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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_41_高校生編 07

 欠けた部品パーツの殺人事件は、人間の持つ心がすべての謎を埋めてしまった。事件のちぐはぐさは未成年という実行犯たちの暴走、指示を出す大人たちの保身という形で空隙が埋まり、明確な殺意――犯行の動機となって全貌があらわになる。

 逮捕に貢献した僕に対して、父より少し上の年代の警官たちが敬意をもって説明してくれたけど、彼らの中になる盲信の熱量が気色悪かった。それと同時に、今回の事件は僕にとってとても実りがあるものでもあった。

 そう、どんなに入念に用意して準備しても、実行犯たちが自分たちの行動に不信を感じたらいけないんだ。人間の心はとても単純でありながら、とても不可解で、理解不能だ。人の心を読むことができる僕の力だって、結局限界がある。相手が次にどんなことを考えいるのかわからない。次の瞬間に自分の敵になることもある。

 なにかの拍子で信頼が崩れて、自分以外が信じられなくなる現象。

 中学の頃、僕たちに絡んできた野球部たちは、一見団結しているように見えて、その内実は疑心暗鬼にかられて互いが互いを監視し合って、胸クソ悪い応酬の末に瓦解した。

 それに加えて中学のクラスメイト達は、不気味な翼と触手を携えた天使になって、青春を潰された哀れな《《元》》野球部員たちに、陰湿なイジメを行ったのも記憶に新しい。

 ありもしない噂を流され、誰かの悪行をすべて擦り付けられて、これみよがしに悪口を言われる。遠くで彼らを観察している僕は、ある種の割り切れない感情と、僕たちがターゲットにならなかった安堵の板挟みに居た堪れない気持ちになった。

 野球部に関して良い思い出なんてない。僕たちを見下して、寮生の夏休みを彼らの傍若無人で潰されたことは無かったことには出来ない。引き抜かれたヒマワリの花は、もう咲かないのだ。

 自分たちを守るはずの大人たちが去って、野球部たちは必死に学校生活――自分たちの日常を断固として守りしがみ付こうとした。問題を起こさなければ、高校受験も大学受験もフリーパスで、七年も遊んで暮らせる身分をやすやすと手放そうとするしおらしい人間はいなかった。

 そんな彼らの態度をクラスメイト達は許さない。自分たちの正義を確信した彼らは天使になって、彼らを蹂躙した。

 大人たちが動くよりも早く、クラスメイト達は秩序を取り戻そうと動き、中学校の事件は幕を閉じた――僕の心に人の心の脆さと恐ろしさを刻み付けて。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 心という曖昧な存在に引っ掻き回されて、高校の僕は不機嫌そうにため息をつく。念のために、僕が合宿免許を卒業するまで警察の人たちが護衛してくれることになったけど、人の心を読む僕の能力を知っているせいで、彼らの心はいつもささくれだっていた。波が延々と打ち返す海のように、彼らの心は不安定で、僕に対して怯えてへつらいそして祈るように懇願する。

 どうか、自分だけは見逃してほしいと。

――なんだか、僕が犯罪者のように思われるのは甚だ心外だ。

「すまんな、とっしー。見誤ってたわ。うっとうしゅうてたまらん」

 カフェの席で早瀬くんが僕に詫びる。早瀬くんの言う、うっとうしい視線の束が集中して肌をチクチク突き刺していく不快感。無理やり殺人犯を暴こうとしなければ、こんな事態にならなかったのだろうと、早瀬くんの体から後悔の匂いを思わせる土の匂いが漂った。

 深く、暗く、冷たいソコは、墓下の納骨スペースと同じ空気が漂っている。――そんな気がした。そう、僕が小学校に上がる前に、杉藤家の霊園で貴子の骨壺を納骨した時に嗅いだのと同じ匂いだ。

