、かなり都市部の交通の便が改善されたらしいけど、山の方は未だ迂回するルートが主流で、不便なままだと聞いていた。

 家を継ぐ以前に、山中崎に戻るとするのなら、車は生活に必要なのだろう。僕もバイクの免許をとったら、次は車の免許を取った方がいいのかもしれない。

「ワテは将来、どうなるか分からんから、取れる資格があるんなら取った方がいいと思ったからや」

 まぁ、早瀬くんは分かる気がする。

「オレは、なんとなく」

 物部くんは、本当になにも考えていないような顔で言った。だけど、大人になって分かったんだ。物部くんの「なんとなく」な物部くんなりに考えて、考え抜いた結果が抽象的過ぎるから「なんとなく」だった。高校の僕たちが、そんな物部くんの考え方を否定しなかったのは幸いだ。ある意味、僕たちとは相性が良かったのかもしれない。

 それが、君を将来、追い詰めたのかもしれないけど。

「そうなんだ。一緒に頑張ろうね」

 そう僕が言うと。君は少し驚いて、嬉しそうに笑ったね。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あの時、嬉しかった」

 物部くんが、そう零したのは、大人になった時だった。

 押し入った家であらかたの処理を終えたと思ったら、タンスにまだ獲物がいた。ガタガタ震えて、血まみれの僕たちを見る子供に、大人の僕は別の意味でイラついた。

 あぁ、アイツ。あんなヒドイことをしておいて、結婚して子供を作るなんて厚顔無恥もいいところだ。この子も将来、親みたいになるかもしれないから、今のうちに駆除しておこう。その方が世の中のためだ。そうだそれがいい。

 僕が数秒うだうだ考えているうちに、大人の物部くんが大ぶりのナイフで子供の心臓を一突き。悲鳴を上げる間もなく、ぶしゃああと血が出て子供の目が白目になる。

「わあ、スゴイね、物部くん」

 あまりにも見事だから、僕は手を叩いてしまった。ブサイクなあの頃ならともかく、今の僕は整形手術で美形だもん、それぐらい許されるよね。

 返り血を浴びた物部くんは、僕をきょとんとした瞳で見て、レンズ越しの目を細めて言う。

「あの時、嬉しかった」と。

「え? あの時って?」

「……高校の時、教習所に通うことになって、オレだけ理由が「なんとなく」だったのに、杉藤さんは一緒に頑張ろうって、言ってくれたこと」

「そうなんだ。だけど、僕だってカッコイイから取りたかったんだもん。物部くんのこと言えないよー」

「……ふっ、くくく」

「もう、笑わないでよー。ふふふ……」

 物部くんは薄く笑う。僕もつられて笑う。一家皆殺しの惨劇が行われたいたにもかかわらず、僕たちはいつもの延長線で笑い合う。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あ、俊雄。免許合宿の施設、山中崎の山ん中だけど大丈夫か?」

――そして、過去と未来が反転する。

「大丈夫だよ。もう、何年前の話なんだよ~」

 食堂でもらってきたパンフレットを見ていた僕たち。大川くんは少し心配そうに、僕を気にかけてくれる。大川くんの優しい海の匂いは、僕の心をいつも優しくて明るい方向に導いてくれるんだ。

 だから、小学校から波乱続きな僕は、またしてもなんの根拠もなく、今回の合宿は普通に始まって、普通に終わってくれると、そんなことを考えてしまった。

「私たちが止まる宿舎はツインルームみたいだな」

 夏休み二週間の短期合宿――料金は一人、二十万少々。僕たち六人の合宿代を出してくれるというわけだから、父をとおして杉藤家は約百二十万をぽんと出したことになる。

 すごい大金だ。杉藤家の援助がなければ、高校一年は免許を取るお金を稼ぐために費やしていた。

 パンフレットに掲載された宿舎の部屋には、二人の女の子が映っている。明るいパステルカラーで統一された部屋で、女の子の一人がベッドに腰かけて僕たちに向かってピースサインを作り、ベッド近くのテーブルに座っている子は、ゆったりと足を伸ばしてくつろいでいる。

