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ハセキ・スルタン・イマーレト 500年の時を超える、エルサレムのスープキッチンにたどり着いたまでのお話

さて、Podcastでもお話した、500年続くエルサレムのスープ・キッチン、ハセキ・スルタン・イマーレトのお話の続きですが(ご興味ある方はPodcast「エルサレム 〜歌とハーブの中庭で〜」第2回を合わせてお聴き下さい)、

https://www.podbean.com/ea/pb-jy2hq-15df11c

ここからはどうやってこのスープ・キッチンへとたどり着いたか、についてご説明します。

Podcastでも話しましたが、2年前の夏、私はオスマン宮廷の音楽家たちについて調べていました。

そしてちょうどその時、友人に連れられてエルサレムの旧市街の中にある骨董品店を訪ねたのですが、そこのご主人が話の流れで「そうだよ、だってエルサレムはヒュッレムが整備した街なんだから」と言いました。

その時、私は一瞬「ヒュッレム?」とキョトンとしたのですが、しばらくしてからそう言えば、ヒュッレムはオスマン帝国・スレイマーン1世の妃となった人だと思い出しました。

それから1、2日ぐらいしてから、私がとある日本人YouTuberさんのビデオを見ていた時、フリートークのコーナーでその方が「もうすぐ『夢の雫、黄金の鳥籠の新刊が出ますね〜」とお話されていました。
この『夢の雫、黄金の鳥籠』というのは、篠原千絵さんという方が連載されている漫画で、オスマン帝国のハーレムをめぐる攻防戦、といった題材で描かれているものなのですが、この漫画の主人公というのがヒュッレムなのです…!

この漫画は私がまだイスラエルに住み始める前、約10年ほど前から続いている作品で、当時はまだ第1巻しか単行本が出ておらず、第2巻が出る前に私はイスラエルに来てしまったので、長らくこの漫画については頭から抜け落ちていたのですが、なんと私がヒュッレムのことについて気になり始めたこのタイミングで、いつもは全然違う話題を話しているはずのYouTuberさんの口から突然、この話題が降って来たのです…!(ちなみにいつもの話題はなんだったかというと、当時世間を騒がせていた小室圭さん・眞子さん結婚問題というぶっどび具合www)


早速私はこの『夢の雫、黄金の鳥籠』を大人買いして(笑)、全巻電子書籍で購入して楽しくヒュッレムの半生について知ったのち、彼女のことをさらに調べて、どうやらエルサレムに彼女が作らせたという、救貧院(スープキッチン)があってなんと現在に至るまで休まず活動している、ということがわかり、一体それがどこにあるのか、をたどる段階となりました。


というのも、ウェブ上のどこを探しても住所は書かれておらず、唯一手がかりになるのは、入り口、と表された一枚の写真のみ。


でもこれだけではエルサレムの旧市街は迷路のように入り組んでいて、似たような風景はいくつもあるので、とてもじゃないけどこれだけではわからない、と頭を抱えていました。


そこで私は、当時パレスティナの日本大使館出張所にご勤務されていた、ある参事官の方に何かご存知かもしれない、と思ってご相談して見ました。


ところがその方も「初めて聞く名前だ」ということで再び振りだしに(汗)


ところが、それから数日経った後、その方の奥さまがなんと「買い物の途中であの写真にそっくりな場所を見つけた」と、びっくりするようなことをおっしゃるのです!


「ええ〜?!」と驚いて奥さまが撮って来て下さった写真を見てみると、確かにそっくりで、看板にアラビア語で「ハセキ・スルタン・イマーレト(アラビア語では"タキーヤ")」と書いてあるのが確認できました。


もう驚くばかりで「一体どうやってここを見つけられたんですか?!」とお尋ねすると、「いつものように買い物をしていて、なんとなく似たような場所があったなぁ、と思ってそのまま歩いて行ったら見つかった」とのこと。
もう奇跡としか言いようがありません。私一人ではいつまで経っても見つからないままだったでしょう…。


ということで、その週の週末は「大人の遠足」ということで参事官と奥さま、そして私というメンバーで実際にこのハセキ・スルタン・イマーレトを訪ねてみよう、ということになりました。


ハセキ・スルタン・イマーレトの入り口と看板


通りからの入り口を抜けて、建物の入り口を見てみると、ドアが閉まっています。今日は休みかな、と思って3人であたりを見回していると、中から男性が出てきました。


参事官はアラビア語が流暢なので、その方とアラビア語でやり取りされています。しばらくすると、「今日は休みだけどと特別に中に入らせて頂けるそうです」とのこと。奥さまと一緒に喜んで中へ入らせて頂きました。


