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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_91_現世編 09

――公博、お前何やっているんだよっ。

――なにって、杉藤のふりだけど。

――だからって、ここまで似せるなんてバッカじゃないの。頭がおかしいよ。

――バカなのはお前だよ緑、杉藤はそこら辺にいる、いつどこで消えたとしても誰にも気づかれることのない――その他大勢と一緒にしないでくれ。そんな大物の人生を乗っ取るんだ。それぐらいやらないと、いつかバレるぞ。

――だからって、わざわざとっしーまでやるなよ。しかもバズっているじゃないか。

――そうだよ。当然じゃないか。杉藤はそれぐらいのポテンシャルがあったのに、杉藤自身が私のアドバイスをことごとく無視したんだ。私がしたことは、杉藤のあるべき姿だよ。

――そういうこといってんじゃない。なんでそんなバカなことするんだよ。

――バカなのはお前の方だよ。自分のしたとこの重大さを理解しないで、ただただイイトコドリが出来る甘い認識なら、緑……君の殺した親父さんと君は同類だね。いい加減、腹を括れよ。兄貴もそろそろ出所するから、私の代理代りになってもらうし、坂白の方も腹を括らせる。一蓮托生。私たちはずっと許されない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 逆整形?
 なんだって、なにを言っているんだ。

「お前、そんなことで葛西 真由を殺したのか」
「だから、殺したのは杉藤だって」

――パンッ。

 右頬に強い衝撃が走ったと思ったら、次にひりひりとした痛みが衝撃を中心に赤く広がってくる。皮膚を焼くような激痛に視界の赤味がさらに赤くなり、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなった。

 濃厚な血の匂いと赤い視界。
 そう、いつも自分が直視してきた地獄。嘘の神が作り上げた臓物の世界。胃袋の形をした神様は人の不幸を咀嚼して、天使たちに美しい歌を歌わせているんだ。

「だから、お前が殺したようなものだろ。葛西 真由はお前が殺したんだ」

 感情のこもらない本田の声に、ぼくは頬を張られたのだと理解した。理解したと同時に。

――パンッ。

 左の頬に大きな手のひらが食い込んで、えぐりこむようにスイングした。

「痛い、違う。殺したのは、杉藤。殺したかったのは杉藤。だけど、すべての殺しの原因は、ぜんぶぜんぶ周りが悪い」

――パンッ。

 三発目が右の頬に叩きこまれた。

「わからないのか? ぼくは、ぼくたちは被害者だ」
「わからんよ。ほとんどの人間は戦争でも起きない限り人は殺さん」

――パンッ。

 訴えは反論と暴力がセットで叩きこまれる。
 右に左に無慈悲に正確に。

――パンッ。

 本田の瞳に感情の色がなく、五代の頬を叩く表情も死んだように変化がない。なのに暴力を繰り出す手のひらは、熱く、燃え滾るマグマのようにどろりとしたものを感じた。怒りとはちがうもっと根深いもの、同時に感情を完璧にコントロールすることで体得された、計算しつくされた暴力。

 眼前の男は言葉で通じないとわかったからこそ、暴力と痛みで五代の心を屈服させたいのだろう。

「お前は、思い込みと身勝手な理由で葛西 真由を殺したんだ」
「ちがうよ、自業自得だよ」

――パンッ。

「殺されることが自業自得なら、世界の犯罪はすべて自業自得だ」

――パンッ。

「殺さないといけない連中がいる。普通の顔をしていながら、醜い欲望で人々の暮らしを脅かす奴らを、杉藤は放置できなかったんだ」

――パンッ。

「それは警察の仕事だ」

――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。

 五代は容赦なく手を挙げた。暴力の有効性を知っているからこその暴挙。八幡はただ見守り、タブレットの画面は空席のままだ。

 痛い、痛いよ。このままじゃ……。

 自分がこの男に屈服されるなんて許されない。世界の真理を説いているのに、本田は世間の矮小な価値観を元に、現実を受け入れようとしないのだと、五代は内心憤る。

 痛みに翻弄される五代は呼吸を整えて、へその下にある丹田あたりに力を籠める。息を蜘蛛の糸を吐くように薄くはき切り、丹田に風を吹き込むイメージを浮かべて痛みを体の外へ逃すように肉体を緩めようとするのだが。

