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【加筆・修正ver】杉藤 俊雄 は××したい_26_中学生編 04

 ハンバーク、サラダ、うどん、スパゲッティー、ステーキ、またサラダ。パフェ、チョコレートケーキ、またサラダ。
 僕たちは早瀬くんが、奢ることをいいことによく食べた。

 最初拒絶していた園生くんも、ばくばく食べる僕たちに触発されて、結局いっぱい食べた。
 ピザ、わかめサラダ、和風おろしステーキ。またサラダ。だ。

「アンタら、良い食いっぷりやなぁ。こんなに食べてくれてワテ嬉しいわー」

 早瀬くんは感心して、刺身定食とデミグラスハンバーグを交互に食べる。
 生ものと油っぽいものを平気で交互に食べる姿に、大人の僕の意識が感心した。若さっていいものだと。

「ごちそうさま、本当に美味しいよ」
 
 ウーロン茶を飲んで落ち着いた僕は、早瀬くんにお礼を言った。
 奢られることなんて初めてだった。他人の好意に甘えてご飯を食べていると、食べて分だけ胃が広がっていって、なんだか妙な気分だ。

 なんだろうな。くすぐったくて、いつも以上に、お腹の奥にご飯が届く感じとか……。

 そういえば。

 と、僕は小学校のことを思い出す。まだ山に遭難する以前は、マクドとかファミレスとか、大川くんや五代くん、園生くんにおごっていたことを思い出した。

 彼らにも、今僕が感じている感覚があったのだろうか。いつもよりも、お腹の奥にご飯が入って、舌や口に感じる味も、はじめて食べたような新鮮に感じる瞬間が――そう、だったら少しうれしいな。

 だけど、と。大人の僕の意識が、中学になった僕たちを見る。自分たちの関係性にどん詰まり、他人に無意識に助けを求めている、おそらく普通の同年代よりも未熟な子供たちがここにいる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 食事が終わって、話し合いを始めようと僕たちは準備を始める。
 寮の門限に間に合うためにも、長々と居座るつもりはない。

「ねぇ、ぼくから話して良い?」

 最初に口火を切ったのは園生くんだった。飲み干して、氷もなくなったコップの縁を撫でながら、僕の視線をあわせないように顔を俯かせる。

「いいよ。この際、いいたいこと言ってよ」

 僕が言うと、園生くんの口の端が少し歪んで持ち上がった。

「ぼくはね、杉藤君のこと、ずっと死んでほしいって思っているんだ。現在進行形でね」

 どこか気だるげに言って、額にかかる前髪をちょいちょいいじる園生くんは、ため息交じりに言葉を絞る。

「だってさ、君がいるからぼくは、望む望まないに関わらずここにいる。山で遭難した時は、君を事故死にみせかけて殺そうとして失敗した。いやぁ、死体を見つけるなんて思わなかったよ。おかげで、ぼくの計画はご破算さ」

 すらすらと聞き取りやすい語り口が、葉山を思わせた。本家の屋敷で、無邪気に屋敷の中を案内した時よりも、重々しく悪意をにじませて語る姿に、時間の流れの残酷さを感じてしまう。

 大川くんと五代くんは、ぎょっとした顔で園生くんを見るが、僕はさして驚かない。療養所であらかじめ、葉山から話を聞いていたせいなのかもしれない。

「緑、君の行動が理解できないよ。だったら、なんであの時、私達から離れたんだ?」
「見つけてくれることが分かっていたからさ。バラバラに行動するか留まるかの時点で、本当はぼくの泣き言を聞いてくれると思ったんだ。バラバラに行動すれば無防備な杉藤君を、斜面に突き落とせると思ったんだけどね。だけど、実際そうならなかった。正直ショックだったよ。思ったよりみんな冷静だし。だから、わざとみんなから離れたんだ。杉藤君の嗅覚なら、ぼくを見つけると思ったから、わざと足場の悪いところを探して、そこで探しに来るのを待っているつもりだったんだ。心配して近づいてきたところを、思いっきり突き飛ばして頭から落ちれば、いくら杉藤君でも死ぬでしょ?」
「で、俊雄を殺すどころか、お前の方が、足を滑らせて斜面に落ちた挙句、死体を見ちまったってことか?」
「うん、今考えると穴だらけだよね。錯乱して君の首を絞めたのは、わざとじゃなし。本当に覚えていないんだけど、惜しいことをしたよ」

