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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_64_20代編 06

「あ、僕。リンゴを素手で握りつぶすのが得意なんです」

 にっこりと笑って言うと、干野の目が大きく見開かれる。
 ぎりぎりと音を立てて、締め上げられる大きな手が僕の手首から離れて、一気に紫に変色し、子分たちが絶句しているのを視界の端でとらえる。

 これで、終わりかな?

 と、思ったら「うおぉおおおっ!」と叫びながら干野が拳を振り上げて、僕に殴りかかろうとしていた。

 おおっ、と、僕は感心した。流石ヤクザだ。僕の脅しが児戯だと分かるし、即座に攻撃にうつる冷静さに感動すら覚える。

 だけど、僕の方が力が強いんだよね。

 そう
 単純に。
 雑に。

 僕は掴んだ手首を横に凪ぐと、殴りかかろうとした干野の上体が大きく揺れた。殴ろうとして前へ大きく踏み出そうとした分、勢いよくつんのめるところを、すかさず足を引っかけて思いっきり転ばせる。

――ドスンッ!

 転倒する大きな体。この騒ぎを聞きつけて、警察が来るかもしれないなと、考えながら、僕はポケットからスタンガンを取り出して、倒れている干野の顔に突き付けた。
 すると、今まで黙っていた十条が懐から銃を取り出す。
 警察に支給されているニューナンブと似ているけど、どこか違う雰囲気。いびつさを感じさせる部分に、改造銃の可能性が僕の中で頭をもたげる。
 
 そういえば、今年の四月に改造モデルガンを所持していた警官が逮捕されたっけ?

……と、どうでもいいことを思い出すと同時に「やめろッ! 俺の顔を潰す気か!」と、干野の怒鳴り声が十条の行動を制した。

「け、けど、親父」

 と、冴木が慌てて声を上げる。それに対して、干野は怒号をあげることもなく、静かに立ち上がった。そして、彼はゆっくりと僕を見据えると、 乾いた笑いを浮かべて言った。

「バカなボンボンだと言って悪かった。この通りだ」

 さっきまでの威勢の良さはどこにもない、僕みたいな青二才にキレイな角度でお辞儀をする干野に、僕の目が丸くなるのが分かる。

「俺はこの通り、血の気が多くてな。こうでもしないと相手を見極められないんだ」
「は、はぁ」

 なるほど、これが早瀬くんの言う所の「頭の足りない連中」という人種か。世間一般では通用しない、彼らには彼らの理屈に従って生きているのだろう。だけどそれって、別の意味で世間知らずのような気がする。

 まぁ、僕が言えた義理じゃないけど。

「それでは、改めまして話し合いをしましょうか? もちろん、僕の奢りですので好きなだけお酒や料理を注文してください。とはいえ、守秘義務がありますので女性のデュエットはお断りいたします」

 僕はポケットにスタンガンを戻して、細長い個室に四名を招き入れる。相手が油断するように、わざと退路には遠い奥側の席について、彼らが席につくように促して、やんわりと釘をさす。すると、十条と冴木はあからさまにイヤな顔をした。

「杉藤さんは、頭が固くていけないなぁ。女に俺らの会話が理解できる知能なんてないんだぜぇ」
「そうそう。それにこのスナックの子たち、在留系が多いから日本語なんて理解できねぇよ。ソイツラにとってはヤラせれば金がもらえる。それだけだ」
「……万が一、彼女たちが盗聴器を持っている可能性を考えないんですか? ママさんは少なくとも日本人でしたよね。ママさんがもしも裏切ったら? 自分たちも盗聴器を仕掛けているのに、相手も自分たちと同じ手で来るとは考えないのですかねぇ」

 僕はなるべくつとめて、淡々と可能性と皮肉を交えて話す。
 二人はさらに露骨に嫌そうな顔になり――チッ! と舌打ちをした。
 まったく失礼な連中だ。おかげで心置きなく、遠慮なくブチコロスコトガデキル……。

