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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_30_中学生編 08

 火事から一晩明けた。出火場所から、焦げたクズゴミとガソリンが撒かれていたところから、警察は放火だと断定し、警察病院にいる僕たちに次々と事情聴取をする。

 なにせつい先日は、野球部の暴行事件から芋づる式で寮長と顧問の売春問題が発覚し、しかも寮長は学園から支給されている資金を横領して、学生たちに仕事を代行させていたのだ。

 学園関係者と警察は、次々と発覚する不祥事に頭を抱えていたところだろう。そこに、寮の放火が追加されたのだ。心穏やかどころではなく、逃げ出せるものなら逃げ出したい事態に陥っているはずだ。

「じゃあ。君たちは、野球部に絡まれたその日に、火事に遭ったということかい?」

 六人部屋で検査入院している僕たちは、うんうんと頭を上下に振って頷いた。事情聴取に来ていた警察は、絡んできた野球部の話に食いついて、内心ニヤついてたまらないのだろう。

 わかりやすい、少年犯罪。腐り切た大人たちが運営す学園。
……あぁ、なんて分かりやすい図式だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 数時間後。

「正直どう思う?」

 不意に、園生くんが、主語抜きで質問してきた。

 病院のベッドに横たわったまま、僕たちは同じ天井を見上げている。見つめる先は、多分バラバラで、ずっとこの先、交わることはない。

「ガソリンだって聞いて、正直キモが冷えたで。全焼じゃなくて一階をちょっち焦がす程度だったんやろ? ガソリンがどれだけ危険か分かっている奴やと思う」
「となると、ハッチの見立てだと犯人は大人か?」
「断定はできん」
「……ガソリンって、そんなに危険なの?」
「危険や危険。静電気でバッチっとなったら、一気に火がつくで! こう、どっかーんとな」

 僕の問いかけに、早瀬くんはオーバーリアクション気味に両手を広げる。

「ガソリンって、そんなに危ないんだ」

 園生くんは憂鬱げに言った。僕もだ。
 もしも犯人が、大量のガソリンをまき散らして放火していたら、寮の全焼は免れなかった。すべてを燃やし尽くす圧倒的な火力に、なすすべもなく焼き殺されていただろう。

「持ち運びも素人がやるには、リスクが高すぎるで。下手したら火達磨《ひだるま》や。うちの組のバカが、車ガス欠になって困ったから、近くに止まっている車からガソリンを盗もうとしたんや。……タバコ咥えたままでやで」
「「「うわー」」」

 あまりにも分かりやすい、間の抜けた悲惨な顛末に、僕たち三人の声がハモッた。

「ねぇ、早瀬くん。体大丈夫? 結構咳き込んでいたよね?」
「ちょいしんどいけど、ナオっちが濡れタオルをくれたおかげで、助かったわー。ほんまおおきに」
「いいって、火災報知器鳴ったから。ヤバいって思って、持っていたタイルくをトイレの……あ、洗面台の方の水だぜ? そこで出来るだけ濡らしてたんだよ。そしたら、ソノがゴーの部屋を開けているし」
「だって、どれくらい燃えているか分からなかったんだもん。公博の性格だから、絶対貴子さんの骨壺を部屋に置いているって思ったし。骨壺燃えたら、公博のヤツ発狂するだろうし」
「実際、ベッドの下に、エロ本とあの骨壺があったのにはビビったな。ちなみに、エロ本は熟女ものだったぜ」
「かー、クラスの女子たち涙目やな。てか、なにしてんや。園生はキーピックの才能があったんか?」
「一時期、うちが玄関のカギが壊れて、新しいカギが出来るまでの間、針金をカギ代わりにしてたんだよ。コツを掴んだら、誰でもできるよ」
「いやいや、出来ないよっ!」
「あーあ。それにしても、野球部が犯人だったら良かったのに」
「「「…………!」」」

 大川くんの落胆した言葉に、僕たちは一気に現実に引き戻された。
 警察官の態度から、野球部の特に昼間に僕たちに絡んできた部員たちは、とことん追求されるだろう。だけどもし真犯人が野球部じゃない場合、警察が野球部を尋問している間に、証拠を隠滅してそうな気がした。犯人が現場に戻るものだから。

