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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_25_中学生編 03

 早瀬くんは段取りがよかった。
 彼が僕に確認したのは一つだけ。

「このゲロパジャマ捨てた方がええんやけど、代《か》えは持ってんか?」
「ううん。このゲロパジャマだけ」
「わーった。せやったら、ワテのパジャマ貸したる。サイズはしゃーないけど、大は小を兼ねるからがまんしぃーや」

 と、僕が共同浴場で湯船に浸かっている間に、パジャマを用意してくれて、寮長をせっついて清掃業者の手配してくれた。
 それだけじゃくて、風呂に入ったまま動けなくなった僕のために、体や髪をあらって、風呂からあがっても、体を拭いてドライヤーで髪を乾かしてくれた。彼の触る手は、イヤらしい触り方で邪《よこしま》な挙動もなく、自分のやるべきことを心得ているような、強さとまっすぐさが伝わってくる。なんだか介護されている老人になった気分で、僕は早瀬くんに身を任せる。

「お、とっしー、腹筋割れてんやな。華奢で良い感じの細マッチョ。下手な女子よりスタイルええなぁ」
「そ、そうなの。嬉しいな」

 彼の匂い――冷たい土の匂いが、なんだか心地よくて、その中でじんわりと自身の肉体が腐っていくような安らかさ。あんなにも怖くて、得体が知れなくて警戒していたのに、いったん身を任せてしまえば、それはとても身近に広がっている闇だと気づく。

 死はこんなにも身近なのだと。
 
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 がっちりと抱きしめられてベッドで眠る。
 早瀬くんの部屋は、僕と同じ間取りで備品も同じはずなのに、何もかもが違う部屋に見えた。匂いも、土の匂いが色濃くなって、明かりを落とした部屋全体が、まるで土の中を潜ったかのように暗く、冷たく閉ざされている。

 不思議と息苦しくなく、うっとりと心地よさを感じるのは、早瀬くんの鼓動が聞こえてくるだろうか。
 どくんどくんと規則正しく脈を打つ心臓。僕の耳を胸にぴったりくっつけて眠る彼は、まるで僕を守ってくれる父親のように頼もしい。

「ちょっと、恥ずかしいかな」
「うーん。なにが?」
「男同士で一つのベッドに一緒に寝るのが」
「慣れればええ、とっしーが落ち着くまでワテがずっと付き合っちゃるよ」
「どうしてこんなに優しいのさ?」

 こんなに、誰かに、優しくしてもらったことなんてない。
 僕には彼に返してあげるものなんてない。

「ちゃうちゃう、ワテは自分のためにやってるんよ。ワテもフラッシュバックがキツイ時に、こうして親父ぃの部下が抱きしめて寝てくれたさかい。とても救われたのを覚えてるんや」
「そうなんだ、素敵だね」

 早瀬くんが語った、優しさの連鎖に僕は感激する。
 辛いときに優しくされて、他人が苦しんだ時に、その時感じた優しさを辛さを抱えた誰かに返してあげる。
 辛いことを辛いままにして、誰かの優しさを一方的に求めていた――中学生の僕にとって、彼が示した優しさは新鮮で理想的な考えに思えた。
 
 僕はそれを【清らかな優しさ】だと(心の中で)称《たた》えて、体がじんわりと温かくなる。
 
「とっしーはちっさいな。ベッドで二人寝ている実感がないわ」

 優しく頭を撫でられる。長くて大きな指が、僕の髪を櫛《くし》ようにすく感覚に、ぞくぞくとした妖しい気分になった。

 早瀬くんに、いじられたい。葉山にされた時のようにしてほしい。
 
 現金なものだよね、中学生の僕は。
 大人の僕が、中学生の僕を呆れた瞳で見る。
 さっきまで、あんなにイヤがっていたのに、優しくされたらあっさり忘れて尻尾を振る。犬、いや犬以下だな。

 だけど、それは黒歴史ではなく、性別を超えさせるきっかけになったのだ。中学生の僕は夢にも思わないだろう。タイの整形手術で、絶世の美貌を手に入れた自分の姿。両方の性を携えた、究極に美しい肉体。

 それを、杉藤 俊雄は手に入れたのだ。

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 視界が闇に閉ざされて、冴えわたる五感が早瀬くんの存在をもっと感じたいと訴えている。まるで、今まで水を飲んだことがない花のように、僕の心は早瀬くんの優しさを求めていた。