「おい、みっともないマネはやめろ! 杉藤さんが困っているだろうが。お前ら、下手をしたら二人とも懲役なんだぞ。恩情に感謝しろ」
「……」

 干野の言葉に二人はしぶしぶとと引き下がる。
 なるほど、この人は部下には慕われていないらしい。なんとなく、この二人と干野の力関係がうっすらと見えてきた。

「すいませんね。近頃の若い奴は、いくら教育をしても反発してきやがる。これがゆとりってヤツなんでしょうね」
「……そういう僕も、ぎりぎりゆとり教育なんですが」

 高校の頃だっけ、土日に学校が休みになったの。

 そう考えると、十条と冴木は僕より年下ということになる。なんだろう、なんだか一気に老けた気がしなくもない。

「あぁ、そりゃ失礼。おしぼりを持って来させましょう」

 そう言って、干野は壁にひっ付いている子機を手に持ち、下に連絡を入れる。するとすぐにドアがノックされて、ママさんではない若い女性が入ってきた。十条と冴木いわく在日系らしいけど、そういわれても日本人と外見はそう変わらない。
 彼女は僕らの前におしぼりを置くと、何も言わずに部屋から出て行く。
 それを見届けてから、僕は口を開いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 僕はざっと部屋を見まわした。部屋の壁に沿って配置されたソファー席、一番奥にいる僕から順に、日野、十条、冴木、入り口の近くに座っているのは干野だ。
 なにかあった時のために、立ち回れる優位な場所。僕にしおらしい態度をとりながらも、用心深く警戒を怠らない姿勢は、なかなか食えない印象を与えた。

「この度、皆さまをお呼びいたしましたのは、この広大な山中崎の山地に対して、適切な土地の運用を行うために、力を貸していただきたいとお願いしたいのです」

 僕は少し困った体を装って、丁寧に切り出した。まずは干野の出方を見る。そして、反応を見ながら言葉を選んでいく。

 僕は話した。ここの土地の運用は、山地が多いため間伐を定期的に行わないといけないこと、バブルの名残である廃墟が各所に所々あるため、リフォームや駐車場にしたいと考えていること。

 川沿いにはアスレチック施設やキャンプ場、合宿免許ができる宿泊施設もあり、堅実に運用すれば利益は確実に見込めることを。

 干野たちは僕が話し出すと同時に表情を引き締め、僕が話している間、一言たりとも聞き漏らすまいとしているようだった。

 日野以外、彼らは疑問に思っていない。こんな大事な話を、資料を用意しないで、なんで口頭のみで説明するのか? と。

 しかし僕はあえて日野を無視した。もし、彼らがその事に気づいていないなら、それはそれで好都合なのだから。
 それにしても、彼らのようなプロを相手にしてプレゼンするのは初めてだから、やっぱり緊張する。

 僕たちは今、央龍会がどうなっているか、実情が分からないからね。

 そう、僕がこんなまどろっころしい茶番に興じているのは、中国組織と手を組んだ関東圏内のヤクザ組織が、どんな状況なのか調べるためである。
 十条がちらちらと挙動不審になり、冴木の方も十条と視線をかわしながらなにやらアイコンタクトを取っているのに気が付いた。

「はい、十条さんと冴木さん、なにか質問はありませんか?」

 僕はわざと大声を出して二人に発言を促すと、途端に挙動が不審になって目が泳ぎ始める。この二人が僕に対して、強い苦手意識敵意を持っているのが分かっているからの嫌がらせ。
 まさか学校のように当てられるなんて思っていなかったなら、出来の悪い生徒のようにしどろもどろ回答する。

「あ、いえ。その山地が多いのでしたら、切り崩して平地にすればいいかな……とか」
「そうそう。うちは大手のゼネコンともパイプがあるし、道路とかゴルフ場とか喜ぶかも」
「……」

 あやしい。

「ちょっと、身体検査をしても良いですか?」

 僕はそう言うと、おもむろに立ち上がって彼らの方に歩み寄っていく。

「その、やめてください。なにもやましいことしてませんって」
「杉藤さん、冗談はきついですよ」

 と、言いつつソファーから腰を浮かせる姿は、自白しているようなものだ。
 拳銃で威嚇してこないから、彼らにとって重要度が低そうだけど。

「干野さんも良いですよね?」

 僕は念のため、一応目上の干野の同意を求めた。日野は完全な空気だ。干野は、僕の意図を理解しているようで、苦笑を浮かべてうなずいて見せた。

 まずは、十条のジャケットの内ポケットに手を突っ込み、スマートフォンを取り出す。表に出された液晶の画面にから明らかな通話状態になっており、通話相手の名前は非表示であるものの想像がついた。