 穴だらけどころか、その時、僕は園生くんを追跡できなかった。彼が足を滑らして、身の危険を感じたことで、やっと匂いを嗅ぎ取れたんだ。
 もしかしたら、と。僕は考える。
 園生くんの殺意で混沌とした感情を、鼻が拒絶したのかもしれない。

「てめぇっ」

 園生くんから語られた殺害計画に、大川くんの声が怒りで震える。五代くんも園生くんを、信じられないものを見る目で顔をしかめ、早瀬くんは無言で眼鏡をかけなおした。

「それで、園生くんはなにがしたかったの?」

 それが一番聞きたい。なにが、君をそこまでさせたのかを。

「僕はね。杉藤君を紹介されるまで、自分が王子様だと思い込んでいたんだ。誰よりも大きな家に住んで、あっちにいっちゃいけない、こっちにいっちゃいけないって、親から……とてもとてもとてもとても大切に育てられた。だけど、一番じゃない。上の階に住んでいる醜い魔女のせいで、いつもいつも惨めな思いをしていた。死んでくれてホッとしたよ」
「おまえ、貴子さんのこと、そんな風に思っていたのか!」

 激怒する五代くんに、園生くんは動じることなく話をつづける。
 葉山のように平然とした表情を保ちつつ、その時感じた感情を交えて話す園生くんは、コップの縁を撫でていた指を底にたまった水へ移動させた。
 テーブルの乾いている部分に、水で汚れた指を擦り付けて、透明な筋を何本も作る仕草が、まるで自分の感情を誤魔化しているように思えるのは気のせいだろうか。

「話を遮らないでよ。公博は一緒に暮らしていないから分からないんだ。ぼくは本当に喜んだんだ。自殺したらしいけど、そんなことどうでもよかった」
「どうでもよかった。だと……」

 五代くんは貴子さんを思い出したのか、悔しさを前面に顔をぐしゃぐしゃに歪めて、二重瞼の瞳を半眼にして園生くんを睨む。

 貴子さんって自殺だったんだ。初めて聞いた。

 僕と同じ杉藤顔で、父の姉だった彼女はなにを思って、自ら命を絶ったのだろう。僕はマスク越しに自分の顔に触れて少し考える。いつか、僕も自らの命を絶つ決断を下すのだろうか。そんな未来が訪れないことを、中学の僕は天に祈った。

「ようやく、あの大きな家で一番の王子様になれると思ったのに、そこへ君が現れた」

 君、という園生くんの言葉に、僕に向けられた様々な感情が込められていた。
 彼の体から漂う匂いが、生魚を腐らせた腐臭を放ち、僕に自身の感情を突き付ける。

「親に裏切られたと思ったよ。だけど、うちの台所事情もうすうす気づいていたし、僕を君に売らないといけない事情も察していた。健気だよね、ぼくって」

 クククっと愉快そうに笑う顔には、罪悪感が見当たらなかった。葉山を連想させる不快な笑顔に、胸の奥が怒りと恐怖と、何とも言えない気持ちとが混ざりあってざわついた。

「なんや、お前。自分が被害者やと思ってんのか?」
「被害者でしょ? 実際。杉藤君を守るために、僕は生まれてきたようなものだよ。日本人の女に見向きもされない父をせっついて、フィリピン人のハーフ――つまり、ぼくの母を杉藤家はくっつけた。父さんは、叔父さんのように器用に逃げられなかったんだよ。まぁ、ぼくを押し付けられて、叔父さんも観念したみたいだからね。お金の力って怖いよね」

 僕の知らない内幕を語る園生くんは、イキイキして生々しく話す。

「ぼくは君に死んでほしい。だけど、それは家に、杉藤本家の屋敷に戻れない不満からさ」

 あそこはぼくの家だ。
――そんな声が聞こえた。

 山奥の改修を重ねた武家屋敷。
 出会った当時の園生くんは、杉藤家から管理を任されているという意識よりも、霊園も屋敷も自分のものだという意識が強かった。
 それはわかる。だって、彼にとってずっとそこで生まれ育ったのだから。
 僕もあの霊園も屋敷も、自分の持ち物だという認識がない。

