見出し画像

【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_83_現世編 01

202×年6月 日本 公安本部

 マスクをつけ、行儀よく間隔を開けながら会議室の長いテーブルに座る男たち。パソコンを経由してモニターに映された画面には、なんのことはないスーツケースを取り囲む機動隊員たちと、派遣された爆発物処理班たちがケースの隙間にコードを取り付け、スーツケースの横についているジッパー付きのポケットから端末を取り出してパソコンに繋ぎ、必死に解除作業を行っている。

 爆発物の処理に当たっている彼らは、この爆弾の正体を明かされてはいない。あってはならないのだ、非核三原則を唱える我が国において、核爆弾がこの国に持ち込まれているなどと……。

 解除のためのパスコードは、急遽に結成されたプロファリングチームによって、解明が進められているものの、ヒントが個人の思い出に依存しているため難航を極めていた。

 映像を食い入るように見つめているのは、警視庁公安部と他部署の刑事たちを束ねる役職者。彼らは渡された資料に目を通して、厳しい面持ちで奥歯を噛む。

「A県の県警本部長の更迭が決まったそうだな」

 不意にぽつりと呟かれた言葉に、周囲の人間たちはマスク越しに顔をしかめて沈黙する。

 戦前から杉藤と癒着し、杉藤 俊雄が犯したであろう罪を長年見過ごしてきた旧世代。二代、三代と政治団体ともつながりが深いせいで、上層部は頭を抱えてしまい、コロナのクラスターも相まってまともな指揮をとれないのが現状だ。

 そのせいで初動が遅れ、杉藤 俊雄が海外へ逃げることを許し、ようやくタイに派遣できた公安の刑事たちは、雨季のスコールに突入したせいでホテルに缶詰め状態。暴動というハプニングが起こったものの、なんとか現地入りしていた刑事二名が被疑者を確保し、取り調べを行っていることで一安心と思ったら、被疑者は自傷騒ぎを起こして意識不明……。

「マスコミの一部は杉藤 俊雄を使って、警察や政治に対してバッシングを始めたぞ。上層部はこの落とし前をどうつけるつもりなんだ」

 会議室に響く不機嫌な誰かしらの声。どうやら声の主の中では、もうすでに事件が解決されたことになっている。

 そう、事件解決にいたる結論はシンプル。

 解除コードは杉藤 俊雄の思い出。
 だけど思い出に意味はない……まさにその通りだ。まどろっこしいものなんて必要ない。杉藤 俊雄を自白させればすべて終わるのだ。
 ただ大きな落とし穴が一つある。
 自白する前に杉藤 俊雄が死ぬことだ。
 制限時間はない、下手に触れなければ核爆弾が起動することもない。だが報告によるともう一つ核爆弾がある可能性が浮上した。

 山中崎のどこかに核爆弾が眠っている。
 現代までまことしやかにささやかれている都市伝説。
 もしも、杉藤俊雄の協力者が日本にいて、起爆スイッチを所持しているとしたら……まさに最悪のシナリオだ。

 平和な時代ならば、政府要人とその家族を海外へ逃がすことも出来たのだが、日本人は現在、世界でもっとも意忌み嫌われている民族だ。特にオリンピックの利権に絡んで、最悪な変異株オメガ株を誕生させた挙句、世界中にオメガ株を蔓延させたのだ。しかもだれも責任をとることが出来ず、警察組織も動くことはない。

【日本人と金持ちとスポーツ選手は死ね!】

 現在の世界の秩序は、もしかしたらそのスローガンによって支えられているのかもしれない。

「まず、建設的な話をしよう。まだマスコミには被疑者確保の情報は漏れていないのだろう?」

 また違う声が会議室に木霊した。
 マスクをして顔が見えない彼らは、その声が誰のものか確認することもないし興味もない。そんなことは些細なことであり、必要なことは我が身を守ること。この場にいる全員は、いわば一蓮托生の身なのだ。

「当たり前だ。だが、そのせいで動画サイトやSMSが連日のようにお祭り騒ぎ。テレビの特集で取り上げれば、たちまち高視聴率……とんだ英雄様だよ」「被害者のほとんどが、どれも問題ありなのが効いてますね。杉藤 俊雄を叩くよりも、被害者家族を叩く方に世間がシフトしつつあります」
「マスコミの方は危機感を抱いて【ありのまま運動】で、国民のヘイトをコントロールしようとしているみたいだが、焼け石に水だよ。発想が全盛期の老人すぎる」
「ある意味、我々にとっては理想の流れだ。杉藤 俊雄は必要な情報をすべて吐き出した後、秘密裏に【処理】をして行方不明をくらませたままにして、すべて曖昧にしてしまえばいい」
「悲劇と神秘性は日本人の大好物ですからね」