「ねぇ――」

 僕はみんなの意見が聞きたくて、真犯人やら証拠隠滅の可能性やらを話したが、早瀬くんは黙り込んで、野球部が犯人でありたい大川くんは鼻を鳴らし、園生くんは若干無視するように寝返りをうつ。

「とっしー、下手に追求しないほうがええ気がするで。犯人はその気になれば、ワテらを殺すことが出来たんや。俺らが数日で退院して、学生寮に戻れることが出来たのは、犯人の恩情やとおもう。五代や物部もいつか寮に帰ってくるんや。触らぬ神に祟りなしやで」

 この時、僕は早瀬くんの態度にひっかかった。

「……そうなんだ」

 だけど、うまく言葉に出来ずに、黙ることを選択した。

「はよ寝よか。よけーなこと考えてもしゃーないでー」
「…………」

 僕はいつだってそうだ。肝心な時に踏み込もうとしない臆病者が、本当の友情を得ることなんて不可能な話なんだ。

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 中途半端な時間に、僕は目が覚めた。
 夜が明けるのはまだ長そうな、真っ暗な病室。みんなの寝息と消毒の香りを嗅ぎながら、僕はある種の懐かしさを感じる。

 真っ暗な中で、みんなの輪郭が曖昧になって、僕が誰かなのか分からなくなるような安らかな一体感。

 僕が君で、君が僕。そうなれば、僕が今抱えている苦悩も、孤独も、脆弱な依存心も、みんなに分散して浸透して軽くなっていく。だけど、その代りに、僕もみんなの苦悩も痛みも公平に背負うよ。
 僕を一人にしないで。ずっとこの暗闇の中で、待っていて、ずっと眠って目を覚まさないで。僕も眠るから、みんなで永遠に醒めない夢を見続けよう。容赦なく僕たちをうちのめす未来じゃなくて、幸せな過去に留まり続けよう。

【……それは無理だわ。あなたの望みは叶うことはない】

 だれ?

【私はここよ。ここにいるわ】

 声のする方に目を向けると、園生くんのベッドがあった。僕はイヤな予感がしつつも、声の主の名前を言う。

「杉藤 貴子?」
【えぇ、そうよ。よくわかったわね】

 だって、園生くんのベッドの下には、貴子さんの骨壺が隠されているから。

「僕に、なんの用ですか?」

 一応伯母だし、目上なので敬語をするが、クスクス笑う貴子さんの声からは、僕に対しての憐憫と嘲りがないまぜになっている。

【あなたに警告よ。あなたの望みは半分叶って、半分叶わない。それ以前に、望んだ願いを全部を叶えた人間なんて存在しないわ】
「それって……っ!」

 声を荒げると、びくりと上体が震えた。意識が上の方に引っ張られて、圧倒的な白い光が、僕の全身を浸していく。

……あぁ、これは夢だったんだ。

 納得して僕は起きた。


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 三日後。

 放課後の教室は、オレンジの光に満たされていた。
 カーテンで斜陽を遮ることなく、机に向かう僕たちは騒がしいカラスの鳴き声をBGMに、補習と言う名の拷問を享受する。少なくとも、ここは安全だから。

「はぁ~。しんどい」

 大川くんは疲れたように机に突っ伏し、早瀬くんが「せやな~」と眼鏡をかけなおして調子を合わせる。

「がんばってよ、ぼくの成績は二人の肩にかかっているんだから」
「お前のそういうところ嫌いや、園生。ちぃーとは学力上げる努力せなぁ、頭の足りん連中になっちまうで」
「もうほっとけばいいよ、予習しよ。予習。五代くんももうすぐ帰ってくるんだし」

「「「「はぁ~」」」」

 放課後の教室で僕たち四人は、検査入院していた分の補習授業に出ていた。入院していた三日分の六時間×三日分を、今の授業についてこれるように詰め込むのだからしんどくてしょうがない。先生も忙しいから、僕たちに手作りドリルをボンっと渡して完全放置だ。