 こんなにも誰かのぬくもりと、優しさに飢えている自分を発見して、惨めな気分になるも。

「早瀬くん」
「なんや、とっしー」
「早瀬くんのパジャマ、すごい着心地が良いね。なにからなにまでありがとう」
「そっか。せやったら、明日パジャマ買いに行くか? お揃いのパジャマやで?」
「……嬉しい」

 早瀬くんの声が不安でつぶれそうな僕の心を溶かしてくれる。彼の優しい心遣いに気持ちが切なくなって、僕はこの時だけは、自分が醜い存在だということを忘れた。

 こんなにも満ち足りていて、幸せな気分になれたのは生まれて初めてだった。欲しいと飢えている一方で、満たされている。二つ欲求が美しいバランスで釣り合っている幸福感。
 僕は軽蔑されないように、自分の欲望を必死に隠して、とろとろと深く深く睡魔のささやきに耳をすませる。
 大きな暗い穴に、音をたてずに吸い込まれていくような安らかな心地よさ。鼻腔をくすぐる冷たい土の匂いが、僕に疑似的な死をもたらしてくれる。

 あぁ、なんて、この頃の僕は、愚かで幸せなんだろう。

 だけど、この幸せは大人の僕から見たら、絶望を深めるための前振りだったのかもしれない。

――そうだよ。神様、あんまりだよ。
 なんで、僕から早瀬くんを奪ったのさ。

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 僕はいつも気付くのが遅い。
 記憶力が常人よりいいはずなのに、その時その時にかけられた言葉も、態度も、意味も、後悔した時に初めて気付くんだ。
 過去の延長線に今がある。だけど、今感じた後悔は未来に決して繋がらない。

「早瀬くんが望むんなら、豊胸手術もするよ? 胸の大きさどんな感じがいい? この前連れていたホステスさんみたいな、メロンが入ってそうな巨乳にもするよ」

 新卒の僕が、まだ平らな胸を両手で持ち上げて、二つのおっぱいを持ち上げる。
 小柄で華奢な僕に似合う、小さな花を散らして、袖に金の刺繍が入っているワンピースに、デニムのジーンズ。手と足の爪には、ラインストーンと蝶が舞っているネイルアートが施されていて、履いているのは靴じゃなくて、赤いレザーのエルメスのサンダルだ。

 整形して美しい顔を手に入れた僕は、世界を手に入れた万能感に酔っていた。男も女も虜にして、財力と肩書に物を言わせて、すべてを手に入れた気になっていた。

……当然のように、早瀬くんも僕の物になると思っていたんだ。
 早瀬くんは物じゃないのに。

「あん? とっしー、無茶するなや。それに、巨乳のホステス連れたんはたまたまや、妙な気ぃ起こすなや」

 どうしたの? 早瀬くん。
 早瀬くんは、僕が整形手術するのに反対しなかったじゃない。

 暗愚《あんぐ》な僕は早瀬くんの憂いに気づかない。
 醜かった僕のことを「かわいい」とほめてくれた彼の心が分からない。
 僕の意思を尊重すると言ってくれたのに、と、身勝手に憤る僕は、ぱっちりとした両目を早瀬くんに向けると、早瀬くんは痛々しいものを見るような瞳で僕を見て、誤魔化すように眼鏡を何度もかけなおす。

 やっぱりカッコいい。

 園生くんのように、背だけ伸びたヒョロガリ体型でもなく、大川くんのようなプロレスラー並みのマッチョさもなく、バランスの良い背の高さ。

 父親から家業を継ぐために、若頭補佐《わかがしらほさ》になった彼は同年代よりも落ち着いた貫禄を持って、ブランドのスーツをコートを粋に着こなしている。
 目立つ垂れ目を茶色の色つきメガネで隠して、シワが寄った眉間を揉み解す仕草が、なんだかセクシーで、二十代の僕はそれだけでうっとりとしてしまう。

「葛西と付き合ってんのやろ? ワテの機嫌じゃなくて、恋人の機嫌をとった方がええで。婚約を考えてるんやろ?」

 早瀬くんの噛んで含んで、言いきかせようとする言葉に、すっと思考が覚めた。彼の口から、葛西 真由《かさい まゆ》の名前なんて聞きたくなかった。

……お、えぇ女だな。とっしー見る目があるで!