 早瀬くんの土の匂いが、死を暗喩していることを僕は知っていた。だけど、見て見ぬふりをした。誰にだって、誰にも立ち入って欲しくない心の領域がある。物部くんも僕たちになにかを隠しているのが分かっているし、園生くんは説明不要。五代くんだって小出しに杉藤貴子のこと、自分の兄と家のことを小出しに話題に出すけど、どこか遠回しな印象だ。

 五代くんの場合は、小学校の頃に僕がその話から逃げてしまったからだろう。僕は考えて、だけど五代くんの事情にどっぷり浸かるつもりはない。と、自分の気持ちを見つめ直して考える。

 五代くんの話から漂う忌避感。貴子さんの話の根っこには、僕とは切っても切れない根深くて不吉なものを予感させるからだ。悲しいけど、僕は僕を守るために五代くんとの間に一線をひく。過去も、今も、これからも。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 大川くんの今のところの秘密は、朋子のこと。僕はずっと腑に落ちなかったんだ。

 大川くんは

【なんで、僕の鼻をつかって朋子の心を読もうとしなかったのか?】

 

 ある意味、これは意地の悪い問いかけ。

 大川くんは徐々に相手の心を紐といて、駆け引きを楽しむタイプじゃないもの。本当に好きなら、真っ先に僕の鼻を頼るのを知っている。すぐに知りたい、すぐに確かめたい。それこそが大川くんだもの。

 だけど大川くんは僕を頼らずに、朋子と距離をあけて恋人ごっこを楽しんでいる。

 本当の恋人になりたいけど、なるのが怖いジレンマ。

 そこそこで満足して、朋子の好意に答えられない自分に酔っている。

 うん。これについては、僕にも身に覚えがある。

 嘘の方が美しくてきれい。

 なにも知らないほうが幸せ。

 大川くんはただ幸せになろうとしただけだ。

 けれども、その喜びや幸福感は大きな前提がある。それは朋子が大川 直人のことが好きという前提。自分が利用されたとわかって、仲間に引き込むためのハニートラップにひっかかったという真実が暴かれて、自分がとんでもないピエロだと思い知る。

 美しい夢が崩れたからこそ、大川くんのダメージが大きい。

 大川くん、ご愁傷様。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 これで教習がようやく滞りなく終わる。

 あと数日もすれば、他にもいるであろう共犯たちも逮捕されて事件は解決し、僕たちは免許を取得してB市へ帰るのだ。

 だから、油断した。事件はまだ終わっていなかった。

 五代くんが居なくなったのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 僕も、警察も、友達も、みんなみんな恨みの深さを見誤っていた。あんなに入念に年入りしていたのだから、失敗した場合も考えていたに違いない。

 恨みの起点となった、山中崎駅前開発。主導したのは僕の父である、そして父の他にも、駅前開発で恩恵を受けた人物がいた。商店街があった場所に新設された総合病院の医院長――つまり五代くんの父親だ。

