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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_63_20代編 05

 盗聴器を撤去したことで、相手は僕たち――というよりも、警察を警戒するだろう。防犯カメラの映像は抑えてあるし、僕が被害届を出せば、すぐさまナンバーズレートは十条と冴木を警察に差し出して、トカゲのシッポ……と、奴等の筋書きを見越しつつ、住職の日野も含めて四名の人間を確保しなければいけない。

「お忙しい所、申し訳ございません。日野さん、杉藤です」

 僕は礼儀正しく、それでいて若者特有の無邪気さを装って、少し気安い口調で電話をかける。

「あ、はぁ、その節はどうも。どういったご用件ですか?」

 電話口から聞こえる戸惑いと警戒心を滲ませた声。日野自身、僕に後ろめたいことがあるからこそ出来る隙に、僕は心の中で舌なめずりをする。僕の個人情報を売って、自分を客観視せずに真っ赤なアルファロメオを乗りまわす、身の程をわきまえない俗物には鼻薬はなぐすりを嗅がせる限る。

「じつは園生家に管理を任せている不動産の一部なんですが、年々園生家だけでは運用が厳しくなってきましてね」
「あぁ、はい。存じております。代替わりしたとはいえ、なんとも厳しい現状だとか」

 日野の声は、明らかにこちらを下に見たものだった。

 まぁ、それも仕方がない。

 僕だって当主になってから、園生家がどんな状況なのか具体的に知ったんだから。
 本来は園生家も含めて五家が、山中崎の山や土地を杉藤から管理を任されていたんだ。それが一家だけになってしまったうえで、本家筋しか生き残っていない。
 つまり、僕と同じ状況なんだけど、僕と彼で圧倒的に違うのは、園生くんのお父さんが欲を出してしまったことだ。

 金の卵を生むガチョウが四羽、無防備な状態でチョコチョコ歩いていたら、誰だって目の色を変える。そして後悔するんだ、金の卵を産ませるにはそれなりのコストがかかることに。そのコストとは時間であり、金であり、人手である。

 もちろん、園生家もそれなりに人員を外注したり、投入したりして、資産の運用を行っているらしいけど、それでも追いつかないくらい、管理が追い付かない上に、不動産収入が減ってきているのだそうだ。
 それなのにも関わらず、園生くんのお父さんの浪費が激しい上に、見当違いのの投資を繰り返して(杉藤の土地なんだけど、かわいそうだから黙認している)さらに借金を増やしたのだという。

「そこでですね、日野さんにぜひ協力していただきたいのですよ」
「私がですが。それは」
「現当主が日野さんを紹介したのは、恐らくそういう事情もあるのでしょう。私に貴方を紹介して、一緒に杉藤の土地を運用して欲しい……と」

 電話口から息を呑む気配が伝わってきた。
 まったく胡散臭い話だというのに、日野は僕のいうことを警戒しながらも信じ始めているようだ。

「どうでしょう? 最近は中国人に土地を貸すところも増えていますし、廃墟ホテルはリフォーム代をかけるだけですみます。土地の運用は杉藤家の命綱でもありますので、バックアップは手厚くすると約束いたしましょう。日野さんのお友達にも、良い話だと思いますが」

どうでしょう?

 と、僕の口から飛び出した【お友達】という単語に、日野が絶句したのが、震えるような気配で伝わってきた。
 おそらく今、電話口の向こうでは、僕の思惑を必死になって考えているはずだ。僕は畳みかけるように言葉を続ける。

「そうです。日野さんのお友達にも、是非とも伝えていただきませんか? 早瀬組にも教えていない、良い情報儲け話がありますよ」

 明らかに、日野は動揺していた。僕がなんで日野のバックにいる【知られたくないお友達】の存在を知っているのか、わかりたくないのだろう。

「僕の個人情報を裏で売っていたことは、チャラにしてあげるから、ムダな手間をかけさせないでね?」
「さぁ、なにか誤解があったようですが、困りましたなぁ」

 平静さを取り戻そうとする言葉遣いが、かえって日野を追い詰めているようだ。
 いつもの調子、いつもの自分、あれ?
 普段の自分はどんな話し方をしていたっけ? て。そんな風に。
 日野は自分で自分を追い詰めて、自分で首を締めていく。だって、日野にとっては僕がまさか、そこまで掴んでいるなんて思わなかったのだろう。