 そうすれば、結局のところ国民は満足するのだから。

 黒い泡沫のような会話を交わす現場にいない彼らは、自分の都合の良い現実がずっと続いていくと確信している。杉藤 俊雄の事件に関しては、余計な仕事を増やした認識にすぎず、国民が杉藤に対して英雄視し始めていることもどこか冷ややかだ。

 被害者は、

 万引きの常習犯だった。
 ご近所トラブルが絶えなかった。
 子供を虐待していた。
 日課でホームレスを襲っていた。
 イジメの主犯だった。
 性犯罪の常習者だった。
 パパ活で少女を食い物にしていた。その逆もいた。
 ただで日本の医療を受けようとした不法滞在者だった。
 盲導犬を嬲り殺した小学生だった。
 畑から野菜を盗んで市内で売っていた。
 美しいアングルで電車を取りたいという身勝手な理由で、田んぼに水を張った。
 DVが酷かった。
 詐欺の常習犯だった。
 騒音トラブルがひどかった。
 なんの罪もない動物を殺しまくった。
 迷惑動画のユーチューバーだった。
 スーパーの総菜に針を仕込んだ。
 ゴミ屋敷の主人だった。
 多頭崩壊の飼い主だった。
 粘着質なクレーマーだった。
 横領した役所の職員だった。
 傷害事件を起こしたストーカーだった。

……殺された人間のほとんどが、多くの人間が死んでも良いと認知されており、現に彼らが殺されたことで誰も困らずに、平穏を手に入れたことを喜ぶ人々が多い。
 さらに押収物から殺人の手口や経緯が判明したところ、拉致と殺人、死体の隠ぺいまでのパターンに無駄がなく、目新しさもむごたらしさもなく、まるで作業をこなすかのように殺人を続ける姿勢はある種のストイックさを感じさせて、そんなところも日本国民の琴線に触れた。

 人が望むのは現実ではなく、キレイで整った虚構と予定調和。

「多分、あの時助けてくれた人です。あの時夫に捕まっていたら、私は殺されていました。本当に本当に、ありがとうございます」
「殺された子供には悪いけど、犬とはいえあの子は、私の唯一の家族だったんだ。ざまぁみろ」
「外国人なんて関係ない。人様の税金にただ乗りして、働かないどころか国に送金? ふざけるな!」
「こっちは万年人手不足な上に民事の壁が厚くて、助けたくても助けられないんですよ。彼のやったことはおかしいことですか? 彼のおかげで助かった命はたくさんいます」
「杉藤 俊雄の減刑を求めて署名をおねがいします。彼のやったことは悪ですか! すべては自分たちの責務を果たさない無責任な人間が増えたから、彼はやらざるを得なかったのです! 杉藤 俊雄は時代の被害者なんです!!!」

 けれども、そこにほんの少しの真実を混ぜることで現実味を増す。
 マスコミが良い仕事をしてくれたことで、杉藤 俊雄という人物像は独り歩きを始めて、人々に受け入れられた。

 彼は普通の殺人鬼ではない。
 ありふれた私利私欲で殺人を起こすのではなく、人々の生活を脅かす犯罪者予備軍たちを断罪し、ボランティア活動に精を出し、美容系ユ―チューバとして人々に真摯に寄り添う姿が、多くの日本国民に支持されるようになった。

 正義の執行者、ダークヒーロー、断罪人……。

 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅! 天誅!

 悪い奴らはみんな死ね! 杉藤 俊雄の裁きを受け入れろ!

 あぁ、結局、いつもそうなのだ。
 自分ではない誰かが、自分たちを救ってくれると信じている。
 見て見ぬふりをして、耳を塞いで、純真無垢な特別な存在であるという愚かな思い込み。
 自分たちが傍観者という名の加害者になっていることに気づかない。気づこうともしない。

「杉藤家の後援者である後藤家に対して、面白い証言もあがってきた。代替わりしたことで、良い感じに口を割ってくれたよ」
「坂白の方もボチボチ陥落して快く協力体制を結んでくれたし、医院長不在の五代病院もカルテの改ざんを認めて、警察に協力するそうだ」
「それと、葉山……でしたっけ、幼い杉藤 俊雄の教育を担当したという……」
「葉山か……たしか、殺人鬼は二人いるという動画を出して、かなり炎上したらしいな。上層部が親つながりで協力を要請したらしいが、吉と出るか凶と出るか」
「もう一人の殺人鬼ね。まぁ、犠牲者の人数を考えれば、共犯、もしくは模倣犯がいたとしてもおかしくはありませんし、それになにより杉藤 俊雄の友人の一人に八雲会直系の人間がいます。裏で死体処理事業をしたという噂ですが、まだ裏は取れていません」
「あちらは中国系と麗しい友誼を結んでいるらしいからな。政治家の連中もすてきなおこぼれに預かっているみたいで、その部分に関しては一向に調査が進展する気配は見せない。本当に情けないよ」