 彼女を褒める度に、どす黒い感情が湧いた。
 早瀬くんが真由を気に入り、真由も早瀬くんを「お兄ちゃんみたい」と、笑う顔を殴りたくなった。

「うん。だけど、彼女は僕を嫌いにならないよ。僕が大きいおっぱいをぶら下げたって、許してくれるもん」

 だって、彼女だってわかっているはずなんだ。ブスだった分際で、僕の決定に逆らう度胸なんてない。逆らうなんてゆるさない。僕は真由のことが好きだけど、すべてを許しているわけじゃないんだ。

「とっしー。整形してから、性格わるぅなったな」
「え?」
「大切な友達だからの忠告や。もうちょい、自分の頭を冷やしぃな」

 この言葉を真摯に受け止めていれば、僕は彼女を殺さなかったのだろうか。
 僕が、葛西 真由を手にかけたと知った時……。

――バキッ!

「……」

 君は、はじめて僕を殴ったよね。いろいろな言葉を呑み込んだ唇を、ぴくぴく引きつらせて、萎れた花のように項垂れた君。
 だけど、優しい君は死ぬまで僕を見捨てなかったね。
 次々と憑かれたように殺人を繰り返す僕の為に、君はいっぱい無茶なことをしてくれた。
 
 中学の時の聡明さは影を潜めて、年齢を重ねるたびに僕たちは幼稚で愚鈍になり、平気で罪を繰り返す。
 結末が地獄だと分かり切ったからこそ開き直り、早瀬くんも血肉が潰れる音に酔い、命が潰える時の断末魔に勃起するようになった。

 君は銃で人の頭を打ちぬくのが、特に好きだったよね。赤い血と灰色の脳漿《のうしょう》が飛び散った瞬間に、同時に何度も射精したのを匂いで僕は知っているよ。

「とっしー、もうダメや、ガマンできん」

 だけど、君は僕を襲わずに、その場で自慰して終わる。
 僕を女の子に見立てて、ファスナーをその場で下ろして、湯気を立てた立派な男根を天に突き立てて絶頂する。


「イヒッ! アハハハハ……っ!」

 だらしなく涎をダラダラ垂らして、狂い笑う早瀬くん。
 メガネ越しの目は焦点を結ばず、人殺しの快楽におぼれる姿には、中学のころの面影が見当たらない。

 だけど、こんなことは僕にとって重要じゃない。
 理性をとばしても、早瀬くんは僕に触れることなく、いつも自身で欲望を処理して冷静になにごともなく死体を処理する。
 その度に、僕は言いようない敗北感に襲われたんだ。

 ねぇ、僕を愛《犯》してよぉ。

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 中学の僕が目を覚ました時。朝陽がカーテンの隙間から差し込んで、水を注いだように部屋が光で満たされた時、僕は泣きたくなるくらい嬉しくなった。
 早瀬くんが僕の隣に寝むっていて、寝息を立てている、ただそれだけの光景だけど、それは僕にとって神聖で特別な一場面だった。

 褒めてくれた。助けてくれた。一緒に寝てくれた。

 早瀬 樹《はやせ いつき》が僕自身の寂しさが生み出した妄想ではなく、ちゃんと実在している事実が奇跡のようだ。

 眼鏡を外して目を閉じている無防備な寝顔に、とても優しい感情が沸き上がって、肌に感じる彼の体温をもっと感じたくなる。

 これが、大好きって感情なのかな。

 大川くんや、五代くん、園生くんたちから感じる、親愛とは別の深い所からくるこの感情を僕は大切にしたかった。
 どこかで諦めていた幸せの形が目の前にある。ここにある。
 思わず手に入った幸せに、視界が涙で滲んだ。

「ううん、とっしー。おはようさん」

 早瀬くんが気付く前に、手の甲で涙を拭く。借りたパジャマを、僕の涙で汚すなんて、とんでもない行為だ。

「おはよう、早瀬くん。昨日は本当にありがとう」

 そのまま、時間が止まって欲しい。だけど、早瀬くんと学校に行って、今日という日がどんな日なのか、想像するだけで心臓がばくばくする。

 僕は本当に幸せだったんだ。

 中学生の僕はもしかしたら……って、思ったんだ。

 今まで辛いことがあった分、これからとても幸せで良いことがたくさん起こるって。生きていてもいいって、杉藤家が敷いた道だけど、光差す方向に歩いていけるんじゃないかって。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 早瀬くんの部屋から出た時、開いたドアの脇に大川くんがいた。体育座りの姿勢のまま、静かに寝息を立てている大川くんに、僕は昨日のことを思い出す。

 パニックになった僕を、真っ先に抱きしめてくれたのは彼だった。
 だけど、僕は彼に何をした?

