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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_69_閑話 05

 2010年某日(月曜日)

 自分の人生はどこでケチがついたのかと、岡 雄一おか ゆういちは祖母の顔を見てため息がつく。
 山中崎市の寂れた地区にある平屋で、こそこそ隠れるように住んでいる自分。前科者の両親を持ったことで、逃げるように県外へ就職するも、どこかで両親の罪が暴かれて、結果的に地元の企業に就職するしか道がなくなる。
 自分の同年代のほとんどがそうだ。
 山中崎から逃げようとして失敗し、打ち据えられた囚人のように地元に戻って家族に寄生する。
 就職氷河期世代で、両親が元犯罪者、地元で生きるしかない、アルバイトで掛け持ちの生計、ばあちゃんの年金が生命線……あぁ、なんて詰んでいる。

「杉藤様に逆らうから、お前の両親も、お前も、私も、みんなみんな不幸になったんじゃ。お前らの信心が足りんから、現当主様は杉藤顔を捨てる暴挙に出た。あぁ、恐ろしいことじゃ、嘆かわしいことじゃ、なんまんだぶなんまんだぶ、お前のお父さんもお母さんもいずれ帰ってくる、ここへ、出所しようとも逃げようとも杉藤様の神通力からは逃れまい」

 あぁ、うるせい。

 テーブルで向かい合い、ただ食事をするだけの時間が説法になる。拝んで念仏を唱えて、俺を苦しめて、ばあちゃんはそれで幸せなのか?

 2010年某日(火曜日)

 朝。父さんと母さんが帰ってこないと、ばあちゃんはいつものように嘆く。
 両親はたぶん、俺が自分たちの人生を狂わせたと思っているのかもしれない。だから帰ってこないのかもしれない。
 なぜなら俺は、杉藤 俊雄と同じ小学校に通っていて、熊谷のイジメに加担していたり、杉藤たちが山に遭難する様に誘導したからだ。
 こんな大事になるなんて思わなかった。幼い俺はいろいろな大人たちに責められて、自分たちのやったことは取り返しのつかないことだと、こんこんと説教された。
 俺たちは怖くなって、杉藤たちが学校に戻ってきたら謝ろうって相談したんだけど、結局、杉藤たちはもどってこなくて、クラスの大半が転校したり蒸発したり、どこか行ってしまった。いじめの原因を作った熊谷もだ。
 両親はほっと胸を撫でおろして、幼い俺に言ったんだ。

「今回のことは運がよかったけど、本来、杉藤様に逆らったら体のどこかを潰されて山奥の工場に働かされるのよ。だから、どんなことがあっても日々の感謝を持って一日一日を大切にしなさい」

……そう言っていた母が、数年後には杉藤家の次男と長女の誘拐事件に関わった。駅前の商店街が一掃される件で、うちも家業を畳まざるをえなかったからだ。あぁ、なんて矛盾だ。自分たちに被害が出たら、一瞬で幼い息子に教え言いきかせたことをなかったことにする。

 2010年某日(水曜日)

 アルバイト先で新人が一人入ってきた。なんと小学校の時の同級生だ。どうやら彼も俺と同じで県外への就職に失敗して、ここに戻ってきたらしい。
 同級生が新人で俺が仕事を教える立場なんて、なんだかおかしい気分になる。スタート地点は一緒なのにな。
 不思議だな。自分と同じ不幸な奴を目の当たりにして、心が痛むどころか羽が生えたように気持ちが楽になる。
 再会を祝して、仕事が終わったら近くの居酒屋で飲むことになった。

「そういえばさぁ。杉藤のヤツ、整形したらしいぜ」
「あぁ、なんかばあちゃんが言っていたな」
「噂じゃ、十人中十人じゅうにんちゅうじゅうにんが振り返るレベルの美形だってよ」
「うわ~、やりすぎじゃねぇか。キモすぎる」

 原因ってやっぱり、成人式かな。
 アレはひどかった。
 キモチワルイって感情よりも先に、体中の穴という穴から体液が漏れて、気づいたら俺はゲロと排せつ物と涙と鼻水と大量の汗を垂れ流しながら、廊下を走っていた。
 俺以外にも、その場にいた全員が公民館の出口に向かって殺到していたな。特に女子はかわいそうだった。せっかく明一杯オシャレしたのに、折角の晴れ着が自分のゲロと排せつ物で台無し……まぁ、一番の被害者は公民館で働いている関係者かも。今考えると、俺たちが通った後の廊下、かなり悲惨な状態だったし。