「けど、あれから三年経って自分の価値ぐらい客観的に見ているよ。君が死ねば、ぼくの価値なんてなくなる。わかるかい? 君の存在が、ぼくに生きる価値を与えているんだ。君が死んだり、なにかが起これば、いろいろ不都合なことが起きて、ぼくは家に帰れなくなるどころか、虫の息の園生家は解体されて、新しい管理人が杉藤本家の屋敷や霊園、他にも管理を任されている施設に配備される。……言葉にすると気持ちいね、早瀬君。ぼくの価値はその程度。今更、命を狙わないけど、ぼくの立場を分かって欲しいよ」

 一方的で身勝手な理屈をこねる園生くんは、自分で作った水の筋をティッシュで拭き始めた。指先が赤くなるまで力をこめて、まるで、最初から存在しなかったかのようにテーブルを拭く。

「えぇ加減にせんか、胸糞悪い。男なら長い言い訳せんと、とっしーにまず謝れや」

 僕とあくまで視線をあわず、自分の世界に閉じこもる園生くんに早瀬くんの方が耐え切れなくなった。怒鳴りはしないけど、地を這う低音が冷たく耳を撫でた。
 早瀬くんは本気だった。園生くんにの答えに次第で、殺しはしないけど、ただでは済まさなかったと思う。それぐらい早瀬くんの身体からは、冷たい土の匂いがしたんだ。
 僕は早瀬くんに、そんなことして欲しくなくて彼を制した。

「いいよ。早瀬くん、謝罪なんて欲しくない。僕も逆にすっきりしたよ、園生くん。話してくれてありがとう。だけど、君に聞きたいんだけど、それで? それがなに?」

 正直こんなことは言いたくない。おどおどと泣く、小学生の頃の園生くんの姿がちらついて、後味の悪い暗澹とした気分になる。

――助けて。ぼくをみとめて。杉藤くんの付属品じゃない、ぼくだけを見て。ぼくをたすけて。ぼくにやさしくして。

 葉山の言っていた園生くんの支配欲は、もしかしたら寂しさから来ているのかもしれない。

「つまり、お互いの為にこれまでと変わらず、大学まで友達のフリをして欲しいのかな? それで、僕になんのメリットがあるの?」

 ――これで不毛な関係が終わると思っていた。

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「復讐」

 言い切る言葉に、僕はどきりとした。自分の中で未だ燻ぶっている怒り。日常生活を奪われた理不尽。
 アイツラのせいで、葉山に出会い、僕は理不尽な責め苦に遭った。
 きっかけを作った加害者たちは、お咎めらしいお咎めなんてない。今頃、神妙な顔を維持しながら新天地で日常生活を謳歌していると思うと、体中の血が怒りで沸騰して気が狂いそうになる。

「何度も考えているんでしょう? ぼくたちが山で遭難したのは、熊谷のイジメがエスカレートしたからだ。ぼくだって、アイツラがバカなことをしなければ、そんなことをしなかった」

 いけしゃあしゃあと、自分のことを棚に上げる園生くんは、はじめて僕の目を合わせて満面の笑みを浮かべる。堀の深さが成長ととも出てきた顔立ちのせいで、照明に照らされた顔の陰影が濃くなった気がした。

「ぼくが園生家を継いだら、主犯格の復讐はスムーズにすむよ。君のことだから、十人単位の復讐を考えているはずだ。杉藤家はそういう家系だもの。君も貴子さんも同じ、ゴミだと認識した人間は容赦しない」

 園生くんの言葉に、病院で五代くんが話してくれたことを思い出した。

『……そして、園生家も杉藤家の施設管理を担うと共に、斎場をとりしきって杉藤家にとっての邪魔なヤツらを、専用の火葬場に直葬させてきた……いわば、私と緑は杉藤の暗部を担う家系さ』