――パンッ。ブチィッ……。

 頭の奥で、まるでコードが引きちぎれた音が聞こえた。

――パンッ。

 痛みと破裂音、臓物の中のような世界の中で。火花のような金粉が舞っている。

『整形手術もそうだけど、あなたの身体はすでに限界を迎えているわ。不自然な状況がずっと続けば、ゆがみはいずれどこかで破綻する』

――パンッ。

 頭に響く福田の声が虚しく響き、幼い杉藤 俊雄と手首から血を流している葛西 真由が手を繋いでいるのが見えた。葛西真由の顔は豚の頭ではなく、金魚を連想させる容貌で、思わず庇護欲を掻き立てられるほどかわいらしい。

 かわいらしい。ぼくが、このぼくが、あんな女を認めたというのか。
 こんなことゆるされないっ!
 ぼくは認めない。
 ぼくは、ぼくはっ。

 逃れない痛みと残酷な現実。
 世界は赤く、暴力は黄金のような煌めきを放っている。

 ぼくは、ぼくは……。

「いいかげん認めろよ。お前の罪を」

 罪ってなに?
 ぼくは杉藤のためをおもっていたのに。
 全部が全部、汚くて嘘ばかりで醜いモノだらけのこの世界で、懸命に生きているぼくたちの存在こそが、純真無垢で至高で美しいというのに。

――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。――パンッ。

 痛みが走るたびに、感情が汚いもので淀んでいく。ダイヤモンドのように強度を保っていた思考があっさりと崩れて、過去の亡霊たちが思考の隙間に入り込もうとしている。

『先生。ワテはどう考えてもとっしーが真由を殺したなんて、信じることができないんや。とっしーは優しい男や。途端にめんどくさくなって、全部投げ出すようなヤツやない。先生、とっしーは……』

『もういやだ! みんなみんなお前のせいじゃない。いつまでもこんなこと続けて、なんになるのさ。正気に戻ってよぉ、公博』

『なぁ、ゴー。杉藤だけじゃない、お前、俺の頭もいじったのか? なぁ、嘘だろ? 嘘と言ってくれよ。俺たち友達だろ?』

『貴方がどう頑張ったって、あの人になれない。あの人の代りがこの世にいないように。あなたの代りがいないように』

『五代くん、君の気持は嬉しいけど、もうこんなことやめよう。結局、僕たち男同士じゃないか。恋人はおろか、結婚なんてできないよ。それに僕は真由を愛しているんだ』

 うるさい、うるさい、ぼくの言うことを聞け。
 ぼくはいつだって正しい。
 ぼくは杉藤 俊雄を愛していた。貴子さんも大切だった。
 選べることが出来なかったからこそ、ベストを尽くそうとしたんだ。せめて自他の区別がつかなくなってしまった俊雄が、なにをしたかったのか理解するために。

……けれど。

「ごめんなさい」

 この肉体げんじつはいつも自分を裏切ってきた。
 結局、自分杉藤 俊雄になれないし、俊雄の願いが分からない。

 あぁ、永遠に××が埋まらない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 数時間前 山中崎 長奈村

「ふむ、杉藤 貴子の呪いか。園生 緑の手紙にもあったが、話を聞けば聞くほど面白い」

 リビングで静かに話を聞いていた葉山は、考え込むように頬杖をついてため息をつく。

「しかし未来予知というよりも、杉藤 貴子の断定的な物言いと呪いと呼ばれる大勢の死者を出した影響を考えると、予知ではなく未来を設定する能力に近いと私は思う」
「……なぁ、先生。オレは呪いが今でも続いていると思うんだ」

 トイレから戻ってきた園生 利喜そのう りきは青い顔をして、項垂れつつも縋るような視線を葉山に向けた。
 すこし距離をとり、離れた場所のイスに座ってお茶をのむ福田は、自分に火の粉が掛からないように安全圏を確保して二人の会話を聞き流す。今の葉山と利喜の関係はカウンセラーと患者というよりも、詐欺師と鴨ねぎのような関係に近い。

 杉藤 貴子の呪いを信じていない福田にとって業腹ではあるが、考えてみれば利喜はある日突然、身内のほとんどを亡くしたのだ。その当時の心情を想像すれば、己の了見の狭さを恥じ入り神妙な同情心がわいた。

「なるほどね。確かに得体のしれない呪いが今でも影響しているのか、それを確かめる手段はない。しかし、彼女が運命を設定し操作する能力者のうりょくしゃだと考えるのなら、二つの注目すべき点がある」

 利喜の言葉を肯定して、自分の考えを述べる葉山の声は落ち着いているが、老眼鏡の奥にある瞳には下世話な光が輝いている。自分の言葉が相手にどれほどの影響をもたらしているのかを知り、一人称を「私」に変えて優秀なカウンセラーの皮を被る葉山。わずかに顔色が良くなる利喜に歯がゆさを感じつつ、福田はなぜこの男の挙動がいちいち気に障るのかを考えて、ようやく自分なりの答えに辿り着いた。

