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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_66_20代編 08
さぁ、レッツパーティータイム♪
自分たちの罪を自覚しないヤツラに天誅を!
家族は関係ない?
うーん、関係なくない。罪と不幸は病気のように伝染する、これ以上汚染を広げないために、お願いだから、世のため人の為に死んでください☆
「こんにちは~。大川運送です」
「はい」
扉を開けた途端に口に布を押し付けられて、対象を手際よく昏倒させる。その場で梱包材を使って体をぐるぐる巻きにして、大川くんが手慣れた手つきでトラックの貨物へと担ぎ上げて一名確保。
あと三名。元同級生と子供が二人。
家族構成も行動も掌握済み。やっぱり、下調べと下準備は大切だよね。
作業員に扮した僕たちは、音を立てずに家に侵入する。時刻は20時から21時の間。夜の時間帯且つ、荷物が届いてもギリギリ不審がらないタイミングをはかって、家族同士でくつろいでいる油断した時間に襲撃。
リビングに寛いでいた元同級生……もとい目黒くんは、一瞬、なにが起こっているのか分からないようだった。
「なぁ。こんな時間に、誰が荷物を送ってきたんだ?」
ソファに座ったまま、部屋に入ってきた人間が奥さんだと思い込んで問いかける。
だけど残念でした。
「杉藤 俊雄からです」
僕は目黒くんの反応が知りたくなって、つい答えてしまった。
あぁ、いけない。どうして僕は、機械のごとく冷徹に徹することができないのだろう。今日はあと五件ぐらい回らないといけないのに。
「なっ」
びっくりして腰を浮かしかけた彼を物部くんが後ろ手に拘束し、口に催眠薬を染み込ませた布を噛ませて無力化する。僕たちの後ろで、園生くんと早瀬くんが階段を静かに上り、上の階にいる子供たちを確保。二人とも手先が器用だからカギをかけても関係ない。針金で即、開錠できてしまう。
まだ二人とも小学校に上がったばかり。
しかもこの同級生の子供らしく、見事に同級生をイジメる側にまわってしまった。親の不幸が引き継がれている証拠だ。
テレビを消さないまま、リビングの床に三人の身体を並べて、僕たちはもくもくと彼らの身体を梱包材で梱包してガムテープで拘束する。パステルカラーのパジャマを着た子供たち、ゆったりとしたガウンを着た目黒くん。
彼らがマネキンのようにプチプチにくるまれて床に転がっている姿は、僕が何度も熊谷の妄想でシュミレートした通りのままで、現実の光景として広がっている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕は成人式を迎えるまでずっとずっと、熊谷 満子を嬲り殺す妄想に浸っていた。辛い現実を生き延びるために、自分の頭の中で、自分より惨めな存在を作り出し、何パターンも何パターンも試行錯誤して、バリエーション豊かで残酷な拷問方法と拷問に至るまでの過程を愉悦を持って想像し続けた。
自分より惨めな存在。イジメていい存在。殺してもいい存在。絶対的不幸な存在。杉藤家に生まれてよかったと思える存在。
だけど、この現実は幸せになるチャンスがある。努力が報われてしまうのだ。熊谷は僕の望み通りに落ちぶれて惨めな存在になってくれなかった。勝手に幸せになったことで、僕の妄想は化石のようにしぼんで砕けたと思ったけど、こんな場面……例えば拉致の作戦を考える時に役に立った。
同じシチュエーションでも不測の事態を含めて、パターンA、Bと何通りも考えられるようなって、例えばそう――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ピンポーン。と、玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に来客?
僕はインターホンの画面を確認するが、そこには人の姿がない。
ピンポーン。
あ、また鳴った。
誰だろう、こんな時間に。
家族かな?
それとも同業者かな?
