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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_18_小学生編 07

 暗闇の中を僕たちは歩く。地面に落ちた葉っぱを踏む音、土を蹴る音、枝を踏む音がやけに暗闇に響く。

 懐中電灯を持って先頭を歩くのは五代くん、真ん中に大川くん、一番後ろは僕だった。重たいリュックを背負って、体中を汗まみれにしながら、僕は二人の足を引っ張らないように必死に体を動かす。

「俊雄、大丈夫か。荷物持とうか?」
「大丈夫。これ以上、大川くんの荷物を増やしたくない」

 だって、大川くんは自分のリュックだけじゃなくて、園生くんのリュックも持っているから。

「変な遠慮するなよ。オレは配達の手伝いで慣れているから。おい。ゴー、ちょっとストップ」
「わかった」

 五代くんは足を止めると、懐中電灯で僕たちを照らした。

「うわっ、まぶしい」
「いきりなそっち向けるなよ」
「ごめんごめん」

 申し訳ない。そんな重たい気持ちに押しつぶされそうになった。二人の気遣いに感謝しつつも、園生くんは今、どうしているのか考えると、死にたくなった。

「お前、なに今にも泣きそうな顔するんだよ」
「ごめん」

 もう、それだけしか言えない。自分のせいで、誰かがこんなにも危険な目に遭うなんて、考えたことなかった。

「安心していいよ。私は貴子さんを信じている。私は死なないし、緑も今、死ぬことはない」

 だけど、大怪我をする可能性があるじゃん。と、僕は叫びそうになって口をつぐんだ。かわりに、涙が目から勝手にだらだら流れた。

「あー、泣くなよ。それなんだけど、どれぐらい信用できるんだ?」
「100パーだよ。変えようとする強い意志がない限り、貴子さんの予知は外れない。脅されたとはいえ、アイツは骨壺を一緒に盗んだんだ。そんなアイツが、運命を変えようとするほど強い意志を持っているとは思わない」

 思ったんだけど、五代くんって、園生くんに対して時々辛らつだよね。園生くんのことが嫌いじゃないんだけど、たまに態度と言葉が棘を出す。

「そういう話をするってことは、運命が変わった時ってあったのか?」
「あ、確かに」

 大川くんに指摘されて、僕も五代くんの話の矛盾に気付いた。
 五代くんは100パーだと言っているのに、一方で「変えようとする強い意志がない限り、貴子さんの予知は外れない」なんて「外れたことがある」といっているようなものだ。

 大川くんは、僕のリュックから荷物を取り出して、自分と園生くんのリュックに慣れた手つきで荷物を詰め込むと、やや胡乱気《うろんげ》に五代くんを見る。
 真意を探るというよりも、会話を促すような、そんな静さで。
 わずかな間をおいて、五代くんは口を開いた。

「……それは、貴子さんが、過去に事故で死ぬ予定の友達を救おうとしたんだ。だけど、その友達を助けたら、死ぬ予定じゃない人たちが大勢死んだ。運命を変えると、変えた分の修正がかかるんだってさ」

 一人を救う代償が大勢の命。
 命だけではない、成果も復讐も、巡り巡って望んだ結果をもたらしたりはしない。それほどまでに、人間は簡単に単純に、たやすく運命を変えることが出来ないのだ。

 なんだか、その話に既視感《きしかん》を感じた。
 涙を手の甲で拭いた僕は、不思議な符号に妙な落ち着かない気分になる。
 そうだ、今の状況だ。
 熊谷が遠足を休まなかったら、熊谷一人が遭難していた。
 けれども、熊谷が休んだことで、僕たち四人が被害に遭った。
 彼女が運命を変えたというわけではないが、相手が予想もしない行動をとることで、大きなアクシデントに発展するケースは、現実の世界でもよくある話だ。