「ずっと、ここで待っていてくれたの?」

 昨日とおなじ格好のまま、彼は罰を受ける聖人のように微動だにしない。
 問いかける僕を、後ろから何事かと、早瀬くんがドアの隙間から顔を出す。

「なんや。ずっとここで待っていたんか? 愛されてんなとっしー」
「……うん」

 僕は認めよう。抱きしめてくれた大川くんの気持ちは、確かに僕に向かっていたのだから。

 大川くんを起こそうと、僕は手を伸ばす。そのまま、傷跡が癒えた白い額をなぞりたい衝動にかられながら、寝返り代わりのかすかな身じろぎに、うっかり手を引っ込める。
 
 起こしたい。起こしたくない。決められない僕の様子に、早瀬くんがニヤリと笑って膝を折り、大川くんの耳元に顔を近づけた。

「え、ちょっとなに?」
「ん? ただのイタズラや」

 早瀬くんのほんのりと赤い唇が、大川くんの耳に「ふぅ」と息をふきかける。吹きかける息が、わずかに大川くんの短い髪を揺らして、微かな緊張が大川くんの表情に走った。

「ンッ」

 なにかに耐えるような表情と、悩まし気に引き結んだ唇。
 ほんのりと頬が赤くなり、眉間にしわを寄せる眉がぴくりと反応する。

「お、えぁ反応やな」

 うんうんと満足げに頷く早瀬くんは、大きく息を吸い込んで……。

「大川起きろーっ! 火事やあああぁっ!」

 いきなり早瀬くんが大声を上げた。

「!!!」

 まるで音が爆発したみたいだ。
 不意打ちを突かれた大川くんは、そのまま尻もちをついて動けなくなった。ずっと体育座りをしていたせいで、体勢が一気に崩れたことと、今起きた現実に頭がついていけないようだった。

「アハハハハっ! 大川、おはよう」
「お、おはよう。大川くん」
「お、おう」

 爆笑する早瀬くんに、僕と大川くんはぽかんと顔を見合わせた。
 いろいろ言いたいことがあるけど、早瀬くんの笑い声に、わだかまりが流されていく。僕たちは、朝の支度を済ませて、一階の食堂に向かった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 食堂は有料だ。だけど、今日は自炊するよりも、ちょっと特別なことをしたかった。早瀬くんも大川くんも、僕が「今日は食堂にしたい」と言ったらOKを出してくれた。

 大川くんの方は、多分、五代くんと園生くんとの顔を合わせたくなかったのかもしれない。あの二人が、二階の共有キッチンで自炊をするか、それとも食堂を選ぶかは二分の一の確率。

 なにげなく二人の話題に触れると、大川くんは気まずい表情になり、僕は大川くんの顔に、暗い現実がじわじわと浸透していく気持ち悪さを覚えて、胃の当たりがずんと痛くなった。

 食堂で二人に遭遇しませんように。

 そんな僕の独りよがりな願いは、いつもかなえられたためしがない。
 食堂で二人の姿を見つけて、僕はどうにか声をかけようとするが、声どころか体が硬直して動かなくなった。呼吸もおかしく、汗がどっと出る。

 どうすればいいのか、わからない僕をよそに。

「五代、一緒に食わへん?」
「ソノ、ちょっと付き合え」

 早瀬くんと大川くんは、二人に普通に声をかけた。
 二人はぎょっとした顔になり、視線を合わせずに僕たちの席に来る。

「杉藤、その、ごめん。今まで」
「……」

 五代くんは苦し気に謝罪するが、園生くんはじっと僕を見て無言になった。以前の彼だったら、おどおどしながら自分を守るために、平身低頭《へいしんていとう》、僕たちが気の毒になるまで謝り倒すのに。

「なんや。あんたら、結構腹にたまってんな。今日、腹割って話し合った方がええんとちゃう?」
「なにも知らない君が、なにを仕切ろうとしてるの」

 早瀬くんの提案に、五代くんが形の良い眉を寄せて不快そうに言う。
 気まずい空気の重さが増し、僕は自分が叱られた錯覚に陥った。
 なに他人に頼っているんだと、失望されたのかもしれない。と。
 なのに、早瀬くんは口を閉じなかった。

「ここまで付き合ったら、もう当事者や。放課後、近くのファミレスに集合な。参加は強制せんけど、参加しないヤツはとっしーと縁切った方がええ」

 縁を切る。飛び出した思い切りのいい言葉に、胸が締め上げられた。
 客観的にみると、そこまで僕たちは行き詰まっているのだ。
 そうだ、だけど、それはいつから?