僕は眉を寄せて、この家の間取りを思い出す。リビングの隣の部屋は、廊下でつながっていて、その向こうにはキッチンがある。そして、キッチンの横に裏口があった。サザエさんの三河谷さんが出入りするシーンを想像すると分かりやすいかな。
できれば余計な死体は増やしたくないんだけど。
来訪者の正体が目黒くんの親類だった可能性を考えて、心の中で舌打ちする。
自分の子供が陰湿なイジメをしていることを知っていて、自分の子供の不始末に責任を取らず、この山中崎で堂々と杉藤家に逆らうことが出来た世代。ひと昔前だったら粛清対象だったであろう、幸運な人々。
胃の辺りにこみ上げるモノを感じながら、簡単なハンドサインを出して、梱包された三名を運び出すように指示を出し、来訪者の正体を確認するためにリビングを出る。
ピンポーン。
これで三度目だ。家の明かりもついているし、このまま知らない振りをして居留守を使うのも悪手。来訪者がこのまま正面玄関にまわれば、配送トラックがあり梱包材に包まれた家族が運び込まれている場面に遭遇するだろう。
面倒なことになる前に先手を打つことが大事だ。 裏口は呼び鈴のみだから、直接対応しないといけない。
キッチンに辿り着くと「はーい、どちらさまですかー」っと、なるべく明るい声を出す。
「ドミニピザでーす」
ドアの向こうから聞こえてきたのは男の声だった。
なんだ、ピザか。と、僕は内心ほっとして、作業着を脱ぎ、部屋のすみに大川運送のロゴが入ったジャケットを隠す。
半袖のシャツ姿になると、首にかけていたタオルで汗を拭きとり、扉を開ける。
ガチャリと、扉を開ける音がやけに大きく響いて、静かな緊張が体を駆ける感覚があった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
裏口に立っていたのは、十代後半ぐらいの若い男だった。痩せた体に赤い制服。いささか疲れた面持ちでピザの箱を持ち、僕の姿を認めた瞬間、不思議そうに目をパチパチさせる。
「あの、目黒さんのお宅ですよね?」
頼りなく視線を彷徨わせている瞳には戸惑いの影が揺れて、僕は笑顔を取り繕ってピザを受け取る。
「あ、はいはい。そうですよ?」
「あの、目黒さんのお宅ですよね?」
同じ質問をした男は不安そうに僕を見た。
え?
という表情を返すと、彼は困ったように頬を引きつらせる。
そこでようやく合点が行った。
このピザの配達員と、目黒一家は顔見知りだという可能性だ。どういう経緯でピザを頼んだか分からないけど、子供を寝かせた後、夫婦でのんびりピザを食べて夜を過ごそうとしていたのだろうか。
なんで目黒一家じゃない人間がここにいる?
この人間にピザを渡して果たして良いのだろうか?
……これはなるほど、若い上にアルバイト経験が浅い人間が陥りやすい心理だ。マニュアル通り、いつも通りが崩れてしまうと、自分がどうすればいいのか分からなくなる。
かという僕は、アルバイトなんかしたことないんだけどね。
「あぁ、目黒くんとは同級生なんですよ」
「え、あ、あぁ。そうなんですか?」
僕が笑顔で言い切ると、配達員の顔から戸惑いの影が若干薄れた。
「あ、ははは、すいません。変なこと聞いてしまって」
自覚があったのか、素直に頭を下げる配達員は「それじゃ、失礼します」と言って、その場を離れようとする。
まるで逃げるように。
――というよりも、ピザを持って逃げようとしている。
踵を返して逃げようとする背中には、強い確信があるようだった。
だけど僕は慌てない。ポケットにあらかじめ用意してあった、握りこぶし大の黄色の蛍光塗料を塗った小石を取り出して、配達員の頭めがけて思いっきり投擲する。
ゴツン。と、鈍い音が響いて蹲る体。悲鳴を上げるよりも早く、羽交い絞めにして家に引きずり込み床に押し倒す。宅配の青年は驚きのあまり目を見開いていたが、やがて状況を察したらしく暴れ始めた。
あーあ、バカだな。
蜘蛛の巣に囚われた蝶のようにジタバタともがく配達員に僕は同情した。見て見ぬふりをして、ピザを渡して料金を精算すれば、それで、それだけで済んでいたのに。
店に戻って、また別の配達に出て、いつも通りの日常を送るはずだったのに。
ちょっとした判断ミスと他者の悪意で、日常は一気に崩れる。そして、たくさんの人間を不幸にするんだ。
目黒くんの加担したイジメが、僕から日常を奪って巡り巡ってこの男の命すら奪う。不幸の連鎖は止まらない。