「貴子さんは言っていたんだ。時間の流れは本来は、未来から過去に流れているって」
「はぁ、わけわかんねーんだけど」

 また五代くんによる貴子さんワールド《あなたの知らない世界》が始まった。五代くんはしゃがみ込んで、落ちている小枝を拾い地面に一本線を引く。……いやいや、園生くんを助けようよ。

「だけど、流れを変えると一直線に流れる川の流れが、こんな風に分岐する」

 と、一直線の線の途中に斜めに線が走った。一つの川から二つに分岐した川だった。その形はどこかY字に似ている。

「だけど、本来は一直線で流れるから、分岐した川はなにかしらの力が加わって、また元の形に戻る」

 と、二つに分かれたY字の川が一つに川に戻ったことで、またY字に変化した。普通のYと逆さまのY字が向き合うように繋がっている不思議な線だった。

「わるい、ちょっと頭がごちゃごちゃしてきた。ドラゴンボールのトランクスみたいに、未来に世界が分岐するんじゃないのか?」
「その逆だよ。未来がたくさんあって、たくさんある未来の情報が過去へ一直線に流れている状態なんだ。運命を変える現象は、過去からたくさんある未来のうちの一つへ、強引に繋げた状態なんだと思う……と、ドラゴンボールやドラえもんを見て、僕なりに貴子さんの話を理解した結果なんだ。もうちょっと、私の頭がよかったら分かりやすく説明できたんだろうけど」

 そこで五代くんは盛大にため息をついた。もしかしたら、五代くん自身も、よく分かっていないのかもしれない。

「未来の私が、罪を犯すことを確定しているのなら、それを変えたとしたら、誰かが罪を犯すことになる。緑は弱虫だけどバカじゃない。未来を変えたらどうなるのか、うすうす気づいているはずだ。そして、罪を犯す未来を信じることが命綱になっているのだとするなら、アイツはなにがなんでも生きている。重罪を犯せるレベルの健康的な状態を保った状態で、だ。だから、私と緑に関しては心配しなくていい。むしろ、私は大川と杉藤が心配だよ。助かる保証がある私が傍にいれば、たぶん、大丈夫なんだろうけど」

 五代くんは持っていた枝を折って、メガネのレンズ越しに暗闇に目を凝らす。暗闇に多少目が慣れてきたが、夜空を覆う濃密な葉と枝のせいで、息苦しいような感覚に襲われる。

「だけど、僕は園生くんが心配だよ。体の傷は治っても、心が痛いのってずっと引きずっているもの」

 物心ついて初めて記憶した、母に向けられた殺意。痛みは薄まっているが、時折激しく痛んで僕に忘れるなと警告するのだ。僕と言う醜い存在がどういう存在なのかと。
 こんな状況で皆とはぐれた園生くんの心は、今、とても痛いと泣いているはずなのだ。

「……まったく君は」

 どこか呆れたように笑う五代くんは、枝を放り投げて、大川くんの手伝いに加わる。僕のリュックから荷物を取り出して、さらに自分のリュックの隙間に荷物をねじ込み、額から流れる汗を鬱陶し気に拭いた。

「そういえば、杉藤。匂いで追跡できないのか?」
「してみたんだけど、ダメだった。もしかしたら、パニックで頭が真っ白なのかもしれない」

 質問に答えて僕は疲れを感じた。園生くんの安否で頭がいっぱいになり、濁った川の流れに放り込まれたような放心状態に陥る。こんな悲惨な状況が確定された過去だとするならば、未来の自分たちはどうなっているのだろう。
 大人になった僕は、暗闇を彷徨う僕たちに対して、どんな気持ちを抱いているのだろうか。

――そう、僕は今、小学生時代の過去を回想している。この回想が、未来から過去に流れている情報だとするのなら、この回想で動いている僕は、誰も殺さない別の未来に行けるのではないかと、そんな栓もない希望を見てしまう。