 思い出せば出すほど腹が立つ。
 謝ろうとタイミングを伺っていたら、まさか熊谷が現れるなんて思わないじゃん。しかも、あのブス、生意気にも整形してキレイになりやがって。

 杉藤の顔を直視したせいで、しばらく目が痒くて仕方がなかった。
 それでどんなヤバイな顔だったのか、思い出そうとすると頭が割れるように痛くなる。少なくとも、小学校の時はまだ人間のだった。
 杉藤家の正体が宇宙人でも、俺は驚かないね。絶対。

「今日はここでお開きにしようぜ」

 水で薄めたような安酒が、酩酊よりも軸がぶれたような苛立ちを連れてくる。明日もシフトが入っているから、早々に切り上げて帰ったほうがいいだろう。

「そうだな、明日もよろしくな」
「おう!」

 家に帰るとばあちゃんが起きていて俺を待っていた。
 縋るような眼差しを俺に向けたけど、俺は無視した。

 2010年某日(木曜日)

「そういえばさ、警察ごっこ覚えてる?」

 昨日の今日で、また俺たちは仕事が終わった後で、また飲みにいくことになった。

 警察ごっこ……。
 あぁ、言われなければ思い出すことがなかった幼い日。

『ねぇ。杉藤の悪口を言ったヤツを、私に教えてくれないかな』

 五代病院の医院長の息子で、俺の母たちはソイツをメカケノコだといっていた。大人になって意味が分かると、親たちの人間性に幻滅する。いや現在進行形で幻滅し続けている。

「俺さー、冗談で熊谷と杉藤が出来ているって、面白半分にふいてまわろうとしたんだ。そしたら、五代のヤツが現れて鉛筆で襲われてさぁ。警察ごっこだから、悪いヤツは罰しないといけないって目がイッちゃってたの思い出したんだ」

 ほらっと腕をまくる同級生は、鉛筆で刺された跡を見せてくる。黒子のような黒い丸模様が三つ――団子のように規則正しく並んでいて、これが自然に出来たものではなく人為的なものだと一目で分かる。

「俺、杉藤より五代の方が怖いんだよねー。アイツラが、俺たちがやったことをずっと根に持っていたら、医療ミスでいつか殺されるかもな」

 俺たちのやったこと……熊谷の代りに杉藤たちを山へ遭難させたこと。
 騒動になって大人たちは、我が子の罪を暴くよりも、自分たちを守るために勝ち目のない戦いに挑むしかなかった。
 大人になって分かる。その当時のうちの親たちの心情を想像して、情けなさと申し訳なさで、飲んだ酒の味がまずくなる。

『杉藤に逆らったら、体の一部を潰されて山奥の工場に送られる』

 大人になって、それが実際に起きたことを知った。祖母たちは自分たちの蛮行を誇り、杉藤家の不興を買った幼稚園児たちを次々と手にかけた。それが正しい行為だと思い込んでいるからだ。

 だから俺等世代の大人たちはずっと警戒していた。
 子供の所業が自分たちに降りかかるリスクと可能性。
 イジメで善悪の判断が緩くなった子供たちとの相性は最悪であり、裁判で悪質だと判断された保護者には、多額の賠償金の支払いが命じられた。

 幸い、俺の両親は支払わなくて済んだんだろうけど……。

「あのメカケノコがさー。問題を起こす兄貴を押しのけて、今や山中崎を牛耳る五代病院の医院長様だよ。世も末だぜ」
「そうだな」

 同級生の言葉に、背筋がうっすらと寒くなった。
 風邪ひいたら、県外の病院に行った方が良いかもな。

 2010年某日(金曜日)

 今日は金曜日と言うことで、明日休みのシフトたちとで新人同級生の歓迎会となった。
 みんなみんな興味津々だった。正確には、俺や同級生じゃなくて杉藤 俊雄のことだったけど。
 休憩時間でも昔話で花を咲かせていたから、みなが興味を持つのも無理はないのかもしれない。

 今や山中崎のプリンス。
 誰もが振り向くほど美しい顔を持つ整形王子だ。
 きっかけがあれば、誰もがお近づきになりたい身分。
……考えるだけでムカツク。
 マスクで隠しても隠し切れない、悲惨なレベルで醜くて、自分たちよりはるかに劣る格下の存在が、今や社会的に遥か上の存在として俺たちを見下している。