その方はスープキッチンでメイン・シェフをされている方でした。
12:00からのスープ配布に向けて毎朝6時から仕込みをされているとのこと。


建物を入って正面にスープの大鍋があり、ここでスープの配給がされます。
右脇にはかつてのかまど、そしておそらく銅でできた昔のスープ鍋が陳列されていました。


ハセキ・スルタン・イマーレト内部
現在使用されているスープ鍋


右脇にある、昔のかまどと大鍋
昔のかまどと現在の鍋の様子

上を見上げると八角形の形をした採光窓があって、上から光が降り注いでいます。


八角形はビザンティン時代に多い形なのです

この建物はおそらく13世紀ごろから存在するもので、ビザンティン帝国が滅んでオスマン帝国になった時に、もともとあったこの建物がワクフ(イスラム教共同体の慈善事業)直属の救貧院として使われ、スープキッチンとしての活動を始めることとなったのです。

「今日は休みだけど日曜日から木曜日まで、スープを配っているからいつでもいらっしゃい」というシェフのあたたかい言葉を頂いて、スープキッチンを後にしました。


その帰り道、参事官が「すごいですよ!あのシェフの方はフスハーのアラビア語で話していらした」と切り出されました。

どういうことかと言いますと、フスハーというのは「正則アラビア語」といって、いわばアラビア語の共通語。イスラム教の聖典である「クルアーン」やテレビ・ラジオのニュースなどにはこの格が高いとされるフスハーが使われています。

一方で、日常語として話されているのは「アーンミーヤ」と言って、地域ごとに違うアラビア語、言ってみればアラビア語の方言です。

エジプト、シリア・パレスティナ、北アフリカ、イラク、湾岸地域など話されるアラビア語は全然違うもので、通常は、日常生活でやり取りするにはこの地域別アラビア語である「アーンミーヤ」を話します。むしろフスハーで話す方がちょっと奇妙なくらいなのです。


ところがこのシェフの方は、私たちが異教徒であるのも関わらず、格調高いフスハーで話しかけて下さった、
「スープキッチンとは言え、宗教施設の一環であることからも、シェフの敬虔な姿と、仕事に対する誇りが伝わってきますね」と参事官がおっしゃっていました。

私はこのことに非常に感銘を受けました。
使命感と誇りを持って、この仕事に携わっておられることの表れ。
そして、参事官のおかげでそんなやり取りからこのような素晴らしい事実がわかったこと。

私一人ではアラビア語では対処できなかったし、フスハーかアーンミーヤかの区別なんてとてもじゃないけどできません…!


そして私がもう一つお伝えしたいことは、本気で何かに向けて取り組んでいる時は、私たちが考えもしないような助けが向こうからやってくる、ということ。

とにかく一心不乱に調べたり、「絶対つきとめたい!」という気持ちが極まると、天の助けというか、自分では考えられないような方向から救いの手が差し伸べられる気がするのです。

どうして急に、初めていった骨董屋さんの口からタイミングよくヒュッレムのことが聞けたのか、

いつもは全然違う話題を話すYouTuberさんがどうしてそのタイミングで急にヒュッレムの漫画について触れたのか、

奥さまが買い物途中にふと気になって向かって行った先がまさにそこだったこと、

参事官がついて下さっていたおかげで、フスハーを話すことの意味の深さがわかったこと、

バラバラだったピースが何かのきっかけでヒュルっと一つになるかのような、不思議な流れとしか言いようがなかった。

これってもしかしたら、人が発する思いというのは、時間や空間を超えて何かを促すエネルギーそのものだったりするのか、と本気で感じました。

ただの偶然、と捉えることももちろんできますが、
その割には偶然が重なりすぎていますw


ただ、間違いなく言えることは、思いがなければ行いは生まれない、
思い、行い、それが人との間を巡って、次のアクションを生み出していく、

これが繰り返されて人生が、世界が、歴史が成り立っていくのかな、と肚の底から感じました。

掴んだ糸の先をどこまでも手繰り寄せてみよう、

そこから思わぬことが、私を待ち受けている。

不思議なことって世の中にはあるもんなんだ、

と思うと、生きていることの素晴らしさを改めて実感します。


スープの配布風景
スープの配給時は男性・女性と分けられて配られます。
こういったところも宗教施設ならではの慣習


私もタッパーを持ってスープを頂きました
大鍋スープとシェフ
頂いたスープ。お肉がたっぷり入っていて、トマトベース、隠し味はなんとカルダモン!
「オスマン帝国の威信をかけて」上質なスープを供給する、という当初からの使命をその味にしっかりと感じます…!


シェフとスタッフさん、そしてこのハセキ・スルタン・イマーレトをご一緒に訪ねて下さった日本大使館ラマッラー出張所の服部参事官(当時)
ハセキ・スルタン・イマーレト 入り口にて


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