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1/2_執筆制限時間10分小説_【399 杉藤 俊雄(すぎとう としお)は××したい】続く

1999年8月9日(月) 18時

 教習が終わって、寄宿舎一階のカフェで食事をとっていた僕たちは、今日の教習について情報を交換していた。コツとか愚痴とか、自分では気付けなかったこと、自分だけが気づけたこと、特に僕たちが感心したのは物部くんだ。

 実技第一をぎりぎり合格した物部くんが、実技第二の教習に入った途端、覚醒した。まるで人馬一体という表現がぴったりなほど、バイクを完璧に操り大川くん以上のテクニックを見せて、その場にいた人間たちの度肝を抜いたのだ。

「せごいやん、物部。なんか、コツでもあるかんか」
「君、ただのノロマグズじゃなかったんだね。良かったね、取り柄が見つかって」

 早瀬くんが普通に褒める横で、園生くんが褒めているようでいて悪口を言う。

「すごいね、まるでバイクが生き物みたいだったよ」
「私も驚いたぞ、大川よりさきに免許を取得しそうだな」
「ほんと、見直したぜ。俺が金払ってやるから、一緒に車の免許取らねぇか? そんで、学校卒業したらウチ(大川運送)で働かね?」

 みんな物部くんを褒める褒める。物部くんの方も、たぶん今までこんなに褒められたことないから、顔を真っ赤にして固まってしまった。
 嬉しそうに口元をひくつかせて、体中から漂う匂いが濃いミルクから桜の香りに変わる。春風にそよぐ桜の香りから、今まで寒々しい風景しか見えなかった物部くんの心の変化を表していた。

「……うれしい、うれしいです。そんなに、ありがとうございます」

 物部くんが頭を下げるのを、みんな大げさだというけど、僕はそう思わない。
 分かるよ。認められるって嬉しいもんね。

 投稿時間:9分52秒

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