「あーなるほどなー。一見なんともないポーズだけど、こういう風に、この部屋の広さを伝えているわけやな」

 早瀬くんが感心した風に言うと、僕は改めて写真をみた。確かに、二人の女の子の距離感や、のびのびと足を延ばしている姿に、この部屋が二人の子がいても窮屈さを感じさせないスペースだということが分かる。

「あ、これフォトショだよ。だまされないで」

 と、唐突に園生くんが僕たちの会話に割り込んできた。

「はぁ、ホンマかいな。って、フォトショってなんや?」

Photoshopフォトショップ。分かりやすく言うと、写真を合成できるパソコンソフト。うまく、加工しているけど、これ合成だよ。この写真のページを裏から見て、電気の方に向けて透かせばよくわかるよ」

 なにしたり顔で解説しているんだよ。

 そう思いいつつ、僕はそのページを摘まんで広げて、明かりの方へ掲げて見せる。

「うわ、詐欺じゃねぇか」

 大川くんが顔をしかめた。裏っ返しにしないと分からない、部屋全体の構図のゆがみ。遠近法も狂っている上に部屋の奥行きが滅茶苦茶に見える。投げ出した足の角度もおかしい。ピースサインの体勢も肩と腰のあたりが不自然で、心なしか、女の子たちの顔もひずみが生じて、なにもかもがキモチワルイ。

「……オレたち、このツインルームに泊まるんですよね?」

 物部くんがぼそりと呟いて、五代くんが腕を組んで「はぁ」と息を零した。

 うん。実際、どんな感じなのか想像なんてしたくない。

 世界全体が歪んだ写真を見て、体中の血液がどくどくと嫌な音を立てて、僕の頭の中を引っ掻き回す。

 本当じゃないのに、本当のように加工された写真。奥行きがおかしいパステルカラーの部屋が毒々しい空間にかわり、可愛らしい女の子たちは醜い妖怪に見えてくる。

 僕はマスク越しに自分の顔を撫でて、目の前のおかしい現実に、小さな虫が無数に体中を這いまわるような、嫌悪感が沸き上がった。

「どうして、こんな写真を掲載したんだろう?」

 僕がぽつりと呟くと、大川くんは怪訝な顔で僕を見る。僕が不快に感じているのが分かっているけど、その理由が分からないという感じに。僕の反応はみんなからしたら、大げさなのかもしれないけど、醜い顔を四六時中マスクで隠して、自分の身を守っている僕としては、こんなことは許されないと思った。

 このパンフレットの写真を信じて、この合宿所を選んだ人の気持ちを、このパンフレットを作った人間は全然考えていないんだ。その人が感じた痛みも苦しみも、なにもかも。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 だって、みんなが言っていたんだ。

『寮を放火したのは、杉藤だって噂だぜ』

『わかる。あの顔は、ぜったい犯人だ。いつかヤバいことをやるって思っていたんだよ』

『水泳の授業で、アイツの顔を間近で見た時、全身がぞわっとして吐き気がこみあげてきたわ。取り巻きの奴らは、なんで平気で一緒にいられるんだ?』

 僕はやっていない。二度目の放火にも関わっていない。

『大川のヤツ、きっと杉藤に脅されているんだぜ。じゃなきゃ、あんな根暗とつるむわけないし』

『五代もかわいそうだよな。家同士のつながりらしいけど、アレはないって』

『園生だって、しんどいだろうな。邪険にされても、普通のフリしちゃってさ』

『わかる。あんな顔をしている時点で、杉藤じゃなければ誰も相手しないって』

『早瀬くんもいい加減に、杉藤でイジるのやめればいいのに、あんなのを可愛いって言っちゃって、性格悪いよな』

『物部は大人しいから、完全な言いなりだよな。本当に同情するぜ』

 やめて。僕たちの友情を疑わないで。なんで、僕たちの積み上げてきた物を汚そうとするの? 壊そうとするの?

 僕がこんな顔をしているのが、そんなに悪いの?

 僕がみんなの望み通りに、悪人になればみんな満足するの?

 ふざけるな!

 お前たち全員死ね。死んでしまえ。

 死ね死ね死ね死ね。

 僕が大切だと思う人間以外、みんな死んでしまえ。

【つづく】

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