【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_82_現代編 07
やっと大部分が埋まった。
頭の中で、小さなピースがかちりとハマる音が聞こえたのは気のせいではない。葉山はテーブルに広げた資料を見て、表情をこわばらせている二人を見た。
多くの関係者の聞き取り、杉藤俊 雄関係の考察動画を出してきても、なおも埋まり切れなかった欠片。
形にならない情報が溶解し、凝固し、固形化して型にはまって、奇怪な曼荼羅模様の地獄絵図が完成した。
「なぁ、先生は緑たちを助けたいって思わなかったんですか?」
縋るような眼差しを向ける園生 利喜に、葉山は神妙な顔を作る。
もしも、たら、れば……、そんな仮定の話をして何になるのか?
だが、そう思う反面で、心の奥底から湧き上がる思いもあるのだろう、利喜の場合は。割り切れないことに頭を抱える人間臭さ、後悔の傷口を撫で続ける意味が葉山にはわからない。それだけは、知りたいとも思わない。
「助ける……ねぇ。テレビで騒がれるまで、彼らのことを忘れたわけではないが」
自分は杉藤 俊雄に興味を持った。ただそれだけであり、五代も大川も、園生も彼のただの付属品に過ぎなかった。もしも、興味を持つことが出来たら違う未来があったのだろうか。
意味のないことを考えてしまって、葉山は内心苦笑する。今回の騒動で芽生えた人間らしい情緒は、煩わしいこともふくめて自分の心の内を広く、賑やかに、豊かにしてくれた。被害者たちには悪いが、結局自分は他人。まったく別の存在なのだ。とことんまで楽しみたいと思って何が悪い。
「……園生君、先生を責めるのはやめましょう。それで、この資料を私たちに見せたということは、貴方は確信をもって、もう一人の殺人鬼の正体を知っているってことですよね?」
慎重に、まるで怯えるように遠回しに聞く福田は、痛ましげな表情を作って園生 緑の手紙に手を伸ばした。
「園生 緑も五代 公博も特殊な家系で育ち、幼い頃から役目を背負わされていた? そうですよね? 園生 利喜さん」
「あ……、あぁ。俺の家はもともと杉藤を補佐する家系だったんだけどな」
痛みをこらえる表情の利喜はぽつりと呟いた。
「うちの中はずっと地獄だったさ。兄貴が執拗に貴子さんをいびってたのも、好意とは別として俺たちに重い枷をつけた杉藤家への恨みもあったのかもしれないな」
「え、もしかして緑君も?」
「いいや。兄貴が許さなかった。つーか、兄貴の場合も、なんつーか諸事情ってやつで、当主になるための必要な訓練が中断されちまった。兄貴が当主になって、園生が傾いちまったのも多分、中断されたのが原因だろうな」
「……その訓練って、命の危険が伴うものなの?」
「いや。命に別状はないけど、最悪の場合は廃人になる」
利喜の口から出た言葉に、福田は絶句して葉山は興味深そうに目を細める。
「ほら。うちのは杉藤の施設や土地も管理しているから、おこぼれにあずかろうとしているヤツラが多くて誘惑も多い。だから、ガキの頃から催眠や暗示をかけて、そういう誘いに乗らないように教育されてきたんだよ。体が成長すると、暴力や拷問で脅されるケースも視野に入れて、護身術や痛みに耐える訓練もするようになった。……今考えると、異常だけどな」
「暗示や催眠って……それじゃあ、洗脳じゃない。学生時代はそんな風には見えなかったけど」
「あのなぁ、狂人が狂人の顔をして学校来るかよ。……ま、兄貴やオレの訓練は、その当時の奴らが一斉に死んだことで中断したのさ。ほら、例の杉藤貴子の呪いだよ」
「またそんなことを……」
呆れたような声を出す福田を無視して、利喜はどこか投げやりに肩を落とした。
「呪いだよ、あれはそれしか説明がつかない」
「それで、園生さんたちご兄弟は訓練が中断される形で、家の仕事を任されるようになったと?」
話を促す葉山に、利喜はどこを遠い目をしてため息をつく。
「兄貴は当主になって気が大きくなっちまったんだろうな。いろいろ頭を押さえつけられていた反動もあったし、目の上のたんこぶだった老人たちも、次々と死んじまった。あとはご想像通りさ。外国人の女に騙されて、緑が生まれても、改まるどころか増々増長して……なにもかもめんどくさくなって、オレは逃げた」