――この男は自分が神になったつもりなのだ。
 人の不幸を糧として、善意を装って甘い蜜を啜っている。
 理不尽に打ちのめされている相手に対して、味方のふりをして自分の思い通りにコントロールしようとする存在。

……人はその存在を悪魔と呼んだ。

「一つ、どうして彼女は死ぬ必要があった? 運命を設定し、操作する能力があるのなら、自分の死の運命を変えることも出来たはずだ。園生さんの話を聞くと、彼女は自殺だったのだろう?」

 自殺という言葉に、福田の肩がわずかに震えた。本音は知りたくない。けれども自分は知らなければいけないような気がするのは、すでに葉山の術中にハマっている証拠か。

「二つ目はなんで自殺したのかだ。第一発見者は誰だったのか教えてくれないかい?」
「……それが」

 言葉を濁す利喜は気まずい表情を作って、白髪にそまった後頭部を掻く。

「多分、緑か義姉イザベルさんあたりだと思うんだ。兄貴だったら、ベラベラそのことを自慢げに話しているだろうし」
「ふむ」

 短く頷いて考え込む葉山は、しばらくしてから、おもむろに口を開いた。

「もしかしたら、彼女の目的は園生 緑かイザベルに、自分の自殺した姿を見つけさせることだったのか」

 葉山の口から出たおぞましい推測に、福田は息をのみ、利喜はせっかくよくなった顔色をさらに悪くさせた。

「園生緑の手紙には、幼い頃に自分たちは杉藤の霊園から杉藤 貴子の骨壺を盗んだことを告白している。友達の大川くんに脅されたと書かれているが、その部分がとてもあやしい。

一つ、園生 緑が頑なに拒絶して、最後に大人たちに告げ口すれば彼らは霊園から骨壺を盗むことはなかった。

二つ、イザベルさんが子供たちの不自然な動きを察知していて、見逃していたと考えることもある。

三つ、盗んだあと、園生 緑が親たちに告げ口して骨壺を取り返すことが、いつでも出来た。

……つまり、幼い彼らが骨壺を盗んでかつ所持し続ける成功率は極めて低いんだ。とするなら、成功させた理屈の裏側では、彼女は生前、杉藤の霊園に自分が葬られることを拒絶していて、そのことが園生 緑とイザベルの意識に強く刷り込まれていた。そこで彼女が自殺し、悲惨な姿を二人が発見したとしよう。とてつもない罪悪感が根を張って思考が制限される」

 福田は信じられない思いで頭がいっぱいだった。

 自分の死を利用して、貴子は自分の願いを叶えたというの?

「……そんなのってあるのかよ」

 いで呆然と呟いた利喜の声が、リビングに虚しく響き渡り、周囲の温度がわずかに下がった気がした。自分を殺してまで叶えようとした願いは、周囲をまきこんで多くの人間の人生を狂わせてしまった。
 そこまでして叶えようとした彼女の願い、妄執を想像して改めて背筋に冷たいものが走る。

「さらに骨壺盗みを成功させたことで、幼い杉藤 俊雄たち危うい成功体験を手に入れてしまったな。死生観と死者を冒涜する忌避感、大人たちに嘘をつくこと、バレなければ大丈夫な考え方、……杉藤 貴子はまったくもって罪深いことをしたよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「さて、話題を少し戻すことにしよう。杉藤貴子の能力を考えるのならば、本来あるべき未来が見えていたはずなんだ。杉藤貴子の力が死後も影響を与えているとするならば、大幅に本来の道筋とは離れていることになる。まるで両端を引っぱり合っている輪ゴムみたいな状態だ」

 そう言って、どこからか輪ゴムを取り出した葉山はピースサインを作って輪ゴムをひっかけた。テーブルに落ちる影がYの字に〇を描いて、まるで山中崎みたいな地形となったのはただの偶然か。

「だが、その引っ張る力はどこから来ているのか。答えはおそらく杉藤 貴子の呪い……。運命を設定する代償は人の命だと考えられよう。そこで自分の命も勘定に入れて、膨大なエネルギーが今もなお働いる。輪ゴムという名の世界を引っぱり続けて、不自然な状態で維持されていると私は推測する」
「あの、それってもしかして、かなり危険な状況なんじゃ」

 葉山の言葉を鵜呑みにする利喜に対して、葉山は「大丈夫」と優しい言葉をかけた。笑みを深くして親身に相手を思いやる姿に、福田は底知れない嫌な予感を覚えた。

【つづく】

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