 あれから三年が経過した。三年という時間が、長いのか短いのかわからない。

「……そのゴミに君も含まれているよ」

 内心を見透かす黒い目に、嫌悪感が掻き立てられた。園生くんとの情がごりごり音を立てて減っていく一方で、未知の領域をのぞき込んでしまったような、得体の知れないものが、軟体動物のような質感をともなって背筋を這う。園生くんの提示されたメリットは魅力的で、僕の中にある黒い復讐心が雄たけびを上げて、理性的に終わらそうとする僕を批難する。

 このままで、終わらせるな。と。

「わかった。友達を続けよう、他のみんなはどう?」

 たぶん、その時の僕の顔はとても見れたもんじゃない。
 復讐が果たせる上に協力者が存在する喜びで、僕の顔は邪悪に歪んでいた筈だからだ。

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「俺にも聞きたいことがある」

 沈黙や間《ま》をあけずに、大川くんが授業の時みたいに手を上げた。

「ソノには言いたいことがいっぱいあるけど、まず――ソノの家は、杉藤家にたてついた奴を代々制裁してきたって認識で良いのか?」
「そうだよ。管理を任されている施設の中には、そのための専用の施設がある」

 それは知らなかった。復讐する時が楽しみだ。
 内心浮かれる僕に反して、大川くんの表情は真剣で、園生くんの黒い瞳を真っすぐ見据えている。

「……今から、六年とちょっと前、俺と俊雄以外の卒園式の園児が、式の途中で大人たちに次々連れ去られて、戻ってこなくなった。先生もいつの間にか、いなくなっちまった。ソノ、連れていかれた園児たちがどうなったのか、知っているか?」

 大川くん。
 どうして、あの子たちは君を裏切ったのに。
 友達のために正義を行使した君を、公民館であの子たちは見限った。

『なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ』

 あんな辛い思いをしたのに、君はなんで気に掛けるの?

 大川くんの言葉に宿る切実な響きは、僕の薄汚さを認識させるのに充分だった。僕にとって、時折思い出して胸を痛める程度だったけど、彼にとっては、そうではなかった。まるで今にも死にそうな顔をするほどに苦悩して、どんな結末でも受け入れようとする。
 僕は大川くんの、強い光を秘めた瞳に息が詰まりそうになった。

「連れて行ったのは、多分、叔父さんの手下かな。けど安心して、子供たちの場合は、無暗に殺さないで施設で働かせている」

 園生くんの説明に、大川くんの視線が優しく緩んだ。
 出会ったころと変わらない……ううん、出会った頃以上に純粋で、優しさに奥行きが出来てきた感じがする。

「そうか。生きているんだな」

 安堵した表情の大川くんを、僕は複雑な気持ちで眺めていた。長年の苦悩から解放された表情は晴れ晴れとしていて、園生くんの言葉を信じているのがわかる。
 僕は園生くんに目を合わせようとすると、察してくれという表情で園生くんは目線を横にそらした。

 僕も余計なことをいうつもりはない。
 連れ去られた子供たちは生きているけど、まともな扱いをされていない可能性があることに。
 久保先生の安否も、わざわざ問うつもりはない。

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 もしも、大川くんが知ってしまったら。
 かつての友達がひどい扱いを受けていることを。
 死んでいた方がマシだって、扱いを受けていることを知ったら、どうなるのだろう。

 こんなの僕の想像にすぎない。だけど、大川くんの真っすぐな気性が、いずれ僕へと牙をむくのではないか。

 僕は僕の初めての友達が、離れていくのではなく、敵対することを一番恐れている。

「私も……」

 と、五代くんが控えめに手を上げた。

「葉山の件、私の力が及ばないせいで、君を深く傷つけてしまった。お詫びしようにも、どうすればいいのか分からない。君には返しきれないほどの恩があるのに」

 頭を下げる五代くんに、僕は気まずい気持ちになった。

「いや、僕の方もごめん。葉山を止めようと、僕の為に五代先生に手紙を書いてくれたり、職員に手をまわしてくれたり、僕のことを助けてくれたのに」

 一つ一つ五代くんがしてくれたことを言葉にすると、淀んだ気持ちが晴れて、暗い感情に支配された頭の中が小気味よく整理されていく。
 それは僕に理性的な希望の光をあてると共に、コーヒーよりも苦い後悔を呼びよせた。
 五代くんは五代くんに出来ることをしてくれた。僕が強く抗議して、戦うべきなのは葉山くんなのに、周囲に八つ当たりをして情けないかぎりだ。