 知らないヤツラは、どれくらい杉藤顔が醜いのか訊たがり、幼い頃のエピソードを訊きたがった。そして話すごとに打ちのめされる、現在の杉藤の状況に羨望を通り越して怒りを覚えるのは理不尽だろうか。

 大手不動産会社の役員で、仕事はほぼ書類の決裁と顔出しのみで、毎日、親の遺産で遊んで暮らしている。たまに地域のボランティア活動に参加して、親兄弟も死んでいるから気ままな独身生活を謳歌して、小学校からの取り巻きたちとよく食事をしている。

 あぁ、なんて格差だ。

 そういえば、小学校の頃もアイツラだけ買い食いを許されていた。近所の公 園でマクドナルドのポテトやバーガーを食い散らかして、杉藤が取り巻きたちにカードやオモチャを買ってやったり、ゲームセンターに連れて行ったりする姿をみかけたことがある。

 面白くなかった。

 幼い自分が幼い杉藤たちを睨みつけて、空腹の腹を鳴らしながら家路につく惨めさ。先生たちも黙認して、だれも杉藤たちに対しておかしいと指摘する者はい。

 だから生贄が必要だった。
 負の感情の捌け口が。
 クソな感情を吐き出すための便所が。
 強者に逆らえないストレスをぶつけるサンドバックが。

 イライラをぶつけても、誰も咎めない存在――熊谷のいじめがエスカレートした背景には、杉藤たちの野放図が解消されない、苛立ちと煩わしさが確かにあった。

 2010年某日(金曜日)_深夜

「あ、俺。整形した杉藤さんらしき人の写メとってます」

 酔いがまわったせいなのか、ぎりぎりの話題が出てきた。うちの職場の特性のせいで、どこに誰が住んでいるのかわかってしまう。まぁ、このあたりで杉藤を名乗れるのは、一人だけ。こいつのいう杉藤が=俺の知っている杉藤 俊雄なのは間違いないだろ。

 だけど好奇心とはいえ、勝手に写メをとるのはどうなんだろうか?

 まるで授業中に同級生同士で秘密のメモをまわすように、現在の杉藤俊雄の顔が映っている画像がまわし見される。見世物のように回覧されて、ちょっと嫌な気分になるけど、手渡された携帯を見てそんなしおらしい気持ちは霧散した。

 中性的で綺麗な顔だった。
 成人式で見てしまった身の毛がよだつ異形とかけ離れた姿。
 美術の授業で見た石膏像に通じるバランスの取れた顔立ち、華奢な骨格も相まって、知らない人間が彼を見たら少女だと勘違いするかもしれない。
 俺はこの整形にかかった料金と労力を想像して、金持ちだなと重たい気分になる。小学校の下校途中に、マクドへ買い食いに向かう杉藤たちの姿をもい出して、俺の中の小学生の俺が、画面の中の美しくなった杉藤を睨みつけている。

「あ、そいつ!」

 興奮気味な声が俺たちの意識を引いた。

「この顔見たことある! こいつ、金曜日の通り魔ですよ」
「マジか?」
「え、うそ」

 ざわめく場の中で、杉藤が金曜日の通り魔だと主張する同僚は、ことの経緯を勝手に話し出した。

 居合わせたのは偶然だった。最初は着衣が乱れた少女が、路地裏から走り去ったのを見かけたからだ。少女の顔は遠目でも美しくて、下種な好奇心が働いたことで彼女が立ち去った路地裏に足を向けたらしい。
 なんでも、ナニのオカズを具体的にするために、やった後の現場を実際に見ようとしたからなのだが、そこには半殺しにされたオッサンがいて、匿名で救急車を呼んで、そのまま逃げたのだと一気にまくしたてる。

「人間の顔って、あそこまで凹むんだって怖かった。まったく最悪だよ」
「……そうか」

 短く答えて、俺はイヤな気分に襲われた。自分の中の幼い自分が、あの頃の感情が蘇って、その頃にイジメていた熊谷とは別の物騒で残酷な感情が蘇っていく。

 杉藤 俊雄が金曜日の通り魔。
 まったくシャレにならない素敵な出来事。俺はソイツの不幸を望んでいる。
 それは思い出したくないけど、思い出したい思い出。
 遠足の帰りのバスで、杉藤たちの不在に気付くことなく、教師たちはバスを発車させた。
 この時の幼心に感じた「勝った」という達成感。
 胸をすくような悦びをもう一度味わいたい。