「俊雄、ポカリ飲んで少し落ち着こうぜ」

 疲れた様子の僕に、大川くんがリュックからポカリの青い缶を取り出してきた。僕は礼を言って受け取り、プルトップを外すと、大川くんはプルトップを受け取って、自分のリュックからビニール袋を取り出してそこに入れる。取り出したビニール袋には、潰した空き缶が入っているのが見えた。このごみを捨てれば、さらに大川くんは身軽になるのに、大川くんはその場でごみを捨てずに、持ち帰ろうとしているのだ。僕はいつも、大川くんに驚かされっぽなしだ。

「大川、私にもポカリ」
「ほい」
「ありがとう」

 ポカリを飲んでいる僕を見て、五代くんも飲みたくなったらしい。大川くんが五代くんにポカリを渡そうとした時だった。

「あああああああぁ!!!」

 暗闇の彼方から悲鳴が響いた。
 園生くんの悲鳴だった。
 濃密な恐怖の匂いが僕の鼻を刺激した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 イヤダ、カエル、オウチニ、カエリタイ。
 カエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイカエリタイ。

 声のない園生くんの叫びが、僕の頭の中に反響した。

 鼻を突きさす匂いは、強い塩味と酸化して質が悪くなった油の匂いがした。胸やけする匂いと共に、僕の頭の中に、一つの映像が再生される。僕とは違うひょろりと長い脚が、水分の含んだ葉を踏んでずるりと滑り、そのまま体勢が崩れて斜面に滑り落ち……。

「こっち」

 僕はたまらず暗闇へ走り出した。園生くん発するの匂いの帯を、鼻でかぎわけて狩猟犬になった気持ちで追跡する。
 迷わないように、見失わないように茂みを無理やりかき分けて、足や腕に小枝が引っ掛かって無数の傷をつけていくがかまわない。そんなの、園生くんの精神的苦痛を想像すればなんてことはない。

 前髪をかき上げて、匂いの嗅ぎ漏らしが無いように、口に貼りついて邪魔なマスクを取り払うと、大量に新鮮な空気と森の匂いが僕に中に流れ込んできた。初夏の熱気で蒸れた緑と土の匂いは、園生くんの匂いを明瞭に映えさせて、光の道の如く僕を導いた。

「おい、ちょっと待てよ」

 遅れて大川くんと五代くんが、後ろから走ってくるのが分かった。懐中電灯の光が背中に当たり、僕に当たって拡散する光が周囲の世界をうっすらと照らす。

 大丈夫、助けるから。僕が助けるから。

 僕は走った。園生くんが斜面に滑り落ちたことから、自分もそうならないように、走りながらも足元に注意するしかなかった。

 ようやく、園生くんが落ちた斜面に辿り着いた時だった。

「いやだああああああ。ああああああああああぁぁっ!」

 僕はその場にしゃがみこんで、下にいる園生くんに呼びかける。

「園生くん、助けに来たよ。もう大丈夫だよ」
「あああああああああ、あああああああああああああ」

 だけど、園生くんは僕の言葉に反応しなかった。その場に尻もちをつくかたちでへたり込んで、暗闇の向こう側に向かってずっと声を上げている。

 タスケテ、コワイ、カエリタイ、カエリタイ。
「あああああ、あ、あああああああああ、あああ、ああああああああああ」

 園生くんの声は、濃厚な恐怖の匂いと共に強く香っていた。絶望、驚愕、そして無。絶対的な無。
 濃密な甘さを伴う腐臭に、頭の中がかき乱されていく。砕け散った思考が匂いと共に僕の中に押し寄せて、僕も声を上げそうになる。

「やっと、おいついたけど、ソノのやつどうしたんだ?」
「おい、緑。しっかりしろ」

 呼びかけて安心させようと、園生くんに向かって懐中電灯のライトを照らす。まるで舞台照明のような、スポットライトが彼の頭上を照らし、そして、園生くんにとって【見たくないもの】を浮かび上がらせてしまった。