「あーあ。見つかっちゃいましたね」

 僕の言葉に十条は諦めたように肩をすくめると、隣に座っていた冴木も、観念した様子で自分のスマートフォンを出してテーブルの上に置く。こちらは録音モードの状態だった。

「流石、僕の部屋に盗聴器をしかけるだけのことはありますね。やっぱり被害届を出した方が良かったでしょうか。正直ガッカリです」

 僕は大げさに、嘆くように言う。声の調子を悲しそうなトーンを落として、沈痛にうつむいて、純粋に傷ついている世間知らずなボンボンのポーズを印象付ける。
 日野は今更、自分がヤバい相手と繋がっていまったことを悟ったのか、顔を気の毒なほどに青くさせて、干野の方はこめかみに十字の血管を浮かせて、冴木と十条の方は顔を伏せて身を固くした。干野の目が据わって、視線の先にいる二人は上司の怒りを肌で感じているらしく、ただただ嵐が去るのを待っている。

 僕はおしぼりで手を拭うと、テーブルの上に置かれている通話状態のままのスマートフォンに手を伸ばした。

「こんばんは、杉藤です。ナンバーズレートの社長さんですよね。確かお名前は」
『――真澄ますみだ』

 ビンゴ。僕はスマホに向かって笑顔を向け、スピーカーホンにしてテーブルの上に置きなおす。

『ずいぶんと面白い話をしているようでしたね。それなのに、社長の私抜きで話を進めるとは、なかなか面白くない。でしょう? 干野さん』

 盗聴がバレたにも関わらず落ち着いた話しぶり。だけど、言外に漂う怒りの気配は、僕よりも干野に向けられていることが、匂いを嗅がなくてもよく分かった。

 僕はポケットに入っているスマートフォンの録音機能をONにして、取りなすような口調でテーブルのスマフォに話しかける。

「あぁ、すいません。社長をお忙しいと日野さんから伺ったので、干野さんにご足労をいただきました」

 とはいえ、本音は取りなすつもりなんて毛頭ない。尾行をしてくれた物部くんが、干野がスナックでよく社長の愚痴をこぼしていたのを聞いていたからだ。

 干野曰く、自分の方が央龍会幹部に目をかけられており、信頼も厚い。ヤクザは下積みが重要とはいえ、社長のような青二才の下で働くなんて耐えられない――と。

「ほう、それはどういうことですかね? 十条と冴木の件は伺っていますが、私が聞いた話では、二人の被害届を撤回してくれたお礼の接待だと聞きましたが」

 そして、真澄社長の方も干野に対して強い不信感を持っているようだ。冴木と十条が、今回の話し合いで盗聴をしかけてきたのは、二人の独断ではなく社長の指示であることがわかる。

 真澄の誤算は冴木と十条が経験不足だということ、相手に知られることなくこそこそと暗躍する分にはいいが、表に立たされれば、途端に臆病風に吹かれて挙動に迷いが生じるのだ。
 この真澄も、スマートフォン越しで今は普通に会話をしているが、実際に一対一になったらどうなるだろうか。

「あぁ、そんな。社長はいつも外回りでお忙しい身、しかも大事な要件も簡単なメールで済ます始末でしょう。ですから私が直々に出向くしかないじゃないですか。杉藤さんとの接待が、大きなシノギだと分かって慌てているんでしょう? こういうセコセコとあさましいところが、幹部や中国のヤツラにバカにされる要因だとわからないんですか? わからないんでしょう? なにより、うちがここに進出する理由として、杉藤家とパイプをつなぎ直したいのが本家の意向ですし、結果オーライじゃないですか」

 干野は得意げな笑みを浮かべて、いかにも事情を知っているぞとばかりに饒舌に語る。自分の方が上だという意識と、自分の知らない所で部下に盗聴されていたことが、この男のプライドをいたく刺激したのだろう。
 べらべら喋りすぎて、ナンバーズレートの内情に同情する気持ちが少しわくものの、これで、コイツラノ、ヨウガナクナッタ

【つづく】

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