 助かった。一件落着した。そんな油断と、ターゲットは僕で固定されているって思い込みが、すべて間違いだった。

 教習が終わった夜だった。五代くんがトイレから戻ってこないことに気付いて、部屋の外に出たら寄宿舎の廊下には憎悪が放つ硫黄の香りが充満していた。

 この時点で、僕は自分の甘さを痛感して、護衛についている警察に呼びかけて、一縷の希望に縋るように、友達が泊っている部屋の扉を必死に叩く。

「大川くん、物部くん、五代くんこっちに来てない?」

「早瀬くん、園生くん、五代くんそっちに遊びに来てない?」

 もしかしたら、友達の部屋にお邪魔しているかもしれないという希望。

「え? 来てねぇよ? なぁ?」

「……はい」

 必死に全員に聞いてまわり、希望が何度も断たれて砕けて、砂のように手のひらから零れ落ちていく。

「なんやって? 先生、帰ってきてないんか?」

「大変なことになったな。公博が勝手にいなくなるわけない」

 許さない。

 どくんと、怒りの感情を乗せて血液が全身を駆け巡った。

 なんで、このまま大人しくしてくれないんだ。

 なんで、わざわざ罪を重ねようとするんだ。

 とんだ自己満足、究極のエゴ――だけど、その感情はいつかの復讐を考えている僕の心に深々と突き刺さっていく。

 結局、僕も彼らと大差なんてない。

 だけど、そいつらのオナニーの道具に僕の友達を使わせるつもりなんてない。

「五代くん助けるから。絶対、助けるから。だから、大川くん、力を貸して!」

「え? 俺?」

「そう、逮捕したヤツ等をここへ連れて来るには時間が惜しい。だとするなら、大川くんの記憶から朋子の言動を割り出して、なにか手掛かりがないか確認する。今、僕にできることはそれしかない」

「わ、わかった。それでゴーが助かるんなら、俺がんばるよ」

 この時、どうして僕は大川くんの気持ちに寄り添ってあげなかったんだろう。どうして、大川くんが思いつめる可能性を考慮できなかったんだろう。大川くんと僕は友達。五代くんと僕は友達。

 だけど、高校の僕は同時に大川くんにとって五代くんも苦楽と生活を共にしてきた友達だって、そこまで考えていなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 一階のカフェで僕たちの為に大人たちがコーヒー淹れて、給支をしてくれる。ほろ苦いコーヒーの香りが僕の意識を集中させて、対面で座っている大川くんも緊張の面持ちで意識を集中させていく。

 さわやかな匂いと共に大きな海が見えた。場面が切り替わって蚊取り線香が置いてあるお昼時の縁側が見える。大川くんを構成する匂い、真夏の太陽、広大でゴミ一つない青い海、伸び伸びとした縁側の風景は時々、ホタルが飛んで花火が咲く夜だったりする。

 もっと深く、もっと深く。

「大川くん、朋子とのやりとりを具体的に思い出して」

「……っ!」

 お願い、僕の天使。力を貸して!

 腰に意識を集中して、肉紐を手繰り大川くんに巻き付ける。すると、大川くんが、びくりと大きな体をゆすって、なんだか居心地がわるそうにイスに座りだした。

「なーおと」

 僕の頭の中に鮮明に蘇る朋子の顔。心なしか可愛く見えるのは、大川くんの補正がかかっているからだ。

 僕が【アムラーもどき】だと、彼女の顔が貧相に見えていたのに対して、大川くんの目から見ると眉毛が丁寧に整えられて、メイクもばっちりで、染めた髪が今どきの子っぽくて、少しだらしがない所が、なんだか自分に心を許しているようで嬉しかったらしい。

 僕の見た彼女と、大川くんが見た彼女はこんなにも違う。

 大川くんにとってこんなに可愛いと思っていた女の子が、じつは自分を理由するために近づいてきて、影で自分を裏切っていたのだ。なんともやるせない。

 僕は肉紐を母が僕にした時と同じように、大川くんのへそに入れようとした、へその緒のようにして大川くんと僕が直接つながり合うのだ。

 ぐちゅりと、生々しい音を立てて天使の触手が大川くんと繋がった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 どくん、と。

 心臓が大きく鳴った。全身がまるで水に潜った時のような、圧迫感に包まれて脳裡に鮮明な光景が広がる。僕は目を閉じて意識をさらに集中すると、ドンっと、ジャンプから着地した衝撃が足にあった。

『……もしかして、僕、大川くん自身になっちゃったのかしら』

 目の前の光景が肌に感じる質感が、まるで自分で感じているようなリアルさがあり頭がくらくらする。乗り物に乗っている感覚とテレビの画面に直接、節眼球を擦り付けているような気持ち悪さ。朋子の胸もとに勝手にいく視線に、僕は忌々しい気分になる。

『なんとか、五代くんの手掛かりを探さないと』

 多分この光景は大川くんが今、思い出している場面だ。場所は寄宿舎近くの川の近く。二人はデート未満を散歩をしているらしい。

 朋子が横でべちゃくちゃしゃべって、大川くんの逞しい腕に華奢な腕をからめている。心なしか朋子の胸が大川くんの身体に寄せられて、大川くんの意識が喜びで満たされるのがとても不快だ。しかも僕自身も、朋子の胸の感触が心地よいと感じるから、さらに気持ち悪い。