……杉藤 俊雄は金曜日の通り魔。
 マスコミに垂れこめば、面白いことになれそうだ。

 2010年某日(土曜日)

 あぁ、最悪だ。今日来る奴が無断欠勤したせいで、土曜のシフトに俺が組み込まれることになった。二日酔いで頭がぼうっとするけど、生活費を稼ぐためだと思考を切り替える。
 大量に水をガブ飲みして無理やり体内に残留しているアルコールを抜き、ウコンを飲んで就業する前に強制的に素面へ戻す。
 アルコールのチェックをすませて、赤い制服を着て、荷物を乗せたスクーターに乗り、俺はいつもどおりの日常をすごすのだ。
 過去は所詮過去でしかない。俺の現実と現在は、連日の飲みで今月はばあちゃんの年金とあわせてもキツイこと。残業はしないけど、しばらく休みは諦めることだ。

 妄想なんて一銭にもならない。過去に浸ってもどうにもならない。その当時の記憶を感情を蘇らせても、それは死骸となんら変わりないのだ。意味なんてないのだ。

 あぁ、だけど。杉藤 俊雄が破滅してくれたら、どんなに気分がスカッとするだろう。昨日の飲み会で、杉藤の顔を知った若い奴らの怯えた顔に、俺の心は震えるような愉悦に満たされていた。

「こんにちは~、ドミニピザでーす」

 俺は無理をして明るい声を出し、気持ち悪い営業スマイルを浮かべる。手に持ったピザ箱が妙に重く感じるのは、俺の心のどこかで未だ杉藤に対する罪悪感を感じているからだ。

 謝りたいのに、破滅を望んでいる。
 俺は本当になにがしたいんだろう。

2 010年某日(日曜日)

 いつも通りだ、いつも通り。元同級生であり、バイト先の後輩と休憩時間に過去の話をして、仕事をこなして、一日をやりすごす。
 そうだ、あんなことがあろうとも、俺には関係ない。日常は絶対的で、世界はいつもまわっている。

「あぁ、雄一。昨日、隣の地区で放火があったんだってね。死んだ子がアンタとこと同じ店だって本当かい?」

 あぁ、もうっ……!

 ご近所のネットワークのせいなのか、両親のせいなのか、祖母は孫の身近で起きた凄惨な事件に、気が気ではないようだ。
 そうだ。昨日の夜、配達先で放火があって、うちの従業員で同僚が焼死した。目黒家と言ったら小学校の同級生の一人だ。同級生一家は現在行方不明で、家は全焼。なぜか他人の死体が一人。不可解すぎるこの事件は、気味の悪さよりも、現実離れをしたミステリー小説じみた雰囲気を醸し出している。

「…………」

 けれども、なんだか実感がわかないのだ。身近な人間が死のうが、バイト仲間たちが青ざめようが、警察から調書をとられようが。危機感も当事者意識が芽生えることはない。

「あぁ、そうだけど。なんでもないよ。ソイツとはあんまり親しくなかったし」

 ちょっと融通が利かなくて、極度の怖がりだったソイツ。目黒家に配達に行かなかったら助かったのだろうけど、代わりに別の奴が焼死体になっていた。結局、世の中は運なのかもしれない。

2010年某日?

 どこだろう、ここは。どうしてここにいるんだろう。明確な最後の記憶は大川運送でーすという声だったような気がする。目の前にいたのが作業着姿の杉藤でびっくしりたとどうじに首筋がびりっときた。目の前が真っ暗になって、何かに包まれて息ぐるしくて、なんかトラックに運ばれたと思ったら檻に転がされた。俺を包んでいたのはプチプチで、俺の横にばあちゃんが転がっていたんだけど、なんだか様子がおかしい苦し気に呻いている。たすけて、せめて、ばあちゃんだけは助けてと言った気がする、言わなかった気がする、杉藤はきれイなかおに薄ら笑いをうかべテ俺をみた。なにカをいっていた気がするけど、キおくにのこらない。そうこうシているウちに、おりにオレ以外の人間がほおリこまれるようになっタ。ばあちゃんは、動かなくなった。俺もうごけなイ。モノのように、ほおりこまれル人間の顔に、taくさん、なんダかなつかしいヨうな気がする、あ、これってガソリン? おレたちモえているの?

「縺?d縺?縲∬協縺励>縲√◆縺吶¢縺ヲ繝シ!」

 あa,もうナにいっテxiRu野カわヶ蘭なイi……。

【つづく】

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