「「ごめん」」

 と、ほぼ同時に、謝罪と頭をさげる僕と五代くん。

「なんや、お前ら仲いいやん」

 早瀬くんが茶化すようにいうと、若干気持ちが楽になった。

「俺も俺も」

 と、かぶせ気味に大川くんが手を上げて声を上げる。

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「俺もごめん!」

 大川くんは勢いよく頭を下げた。テーブルに叩きつけるぎりぎりで、頭が止まり、僕に後頭部のつむじを向ける。

「俺、バカだった。俊雄が心読めるから、これぐらいわかるだろって甘えてた。俺の方は俊雄の心が読めないのに、俊雄が昨日泣いた時、ものすごくびっくりして、どうしてこんなに苦しんで泣いているのか分からなかった。考えれば、すぐわかるはずなのに、言われないとわからない上に、早瀬にこういう場所を用意してもらえないと、普通に謝れないなんて、俺、だめな奴で、ほんと、ごめん、ともだちなのに、ごめん」

 最初は勢いよく話していたのに、だんだん尻すぼみになり、涙でかすれて言葉の文脈が壊れていく。大きな体から出る、感情の匂いは、海のように塩辛くて、僕は思わず大きな感情に呑まれそうになった。見えたのは、青くて澄んだ空間の中で、見上げたら頭上の太陽がキラキラと泡を照らしていく幻想的な光景。

 大川くんの心はいつも真っすぐで、真夏の日常のように逃げ場がない。
 そう、常に頭上に太陽が輝いていて、雨が降ろうとも夜になろうとも、太陽が放つ熱が僕たちに迫ってくる。

「大川くん、僕、大川くんとずっと友達でいたいよ」

 これが、ずっと抱えている僕の本音。
 大人になった今でも、僕はずっとずっと、みんなと友達でいたかった。

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 僕はまた泣いてしまった。いろいろ、みんなの気持ちを聞いて安心したからなんだと思う。お腹もいっぱいで、心もいっぱいで、僕と五代くんと大川くんは、その場でおいおい泣いてしまった。

 あとになって、気づいたんだ。僕はみんなの前で、園生くんに尋ねていない。あの日、蛍光イエローのテープが途切れたあの場所で、園生くんは鉄塔の存在を指摘して、僕たちが遭難する直接的なきっかけを作った。

 下手したら僕だけじゃなくて、大川くんや五代くんも、園生くん自身も死んでいたことを、ちゃんと糾弾すべきだったんだ。そうすれば、大人になった園生くんは踏みとどまってくれたかもしれない。五代くんに殺される悲しい顛末を迎えなかったのかもしれない。

 大人の僕は後悔するしかない。
 過去を思い出して傍観する大人の僕は、戻りたくて仕方がない顔で、過去の光景を眺めている。
 ファミレスからの帰り道で、早瀬くんが矢継ぎ早にする質問に、たじろいでしまった僕たち。早瀬くんは黙って聞いていた分、質問が山のようにたまってしまったらしい。

 杉藤家や杉藤顔のこと、小学校の時のイジメと山での遭難。
 そして葉山とのこと、質問されたことは全部答えた。
 だから。

「あー。ここまで話してくれたのに、ワテも自分の身の上話せにゃ、フェアじゃないなー」

 と。

「うん、だから今度話してね。今度は僕がおごるから」

 大切なものを交換するように、お互いの思い出を交換すれば、それはちゃんとした絆になるはずだと、中学の僕は信じていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 早瀬くんを友達にむかえて、学校生活に何とか馴染み始めて、クラスメイト達とも打ち解けてきたと思っていた。

 ただ普通にみんなと仲良く暮らしたい。僕は誰かを傷つけるつもりも、不快にするつもりもないんだ。

 そんな中で、また世の中で凄惨な事件が起きた――1997年の二月から五月にかけて起こった【神戸連続児童殺傷事件】だった。

 逮捕された犯人が中学生であること、僕たちが寮生という理由があって親元を離れた特異な経緯から、周囲は僕たちを警戒するようになった。

 どうして、みんな、僕たちをそっとしておいてくれないんだ。

【つづく】

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