「大川、ちょうどよかった。ちょっと来てくれないか」

 いきなり声をかけて振り返ると、背後に教官が立っていた。しかも、大川くんに自動車免許を並行して取るように、コンテナハウスですすめてくれた教官だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「君のおじいさんとは長い付き合いだからね。孫がうちの教習所に通うって聞いたから、喜んで電話をかけてきたんだよ」

 そう言う教官は、大川くんに缶コーヒーを差し出した。

 受け取る大川くんは少し居心地が悪そうで、言葉少なく視線を横にそらせる。

 教習初日に年配の教官が言っていたガソリンスタンド――その近く。

 前を通る道路は広めで、休憩所的な感じに自動販売機が道路に沿って並んでいる。日が沈み始めて、影がさしてきた寒い夏。セミの声も力が無くて印象に残らない。

 ガソリンスタンドに入る車たちを眺めながら、教官は少し笑いながら言う。こうして間近で顔を見るとたくさんのシワとシミがあって、思ったより年齢が高そうだ。もしかしたら50代に近いのかもしれない。

 だけど、なんだろう大川くんのおじいさんと仲が良いってつじつまが合わない。

「その、じいちゃんは元気ですか?」

「ん? 君はあんまり家に帰っていないのか?」

 問い返されて、少し顔がこわばるのを感じた。

「家は継ぐつもりです。だけど、必要最低限はあまり」

「そうか」

 おおよそ事情を察した教官は、自動販売機からコーヒーを買ってごくりと嚥下した。僕の目には、まるでなにかを誤魔化しているように見えて仕方がない。

 実年齢が分からない教官は一気に缶コーヒーを飲み干すと、そのまま自動販売機の横にあるゴミ箱に投げ捨てる。もうすでに山盛りになっている状態なのに、山を崩さずに缶が頂上を着地する光景は熟練の技を感じさせた。

「……杉藤家について、どれくらい知っている?」

「金持っていている変な顔の一族で、超能力使う」

「そう、そうなんだよ。君の友達のおじいさんは、触れた物の記憶を記憶を見ることが出来た」

「それってサイコメトラー?」

「あぁ、そういうマンガがあるんだよな。おかげで説明が省けるから助かるよ」

 教官は苦笑して話す。僕の祖父、そして杉藤貴子の能力。頬を痙攣させて、無理やり笑顔を作り教官は大川くんに向き合った。

「杉藤家はその能力のせいか正気を保つことが難しい。君の友達もいつか、祖父や伯母がたどった道と同じ道を歩くだろうよ。君は杉藤から山中崎から逃げるべきだ」

「…………」

 余計なことをと思いながら、胸の辺りが鉛のように重くなる。大川くんは僕の大切な友達だ、彼とはずっと一緒にいたい。手放したくない。手放すつもりもない。だけど、僕のせいで大川くんが不幸になるのはイヤだ。

 だけど、大川くんはためらいがちに口を開いて言ってくれた。

「俺、ガキの頃誓ったんです。どんなことがあろうともコイツを守ろうって」

 大川くん!

 大川くんの言葉に高校生の僕は感動した。

 彼が僕の知らないところで、こんな素敵なことを言ってくれたことを。

 僕のことをずっと気にかけてくれたことを。

 大人の僕は苦い気持ちで満たされながら、喜びで気持ちを弾ませる高校生の僕を俯瞰する。

 子供ながらの無垢さと傲慢さが、自身の幸福を遠ざけていることに気付かない若さ。どうして、いつも僕は間違える?

「健気だね。だけど、その言葉、言わされている可能性はないのかい? あの家系には心を操ったり、体を奪う能力者もいたんだ」

 と、真っすぐ見据える目に僕の意識がゾッとなる。

 教官の双眸は、大川くんを通じて僕の存在を捉えているようだった。

【つづく】

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