 僕は分からない箇所を鉛筆で丸をつけて、ノルマ分の問題を解いていく。先生が戻ってきたら質問することを、ちょこちょこ余白に書き足して、今日、寮に帰ったあとのことを考えて時間の配分の考えたりする。疲れた大人じゃないけど、今日は自炊をする気になれないし、一階の施設は風呂以外閉鎖されている。ファミレスにご飯を食べるしかないかと、そんなことを考える。

「はぁ、たりぃな。補習終わったら、ファミレスで飯食わね?」

 ぐうっと、最近特に横と縦に大きくなった背を伸ばして、大川くんが言う。

「やめーや。朝の騒ぎ忘れたんか? ファミレスでワテら張っている連中いそうやで、特に新聞部」
「だったら、いっそのこと新聞部に奢り条件で、インタビュー受けようよ。お肉いっぱい食べたーい」
「園生くんのそういう部分、僕尊敬しちゃうよ。皮肉抜きで」

 もし僕が、放火事件の当事者じゃなかったら。と、別の角度で想像すると、色々見えてくる。というよりも、神戸の連続殺人のせいで、中学生である僕たちの日常と非日常のバランスが、うまく取れなくなった気がする。

 自分たちが通っている学校の敷地内――しかも、事件が起きた渦中の学生寮で放火事件が起きたのなら、不安と好奇心に耐え切れなくなって、当事者に、無神経な質問を雨あられと投げていた。相手が傷つこうが関係ない。質問してきたヤツ等は、当事者がうんざりするレベルで、生の情報が切実に欲しいんだ。自分が新鮮で安心できる、不幸を快くブタのようにむさぼりたいんだ。

 だって、まるで、マンガのような出来事だから。

 今日は本当に「世界が滅べばいいのに」って、神様に願った。

 本当に僕はバカみたいだ。いつも願ってばかりで、その願いがかなえられたためしはない。

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 僕たちは話し合った結果、隣町のどこかでご飯を食べようという、なんともフワフワした結論におちついた。

 中学生だった僕たちはうんざりしていた。同級生にしても、先生にしても、すべての大人に対しても。

 学校から出ると、教室で感じていた倦怠感が抜て頭も体も元気になり、解放された鳥のように、力いっぱい飛び回りたくなる。

「頭からっぽにして、走り回りたいなー」
「えぇなーそれ。青春って感じやわー」
「じゃあ。園生くんは、なにもない所に転ぶヤツ担当ね」
「杉藤君、だんだんぼくに対して辛辣になっていってない? まぁ、そのほうがぼくの方も気が楽だけど」

 バスも電車も使わずに、日が暮れた街を歩く僕たち。オレンジの西日がだんだん暗くなって、夜闇に沈んだとしても、なにも障害を感じることはない。……僕一人だったら、多分、部屋に一人閉じこもって鬱々して、ぐるぐるして、幸せな妄想を水に頭の中で花を育てていた。

 今のこの、友達が周りにいることはとても幸福なんだと思う。得難く、生涯の宝にすべき尊いものだということも。

 だけど、時々、無性にみんなと一緒にいるのに、寂しいと感じてしまう。みんなの輪の中に僕が入っていないと思ってしまう。僕は結局、たくさんの友達の中の一人だと。

「おい」

 呼び止められて、びっくりした。
 思わず二度見して、みんなお互いに顔を見合わせたほどだ。

「どうして、お前たちがここにいる」

 イライラした声で振り返り、僕たちは身構えた。

 あの日、教室に僕たちに絡んできた野球部たちだ。あの時の、ニ、三人レベルじゃなくて、ざっと十人ぐらいいる。ユニフォームなんか着ていなくても、教室で僕の襟首をつかんだヤツの顔――たった数日で忘れるわけないじゃない。

 僕たちの問答で、お互いの立場が分かった瞬間、寮生と野球部の間で強烈な殺意がぶつかり合い、戦いの火ぶたが切って落とされた。

――と思ったが。

 パン、パン、パンっ!