「……縁なんてきれないよ。少なくとも、大学を出るまではね。ぼくの家は、杉藤くんの家に援助を受けているんだ。簡単に言わないでくれる?」

 園生くんの吐き捨てる言葉に、場の空気が凍った。
 感情の見えない暗い瞳。表情のない顔。夕闇にできる影のように高い背。
 この男から飛び出した言葉が、僕の気持ちを嘲笑い、友人たちの切実さを切り捨てる。
 
 あぁ、なんで。
 僕は途端にバカバカしくなった。
 後生大事に抱えていたものが、じつはゴミだと気づいたから手をはなしたんだ。
 
「そんなの、バレなければいいでしょう。僕たちとうまく付き合っていますって、園生くんが気を付けてればいい話だよ。僕のことが嫌いなら、無理に付き合わなくていいし」

 僕が感情的に言うと、園生くんが大きな瞳を僕にむけた。
 山に遭難して以来の彼の態度に、僕は今更ながら己の愚かさを悟る。
 色々間違えた。そして、僕自身が友情を継続できないことを、ずっと認めることが出来なかった。

 本当に、なんて、バカバカしい。 

 気まずくて重たい空気のまま朝食が終わって、僕たちは学校に行った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 放課後。時間に遅れないように、簡単に早瀬くんとパジャマを買いに行き、ファミレスで三人を待つ。

 L字型のソファーと、二つのテーブルを合体させてた長方形の席だ。パジャマを入れた袋を、ソファーと自分の背中の間に入れて、クッション代わりにする。

「とっしー、この席でええの?」

 早瀬くんが訊くと、僕は軽く頷き、マスクを外して水を少し飲んだ。
 コップの中の氷がぶつかって、カランと、気持ちいい音ごと水を飲み込むと、興奮して激情で湧きそうな頭が少し冷める。

 僕が座ったのは、L字型のソファー側の中間――つまり不快なことになっても、間に誰かが座ってなかなか席から立てない配置になっている。

 僕は逃げられないことが分かっていた。現実から、そして自分から。

 それがわかったのか、早瀬くんは僕の隣に座った。
 指定した時間が来る前に、三人はファミレスに来た。当然のように、大川くんが空いている側の僕の隣に座り、通路側の席に五代くんと園生くんが座る。
 僕の前に五代くん、大川くんの前に園生くんが座る配置に、僕は園生くんの狡さを見つけて、ぎゅっと拳を握った。

 僕が園生くんにキツイことを言っても、大川くんがフォローしてくれるのを期待しているんだ。

……だけど。
 
 僕は三人が、即座に縁を切らないことに、複雑な喜びが渦巻く。
 嬉しくないわけじゃないけど、重たくて、苦くて、辛《つら》い。

 ウェイトレスが追加の水を運んできて、五つのコップがテーブルに並び、早瀬くんがメニューを持ち上げて言った。

「じゃ。全員来たところで、いったん飯食うで。腹が減ったまま話し合いをすると、大抵不毛な結果になるんや」
「お腹空いてない」

 早瀬くんの提案に園生くんが反発するが、早瀬くんは飄々とした態度で肩をすくめた。

「あ、そ。ちなみに、ワテのおごりやけど?」
「いらない」
「じゃあ、オレはこれとこれ」
「私は、これとライスの大盛、食後のデザートをつけて」
「僕はこれがいいかな」
「ワテは~」

 頑なに早瀬くんを拒む園生くん。このままでは話が進まないと、大川くんが注文を確定させて、流れに乗って五代くんと僕が、最後に早瀬くんがしめた。

 食事が終わったら、僕たちの今後を決める話し合いが始まる。そう考えると、今まで大人たちに振り回されて、言われるがままだった自分たちにとって、良い転機になるはずだと思った。

 そう思わないと、やってられなかった。

【つづく】


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