逃げたんだけどなーと、甥の手紙を見て、手紙を持っている福田を見る。 自分たちは知らないうちに、先の見えない道を歩かされていた。行きつく先で待っているのは【ろくでもないこと】なのは理解している。
逃げるには歳をとりすぎた。なにもかも失いすぎた。余計な知識が増えすぎた。そして、杉藤 俊雄が引き起こした事件によって、共犯者となった友人たちの名前も匿名というオブラートが破られて世の中に浸透し、世間的にも逃げられない状況になってしまった。
「その訓練に関わっていたのは、園生家のみでしたか? 外部の専門家も招いたとか」
「外部か微妙だけど、暗示や催眠の訓練はよく五代家と合同でやっていたな。山中崎を牛耳る病院だし、警察からの検死の依頼も引き受けているせいで、下手したら園生家より誘惑が多そうだ」
「そこで知りたいことがあるのですが、五代家には公博君の上にお兄さんがいたはずだ。どうして大人たちは、五代家の長男を杉藤俊雄に引き合わせなかったんだろうね?」
五代家の長男であり、正妻の息子である五代 幸博。本来なら五代家を継ぐ立場であり、杉藤 俊雄を補佐する立場だった男だ。本来の道を外れた彼は、1999年に起きた杉藤家子息誘拐事件に関わったことで実刑を受け、出社後に行方をくらませている。殺されたという噂も流れたが定かではない。
「あー、そりゃあ。貴子さんがストップをかけたからって話だよ。その当時の貴子さんは杉藤家の当主だし、未来が見える能力者だって一族の間で認知されていたんだ。五代家の長男と杉藤俊雄を引き合わせた結果、なんかしらの不都合があったんだろうって、みんな疑問にも思わなかった……まぁ、そのせいで正妻の方は荒れたみたいだけど」
貴子と五代。自分の知らない話に、福田は胸を締め付けられる。自分は貴子の望みに従った、自分から貴子に会おうとすることもしなかった。自ら動かずに関わらなかったことで、自分はなにを守ろうとしていたんだろう。交わらなかった現実の重さが、老いた体にのしかかってくるようだった。
ちりちりとしたものを顔に感じて、顔を少しあげると葉山の視線とぶつかった。老いても尚精悍さを感じさせる顔つきに、下世話ないやらしいシワが浮き、福田の懊悩を見透かしているように意味ありげに笑っている。
「その五代家の長男君と次男君は訓練を受けていたのかな?」
「はぁ、先生は杉藤 俊雄と一緒に、ガキどもの面倒見ていたんだろ? 本人たちから聞いていないのか?」
いらいらとした様子の利喜は、黄ばんだ歯をむき出しにしてテーブルから身を乗り出す。葉山は慌てた様子もなく、むしろどこか面白がるように余裕がある態度が、福田と利喜と映す眼が、福田には得体のしれないものを感じさせた。奈落の穴を感じさせる、深く不吉な瞳だった。
「聞いてませんね。本人たちも話したがらないでしょう。子供というのは傷つきやすい存在です。例え自分が被害者で相手が加害者で悪い立場であろうとも、大人たちの見る目が変わることを、子供たちは耐える力がない」
「チッ」
「そこで興味深いのは、五代 公博に関して虐待疑惑が持ち上がっている点。けれども、それが訓練の一環だと認知されているのなら周囲は助けようと思わない。まぁ、私の見立ては虐待は二で七割が訓練だとみている」
「あの、それじゃあ残りの一割は?」
「自演さ」
葉山の言葉に、利喜は一瞬あっけにとられた後、ゲラゲラ笑いだした。
「おいおい、それこそ冗談だろう! いくらなんでもそれはありえないって」
利喜は笑うが、葉山の表情は変わらない。
葉山は利喜を嘲笑うわけでも馬鹿にする訳でもない。ただ、事実だけを述べている。そんな風に見えた。
利喜は笑うのをやめて、どこか困ったような苦虫を噛み潰したような顔になる。
「緑ならともかく」
と、言い訳する様につぶやいてばつの悪そうな顔をする利喜に、福田は中学の頃の園生 緑の言動を思い出す。学生寮で起きた事件を、彼はさも自分が首謀者のように語っていた。
だが果たして、大の大人たちがそこまで騙されて、狼狽し、疑心暗鬼になるものだろうか。
福田はたしかに園生 緑に手を貸した。しかし、きっかけを作ったとしても、そのきっかけを何倍にも含ませる要因が確かにあったはずなのだ。