「はいはーい。こんな街中でケンカしてもしゃーない。ここは一旦、穏便に行きましょか?」

 と、早瀬くんは半分おどけながら、手をパンパン叩いて僕たちの間に割って入る。

「アンタらも学校がキュークツでここまで来た口やろ? ワテらもや。同じこと考えていた同士や。だったら、ここでバチクソして警察にホドーされてもうたら、青春どころか人生終了やで? ワテらは、野球部が放火したって思っとらんから、そんな怖い目でみんといてーな」

 そう言って、和解までいかなくても、歩み寄ろうとしてくれたのだろう。
 だけど、野球部たちの目は鋭くなって、体から怒りのオーラが赤く渦巻いて行く野が見えた。唐辛子のような刺激臭に、鼻どころか目ですら、ちくちく痛くなってくる。

「うるせーよっ! お前ら全員、寮ごと燃えちまえばよかったんだ」
「放火の犯人が誰かどころじゃない。もう、野球部は廃部決定だ。高等部も大学の方も連座で廃部になっちまったんだよ。これで、満足だろ?」

 どうやら、僕たちが思っている以上に、野球部の立場は悪くなってしまったらしい。

「あぁ、もうだめやな」

 早瀬くんの声が、夜闇の街で、妙に低く響いた。
 冷たい土の奥から響く声。僕も見当違いな怒りをぶつけてくる、野球部の奴らに、強い失望感を覚えた。

 なんだろう。どうして、自分の立場が悪くなるのに、こんなにも盲目的に人を攻撃できるのだろう。

 汚い泥沼に片足ツッコんだような、イヤな気分になった。こんな気分になるのは、僕が彼らに人としての良心を期待していたからだ。期待する価値なんて、最初からなかったのにっ!

 僕たちは怒りを無言でぶつけながら通り過ぎる。
 野球部のせいで黒い塊が体の中で暴れているような、行き場のない怒りと痛みに、自分の身をすり減らして。

 なにを食べても味がせず、どんなに歩いても思考がまとまらず、言葉のかわりにでてくるのは、浅い呼吸の繰り返し。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね……。

 こいつらのせいで、どうしてこんな気分にならなくちゃいけないんだ。

 僕は気持ちを落ち着かせようと、記憶の中で丁度いい人物をほじくり返す。

「どう”じで、や”め”で」

 そう、熊谷満子だ。体中が毛むくじゃらで、鼻が詰まった汚い声に、どんなに貶めても傷つけても、罪悪感のわかない容姿。

 想像の中で、僕は小学校のクラスメイト達と一緒に熊谷をイジメる。蹴ったり踏んだり、あごを砕いたり、包丁で足を刺して、そのままアソコに刃を突きさして、彼女が上げる豚のような悲鳴をほれぼれと噛みしめる。

「あはははは、豚のアソコがダメになったー。生まれてくる赤ん坊は、豚と刃物のハーフだ。よかったねー。よかったねー。よかったねー。よかったねー。よかったねー。よかったねー。あははははっ」

 ドシュ、ドシュ、ドシュ。

 何度も何度も、妄想の中で醜い肉体に刃物を突き立てる。

 僕は笑う。この時ばかりは、世界を手に入れた王様みたいな気分になって、周囲の目を気にすることなく、望むままに残酷な衝動に身を任せる。

 熊谷の傷から噴き出す血肉に酔って、ホカホカ湯気を立てる臓器を供物の如く掲げて、切断した首を犬に食わせる。

 現実の熊谷は、今もなお、惨めで死にたくなる思いをしているはずだ。

 そう思うと、元気が出てきた。

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 寮に帰ると、まだ浴場を閉まっていなかった。
 丁度よかった。風呂に入れば、こんな気分もちょっとはマシになるかもしれない。
 みんなも同じことを考えていたのか、部屋のある階段ではなく、風呂に直行していて、なんだか笑えてくる。

 脱衣所の扉を開けると、先客がいた。
 服をほぼ脱いで、裸体が半分以上晒されている状態だったけど。

「あ、杉藤。みんな……」
「五代くん!」

 先客の正体は五代くんだった。
 僕は五代くんの姿に、胃の辺りがぎゅっと締め付けられて、全身の血が逆流したような、強烈な衝撃を受けた。

「どうしたの? だれがやったの!」

 怒りで声が震える。せっかく、沈静した怒りが再燃して、体中が燃えるような錯覚に陥りそうになる。

 大切な友達が痣だらけにされて、どうして平静でいられるんだよ。

【つづく】

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