溢れんばかりの不幸の蜜が糸を引いて、胃の形をした神様は、人間たちをせせら笑う。
人の不幸は蜜の味。神様は笑い、天使たちは不幸を精製するために、人間を蹂躙する。
遠くで嘲笑う声が聞こえるのを、僕は聞こえないふりをする。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……った」
助けを請う前に、僕はポケットからスタンガンを取り出し、配達員の首筋に押し付けると、びくりと痩せた体が痙攣して力なく横たわる。
これからのことを考えると、この青年も片付けないといけない。
余計な可能性は排除するにかぎるのだ。
僕は青年にぶつけた石を回収するために外に出る。蛍光塗料のおかげで夜でも目がひく明るい黄色が、僕の瞳には使った回数分、赤黒く染まっているように見える。
これが僕の選んだ道であり、生き方なのだから。
僕は配達員の身体をガムテープで縛って口を塞ぎ、廊下をずりずりと引きずっていく。
いつも思うんだ。人間の身体は、どうして意識を失うと一気に体が重くなるのだろう……と。死体になると軽くなるのに、じつに不思議だ。
リビングに辿り着くと、大川くんがソファに座って僕を待ってくれていた。
「なに、こいつ? 珍しくドジ踏んだの?」
「うん。まぁ、そういうこと。こいつはここで焼き殺すから、トラックからちょっとガソリン抜くよ」
「あいよ」
最初はおっかなびっくりの、ガソリンの扱いもお手の物。大学を卒業してから数年、危険物取り扱いのテストを受けて、甲乙丙の三種類を全部取得した。中学の頃から目の当たりにしたガソリンの威力は、僕の望む結末へといつも導いてくれる。
「もーえろよ、もえろーよー。世界よもーえーろー」
と、口ずさみながらバックミラー越しに燃える民家を眺める。
庭から回収したピザも、結局は家ごと燃やした。ちょっと惜しい気分になるけど、気持ちを切り替えよう。
トラックの荷台には、人間を詰めるスペースにまだまだ余裕がある。一日に五家族のペースで一週間なら一クラス分が終わるだろう。催眠薬のせいで死んでも構わない、殺す手間が省けるし。
拠点にしている別荘は、あれから三件増やして、座敷牢も増設している。その日に殺せなくても、次の日に実行できる余裕を作らないと完全に、復讐は完遂されない。
いざとなったら、限界ギリギリまで座敷牢に人を収容して、そのまま焼き殺すことも良いかもしれないな。
そう、確実に確定的に。
最終的には死体が発見されなければいい。
状況はいつも不安定で、現実にはいつも魔物が潜んでいる。
泣く泣く家の中で殺して、死体を別荘に運んだこともある。
求められるのは、現実の不条理を受け入れて前に進むこと。
逃げる事なんて許されない。
「杉藤さん、着きました」
隣でトラックを運転していた物部くんが声かけてくる。
僕は歌うのを中断して、次のターゲットの民家を眺めた。
ほんの数キロ先では、家が燃えて、野次馬たちが路上に出て、トラックの荷台には拉致された人々が横たわり、僕の仲間が待機している。そして目の前の家では、いつも通りの日常が続いている。
「どうしてなんだろうなぁ」
これはなんてヒドイ構図なんだろう。いや、世界自体が歪んで個々に分断されている。だから、いちいち話し合わないといけない、相談しないといけない、連絡しないといけない。常に誰かの存在を意識しないと、自分の世界から自分がすり抜けて、勝手に周囲が動いてすべてに取り残されてしまうのだ。
取り残された命がここに一つ。
さらに、眼前のターゲットも取り残された命に入るのだろう。
そして、なにも、残らない。
「こんばんはー。大川運送です」
僕は空のダンボールを抱えてインターホンを押した。
じっと運転席から僕を見ている、物部くんの視線を背中で感じながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんで?」
僕を信じられない顔で物部くんを見る。
物部くんも僕と同じ表情を浮かべながら、顔を横に振る。
「もう、やめましょう。貴方は――だから」
「やめて!」
聞きたくない、聞かせないで。
僕を現実に帰さないで!
僕を放っておいて!
僕に構わないで!
悲しそうに目を伏せる物部くんは、ふっと暗闇に自分から身を投じた。
彼は死ななかったけど、意識不明になった。
【つづく】
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