 彼らの思惑には、日本の未来を憂う気持ちもない。人々の平穏を願う優しさもない。旧世代の膿を出し切り自浄を促すこともしない。核爆弾が仮に爆発して、世界の中で日本の立場が悪くなろうとも、責任を取る気持ちもさらさらない。

 人間はバランスが肝心なのだ。上に行けば行くほど、下に行けば行くほど動物に近くなる。コロナ変異株のオメガ株が猛威を振るい、リモートが推奨されているにもかかわらず、彼らは特権階級特有の楽観と、お互いの存在を確認し合える連帯感と、身内意識という安っぽい感情に流されて会議室で会議を開き、自分たちの既存特権を脅かそうとする杉藤 俊雄を死後、どのように利用しようかどうかを考える。

 モニターに映される、核爆弾を無効化しようとする作業員たち。彼らにはこの爆弾が、日本に潜伏していたテロリストが仕掛けた高性能爆弾だと説明されている。だから防護服を付けることなく最低限の装備で作業を行い、なにも知らない機動隊員が意味のない盾を構えて最悪の事態に備えている。

 あぁ、なんて善良な日本人たち。
 なにも知らず、自分たちの責務をまっとうしようとする姿には同情を禁じ得ない。

「なぁ、本当に核爆弾はこの一つなんだろうな」

 念を押すような声に、小波のごとく気配が揺らいでざわめく。
 杉藤家が戦前の盟約の元で核爆弾を所持して隠しているという噂。

「さぁな、杉藤俊雄の祖父と交友があった後藤家ならなにか知っているのかもしれないが」
「なんだか、不気味だな。うまく行き過ぎて余計に不安になってくる」
「だからこそ山中崎に捜査員を派遣しているんだろうが。人手不足の上に人手不足……あぁ、コロナ前の平和な世界だったら、もっとはやく解決できただろうに」

 大げさに嘆く声に男たちは苦虫をかみ殺す。
 そんなこと、この場にいる誰もが理解していることだからだ。
 もし、もしもの話である。今の状況がすべて誰かの手の上で踊っているとしたら?

 うふふふふ……。

 女性の笑う声がどこからか聞こえた気がして、男たちは思わず顔を見合わせる。重たい沈黙が会議室に広がり、空調の音だけが響いて音が空間に吸い込まれていくような感覚。見えない視線が神経に突き刺さり、じわじわと浸透してくる恐怖に男たちは身を震わせる。

 彼らの脳裡に浮かび上がる【杉藤 貴子の呪い】

 杉藤家に関するオカルトめいた醜聞と評判を知っている。A県の県警本部長を筆頭として、杉藤の異能を頼りにするほどだ。しかも杉藤 俊雄を使って未解決事件を解決へ導いたこともあり頭が痛い。

 警察組織はいつから、そんなみっともない存在に成り下がった。

 アナログ、ハイテク、情報操作、プロファイリング、時には専門知識が必要となるため専門家の知恵を借りることはあるが、得体のしれない力に縋って解決するなんて、テレビのバラエティーでしか許されないことだ。

 この場にいる男たちは、オカルトを全否定しているわけでもない、霊能者や超能力の存在に関しても鷹揚な方である。海外の方では積極的に超能力者を操作に加えるらしいが、その領分においては認めることができない。
 なぜなら、得体の知れない力に縋って事件が解決されたとしても、それは法のもとにくだされた正当なものではなく、盛大な自己満足にすぎないからだ。

 だというのに、A県の人間は杉藤の力を盲信している。DNAに刷り込まれているレベルで、杉藤が自分たちのために異能を振るうことを喜び、なんの疑問を感じることなく杉藤の決定を絶対としているのだ。

 これはもう、信仰と言っても過言ではない。

 彼ら割り切った。杉藤に対する異能に一線を引き、思考を現実へ沿わせていたのだが、ひたひたと冷気を漂わせた存在が、暗闇から顔をのぞかせている……そんな気がしてならない。

「どうやら、連日の会議で疲れているようだな。ひとまず15分ほど休憩して、また会議を再開しよう」

 その言葉をきっかけに緊張感が溶けて、男たちは椅子から立ち上がり会議室を出ていく。彼らが出ていったタイミングでモニターが切り替わったことに、誰も気づいたこともなく。

【つづく】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?