「あああああああああああ、ああああああ、ああああああああああああ」

 園生くんは立ち上がって咆哮する。声を上げることで、自分の中にあるものが壊れないように、必死に抵抗しているように僕には見える。

「なぁ、ゴー。懐中電灯でソノがなにを見ているのか、確かめることができねぇ?」
「……いや。ちょっと待て、この匂いっ! 杉藤、これ以上なにも嗅ごうとするな。というよりも、緑に今、近づかないほうがいい!」

 五代くんはなにかに気付いたように、今にも彼にかけよりたい僕に自制をかける。五代くんはすこし難しい顔で目を瞑り、耳をすまているようだ。
 僕も耳をすませると、虫の羽音が園生くんのいる暗闇の向こうから聞こえてくる。

「これ、もしかして血の匂いか? 親父が鹿をひき殺した時と同じ匂いがする」

 大川くんの言葉に、嫌な予感がした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「園生くん!」

 気づいたら僕は飛び出していた。暗闇の中で泣き叫んでいる彼に駆け寄って安心させたかった。
 園生くんがこんな目に遭っているのは僕のせいだから。そもそも僕が醜くて不甲斐ないから、園生くんは家を出て叔父の家に住むことになった。

『ううん。むしろ、助かったのはうちの方だよ。離れて暮らすのは寂しいけど、本当にバラバラになるわけじゃないし』

 そう言って、彼は赤い椿の花弁をぷちぷちつまんで、地面に散らした。
 地面に落ちた血の雫のような、椿の花弁は甘い香りとともに、僕の記憶に刻み込まれている。

 僕の為に、大人たちが差し出した生贄の羊は、いつも寂しそうに僕の傍にいてくれた。

 時折見せる、諦めと悲壮感が同居した顔。帰り道で叔父の家に帰るしかない園生くんは、今にも泣きだしそうな顔をする。今日だって、そうだ。園生くんを連れた叔父の顔には、うんざりとした感情が滲み、園生くんは身を強張らせていた。
 僕は愚かで人でなしだ。彼が普段、叔父の家でどのように過ごしているのか、考えないようにしていた。

――だから。

 園生くん、今、行くから。

「バカ! 行くな」

 大川くんが叫んでいる。諍い合う声と共に、園生くんを照らす懐中電灯の明かりがぶれて、蠅とかの羽虫が人工の白い明かりに、無数の不気味な影を落とした。降り積もった落ち葉の上を僕は走る。水で濡れた落ち葉に、園生くんと同様に滑りそうになるのを、腹の力をいれて踏ん張って、逆に勢いをつけて斜面を下る。

 ぶぅうううううん。

 斜面を下り終えて、平地に着いた僕は、叫び続けている園生くんを後ろから抱きしめた。


「園生くん、大丈夫だよ。助けに来たよ。こわかったよね。一緒に帰ろう?」
「……あぁ」

 抱きしめられて、さすがに気付いたのであろう園生くんは、叫ぶのをやめて、ゆっくりと後ろに首を動かした。
 その時、小学生の僕は、無意識に致命的なミスを犯した。それが、大人になっても残る禍根《かこん》になるなんて思わなかった。

 みるみる恐怖に染まる顔。園生くんの黒くて大きな瞳に僕が映る。
【顔を覆うマスクをしていない】――醜い僕の顔を。

「いやああああああああああああああああああ、化け物おおおおおおおおおおおおおおおおお」

 園生くんは僕を思いっきり突き飛ばした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 どん。と、遠慮なく押される。
 園生くんがいる照明の当たるスペースから、暗闇が広がるスペースに押し出されて、体勢を立て直せないまま斜面に背中を打ち付ける。

「あああああああああああ……」

 園生くんが叫び声をあげて、僕に向かって走る。手が僕の首にのびて、思いっきり締め上げる。

「ぐっ、あ」

 園生、くん。

「あああ、ひひっ、あああぁ、ひ」

 笑っている、嘆きながら顔を引きつらせて笑い、体中からとんでもない悪臭を爆発させる。硫黄と唐辛子と生ごみを混ぜたような、温泉の匂いよりも刺激のある臭いだ。視界が黄色くちらつき、蠅の羽音が耳にまとわりつく。