 杉藤家の力なんて2000年と10年も経過した現在では眉唾、杉藤顔も単なる遺伝上のバグ奇形だって切り捨てることができる。
 山神の遣いを自称するほどの神通力なんて、日野は信じていない。僕が匂いを介して、人の心や記憶をのぞけるなんて思わないだろう。
 見えない力を信じない。だからこそ、怖くなる。

「ご検討いただければ幸いです。もし、応じてくださるのなら盗聴器の件も不問にいたしますし、そちらにも利益がある取引になるはずです」

 自分が知らないところで、自分の秘密が漏れているかもしれないという恐怖は、人を狂わせるほどに強力だったりする。

「え、とうちょ、ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」

 だから、日野は慌てて取り繕うように言葉を紡いだ。自分のせいで盗聴器が仕掛けられたなんて、彼にとっては寝耳に水、あずかり知らぬこと。個人情報をヤクザに売って、その売られた相手がどうなるかなんて、想像する人間なんていない。
 その相手がどんな不利益を被るのか。
 その相手がどんなトラブルにまきこまれるのか。
 その相手がどんな理不尽に巻き込まれるのか。
 
 本当に知ったことではない。

 日野は単純に金が欲しかっただけだ。支払われる報酬にのみに、興味が集中していたから狼狽える。

「ナンバーズレートの社長はお忙しいようですから、副社長の干野さんにお取次ぎ願いましょうかね? 日野さんも交えて優位意義な話し合いが出来ることを私は望んでいます。そうですね、場所と日時は――」

 僕は勢いのままに、一方的に日程と待ち合わせの場所を決めた。彼らに馴染みのある店名をだして、彼らにとって安心できる、一番居心地の良い場所を指定してやる。そこが地獄の一丁目になるとも知らずに。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 11月に入って、ようやく山中崎は夏の暑さから解放されつつあった。
 遅れてきた秋の風は、さわやかさの中に若干の冬の刺すような冷たさを含んでいる。まるで狂った季節を調節するかのように、本来の季節の本来の気候に戻そうと自然界がバランスを取ろうとする動き。だけど、そんな大自然の健気な活動なんて人間様には関係ない。
 今日も今日とて、人は盗んだり、騙したり、殺したり、その反対に愛したり、生かしたり、許したりする。

 僕は殺す側かな? それとも。

 僕は指定した店に、指定した時間の15分前に着いている。
 金曜日の夜。市街地の裏手にあるスナック【アリサ】。木造の二階建てで、一階はバーカウンターになっている。僕が扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴る音がした。カウンターの奥では、ママさんらしき中年の女性がグラスを拭いてる。顔立ちは整っているけど、美人という感じではない。髪は長くて黒々としていて、毛先だけパーマを当てている。

「こんばんは。二階の席を予約している杉藤です」

 僕は無害さを装った笑顔の仮面をつけた。ママさんは横目で僕を見ると、ママさんの方も、嘘くさい微笑みを浮かべながら声を上げる。

「はい、お待ちしていました」

 薄暗い照明のせいなのか、ママさんの唇が肉色の毛虫のように蠢いて見えて、僕はなんだか彼女に親近感を覚えてしまった。こういう隠しきれない醜さを受け入れる後天的な素直さは、外見至上主義のこの世界に生きるためには必要なのだから。

「あらあら、それでは――」と、ママさんはわざとあざとい声を出す。

 僕の挙動にあわせた絶妙なタイミングで、ママさんがカウンターから僕の所に移動して、すだれで入り口を半分隠している階段へと僕を誘導する。
 先導するように階段を上るママさん。前に突き出ているぷりぷりのお尻に、恐らく多くの男が夢中になった。マシュマロを思わせる肉に包まれた体に、袖のないあずき色のドレスがよく似合い、滑稽さと色っぽさを計算に入れたファッションが僕の好感度を上げていく。