園生 緑の他に、五代 公博、早瀬という暴力団員の子供もいたが、当事者全てを巻き込んだ放火殺人に至るまで、他にも、杉藤俊 雄たちをたばかった後輩二人の拷問に関しても、どこか実態が希薄で、果たして本当に起きたのかさえ怪しく感じてしまう。
「ところで、ここまで話を進めて興味深い点が二つある」
葉山はそう言って指を二本立てる。
「一つは杉藤家を補佐する主要な家は、拷問じみた訓練と洗脳をすることが必須となっていた。けれども、園生さんの世代では、訓練を主導する人物が途中で不在となったことで、中途半端な形で訓練は中座された……、そこで気になるのは杉藤 貴子だ。彼女は杉藤家の当主となったからには、訓練を受けたのだろうか。そもそも杉藤家の当主となる条件はなんなんだ?」
話を促すように立てた二つの指を、伸ばして折り曲げる仕草をする葉山。福田はその仕草に、見ていて臓腑が嫌な音をたてた。言いようのない不快なものがあった。
「わるいが、それについては正直分からない。そもそも、彼女が杉藤顔になるなんて予想外だったからな。兄もだれも想像なんてしちゃいなかった。まぁ、それで「はい、次の当主になってください」……なんて、気軽に代替わりできるわけでもない。必要最低限の条件として、杉藤を後援している老人連中に認められるぐらいしないと、当主になれないだろうけど……」
そこで表情を曇らせた利喜は、なにかを思い出したように息を呑んだ。
「そういえば、当主になる前に貴子さんは療養に出てた。二年ぐらい山中崎を離れていて、その間になにをしていたのか、いろんな噂が流れていたけど、誰も詮索しようとは思わなかったな」
「ほう」
「……貴子」
胸が痛い。砂糖が焦げ付いて、苦い味と匂いが広がっていくような不快感が体中に広がっていく。
私の、せい?
もともと貴子は当主なんて興味がなかった。彼女の背中を押したのは自分であり、善意のはずが自分の余計な一言で、貴子は療養を余儀なくされたというのか。
「その噂の一つには、こういうのもあったんじゃないか? 【子供が出来た】って?」
「――!」
「はぁ、お前が何で知っているんだよ」
「そんなのはよくある話さ。それに、権力を持つ人間が人を試す側にまわった時の悪趣味さは、私の方がよく分かっている。そう、嫌ってほどにね」
「――うっ」
福田は吐き気を堪えて、口に手のひらを当てた。
親友の身に降りかかった最悪の事態を想像して、自分の無力さと、その場にいることが叶わなかった、過去の自分に黒い感情があふれてくる。
そうだけど。だとしたら……。
「貴子は子供を二人も産んだってこと……」
呆然と呟いた福田に、利喜はぎょっとした表情になり、葉山の方は満足げに頷いて見せる。
「そう、個人的な興味で調べたのだが、子供たちはいずれも養子にだされたのが確認できた。最初の子供……つまり後援会に認められるために、偶発的にできた子供が一人、そして彼女の療養生活をバックアップした縁なのか、数年後に五代家の当主とも関係を持って生まれてきたのが一人……そう、五代 公博は杉藤 貴子の子供だよ」
「なっ……、本気で言っているのかよ! そんなこと、あの和樹が許すわけないじゃないか!!!」
「許すもなにも事実さ」
「……っ!」
おぞましいと感じてしまった。そして痛ましいとも。
確かに学生時代、五代君は貴子を庇おうとしていた。物言いたげな瞳で貴子を見て、まとわりつく羽虫のように眼で追っていた。
思い出して全身に鳥肌が立ち、握っていた手紙にシワが寄る。
「杉藤 貴子が最初に産んだ子供をAとしよう。奇妙なことに、彼は謎の失踪を遂げている。しかも、杉藤 俊雄の高校生時代に起きた、五代 公博の誘拐で襲った警官が、つまりAさ」
「はぁっ! なんだよそれ! もうわけわかんねぇよ」
利喜の叫びが遠くに感じた。強烈な眩暈を覚えて、視界が白く染まり始める。なにが嘘でなにが本当か分からない。ただ分かっていることは、次に目覚めた時にはさらなる地獄が待っている。
……ただ、それだけなのだ。
【つづく】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?