「そ、の……」

 僕は首を絞める手を引っ掻いたりして抵抗する。もがいて、園生くんの膝を蹴り上げて、足を何度も踏みつけると、靴底にぐきりと嫌な感触が走った。骨が折れたのだ。
 正常なら、激痛でなんかしらのリアクションがあるはずだけど、園生くんは僕を開放しない。逆に首にかける力をさらに込めて、全身の体重を押し付けてくる。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええぇ」

 園生くんは声を張り上げる。園生くんは唾を飛ばして半狂乱に笑う。
 僕を睨みつける黒い瞳の奥に、火の渦を見たような気がした。
 匂いが伝えてくる殺意と破壊衝動に、理性が悲鳴を上げて、黒い渦に飲み込まれようとしている。

 死ぬ。このままじゃ、死ぬ。

「大川、私が行く。お前の足はもう限界だ。このまま懐中電灯を持ってくれ」
「わ、わかった」

 意識が遠のき始めるころ、遠くから五代くんと大川くんの声が聞こえてきた。

「杉藤! 意識をしっかり持って」

 五代くんの声が、薄れかけた僕の意識を引っぱり上げた。
 上から誰かが勢いよく駆けてくる――そんな足音が聞こえた。

「緑、杉藤、しんぼうしてくれ!」

 バキっ!

 なにか硬いものがぶつかった音とともに、僕の首から園生くんの手が離れる。呼吸が楽になったとたん、喉が痺れるように痛みを発して、そのまま僕は咽《むせ》てしまった。
 ドラムのように心臓が激しく脈を打ってすごく痛い。体中が必死に酸素を取り込もうとあがき、頭がじんと痺れてずきずきと痛む。

「チッ。頭に石をぶっつけても、まだダメか。普段から、そういう粘り強さを発揮してくれよ」

 呆れる五代くんの声と、激しく飛び交う蠅の音と、悲痛な叫び声。

 一体なにが起きている。頭の中に黒い糸が入り込んで、ぐちゃぐちゃになっている感じだ。思考が負の感情にまみれてまとまらない。

 なんで、どうして、クソが……。

「あああああああああぁぁ」

 尚も錯乱している園生くんに、なぜだか涙が止まらなかった。胸がしめつけられて、鼻の奥がツンとなる。口から涎をだらだらと流して、人としての理性がうかがい知れない表情。もう、彼は正気に戻らないのではないか。

 小学生の僕は冷めた瞳で見ていた。
 五代くんが園生くんに関節技を決めて、気絶させた光景も。
 園生くんが発狂した原因となった、暗闇の奥に横たわる死体も。
 しかも、その死体は森に棲む野獣が食い散らかしたせいで、人間の名残を残した残骸となっていた。

「いやだ。もう、いやだ。うぅ……うぁああーん」

 ここは地獄だ。地獄。大川くんが耐え切れずに泣いている。
 もう、いやだと泣いている声に、僕の冷めた心に少し熱が灯るのを感じる。

 どうして、僕たちはこんな目に遭っている?

 森の隅々に響く、僕たちの阿鼻叫喚を聞きつけて、森の奥から大人たちが姿をあらわすのが見えた。その大人たちは白い着物を着ていた。

「あぁ、よかった。もう大丈夫だよ」
「……」

 僕の顔を見ても動じない大人たちは、見当違いなことを言って喜ぶ。

 生きていてよかった。全員見つかってよかった。四人とも生きていてよかった。
 よかった。よかった。もう大丈夫。

 助けが来て、花束のように声をかける大人たちは、全然気づいていないのだ。

 僕たちは、もうすでに、大丈夫じゃなくなっているのに。

【つづく】

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