 久々に女性を相手にしようかな。
 応じるかどうかは別だけど。

……そんなことを考えているのは、僕が現実逃避をしたいからなんだろうけど。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 二階に上がると、お酒の匂いとは別のどろりとした匂いが僕の鼻腔をくすぐった。
 ママさんがドアを開けて部屋に入ると、細長い空間に壁に沿ってソファーが配置されて、大きいテーブルが中央を陣取っているのが見える。部屋の隅にはカラオケのための小さなステージがあり、カラオケの液晶テレビとマイクと機材が、まるで部屋のインテリアの一部みたいにして置いてあった。

「へぇ、カラオケがあるんだ」

 僕は無邪気なボンボンキャラを頭に入れながら、面白そうに声をあげて、大きな瞳を輝かせてみせる。

「えぇ。デュエットを御所望でしたら、あとで下の階に電話をくださいね。良い子をそろえておりますので」

 そう言って、入り口の横についている子機を僕に指さして笑うママさん。少し意地の悪い笑顔に、この部屋の本来の使われ方をうっすらと察すると、僕は自然とママさんの丸い頬に手を伸ばした。

 ちょうど口説こうと思っていたし、別にいいよね。

「ねぇ。僕、このお店が初めてだから、ママさん、いろいろ教えてよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おい。お前っ、なにをしている」

 と。良い所で、ドスの効いた声が割って入った。僕は、内心舌打ちをしながら振り返ると、階段の辺りで短髪の男が立っていた。短髪の男は大柄で、後ろに隠れるような形で、スーツ姿の日野の姿があり、続いてチンピラ風の若者が二人顔をのぞかせている。そういう僕は、シックなAOKIのビジネススーツだ。海外ブランドもいいけど、やっぱり相手の第一印象を操るには身だしなみが手っ取り早いよね。そこそこ良いスーツを着て相手の油断を誘う、外見しか判断できない人間は、相応の因果がめぐるんだ。

「あら」

 僕はママさんから身を離すと、ママさんは自然かつ神妙な様子で静かにその場を去っていった。どうやらこのママさん、僕が思っている以上に場数を踏んでいるらしい。

「おうッ。お前が杉藤家のバカボンボンか。大事な話し合いの前に女を口説くたぁ、良い度胸だなッ!」

 短髪の男が威勢よく僕に向かって一歩踏み出す。その動きにあわせて後ろにいるチンピラたちも前に出てくる。後ろにいる日野は顔を青ざめて、縋るような視線を僕に送って両手を合わせていた。

 まったく、良い性格しているよ。

「えぇ、とても魅力的でしたから、口説かずにはいられませんでした」
「バカかお前っ! いや、バカだ、大馬鹿だっ! うちの舐めているんだろう。まったく、世間知らずのボンボンが考えそうなことだ」

 そう言って、短髪男が眉間にしわを寄せて僕を罵るが、その言の葉ことのはには怒りよりも呆れの感情が強く込められているように聞こえた。
 僕はそれを挑発だと受け取らず、素直に受け止めて、笑顔で返す。

 バカなボンボン上等! というか、バンザイっ!

「まぁいいっ! オレは干野で、サングラスをかけているのが十条! かけてないのが冴木だ! 本当はコイツラに用があるんだろう? あぁんっ!」
「あははは……顔が近いですよ」

 僕は苦笑いしながら、男の顔を押しのけるようにして手を伸ばす。だけど、干野はそんな僕の態度が気に入らないのか、僕の手首を掴むと、力任せに握りつぶそうとする。思った以上に短気で感情的な行動だ。
 僕の個人情報を活用して、盗聴器を仕掛けたり詐欺を働こうとしているから、じつは頭脳派じゃないかと思っていたんだけど、実態は僕が考えているよりも血の気が多く行動派らしい。
 だとするなら、僕は彼らの流儀に従うとしよう。

 僕は慌てずに自由な方の手で、僕の手首をひねりつぶそうとする干野の手首を掴み――。

「い――」

 万力のようにぎりぎりと締め付ける。

【つづく】

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