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その花手紙と共に

なかなかペンが進まない

季節は次々死んで行って
また新しい命が芽ばえる頃

僕は伸びた襟足を掻きむしりながら
あの時の呪いが解ければと、ペンを走らせている

収入がある訳では無い
なのでバイトをかけ持ちしながら、趣味で小説を書いている僕だが

今その理由が分からなくなっている

いや、忘れた訳では無いのだ。
分からないのだ。
何故ならば呪いだから

あの日、季節は今と同じく少し暖かくなりつつある教室で
僕の書く歪で、何処にでもあるような小説を
彼女は真剣な表情で読んでいた

その普段掛けないメガネ姿も、長い髪を耳に掛ける姿も
その綺麗な姿勢も 少し目を細める瞬間も
この特別な時間を僕は脳裏に焼き付けた

彼女は読み終えた小説の紙の束を纏め、
僕をじっと見つめた。

「あの……なにかいってほしいんだけど……」

「よかった……けど。まだこの小説に君がいない」

僕が居ない……分からない
これは僕が書いた小説だ。確かにアリがちな内容かもしれない。でも、この小説のコンセプトに自分を入れようとも思ってない

彼女の意図が伝わらない
彼女の気持ちが分からない

それから、何度も何度も書いては捨てて書いては捨てた
彼女に認めて貰えるように
自分が納得できるまで頑張った
手にタコができるまで
脳が焼き切れるほど、考えて迷って

学校生活が終わる十日前、僕の今までの傑作を彼女にぶつけた

卒業式当日 僕は彼女に答えを聞きに行った
彼女は、桜舞う校庭で綺麗な佇まいでこう言った

「君はまだ、まだまだいける。まだここに君は居ないよ。私は嫌いじゃないけどね。」

僕は心の中で子供のように泣きじゃくった
震える手を抑え、

「そうか。やっぱまだ努力が足りなかったのかな いつか満足させられるような小説書いてみせるよ」

「何言ってんの?私は満足出来たよ。面白かった。今までありがとね。楽しい学校生活だったよ」

その言葉の意味を、意図を汲み取れないまま
もう5年が経つ。
大学へ行った友達も、もう社会人なのか

将来への焦りと
その呪いのモヤモヤとイライラと
社会への不満が募った

ただでさえ書ける時間が少ないのに
バイト先の上司は使い方が荒いし
彼女さえできない

僕は一体、この先どうすればと途方に暮れた

落ち込んで悩んで
迷って考えた

ふとその時、雲のようなふわふわしたインスピレーションが浮かんだ

掴めそうで掴めない
もう少しの、このモヤモヤを
この今の大きなズキズキで対処した

書いては消して
書いては消してを繰り返し、いつの間にか日が暮れて 日が昇っていた

そんなに集中してた自分は初めてだった

その時にうっすら覚えている感情は

ただただ楽しいだった

今までの僕の経験と 感情を
雲のようなインスピレーションと組み合わせて

凡そ2週間でその埋もれる傑作を作り出した

久しぶりに、あの子に連絡をした

久々に会ったあの子はあの頃の長い髪はもう無く、綺麗な短い黒髪で
生後間もない赤子を抱えていた

「久しぶり。元気してた?」

「久しぶりだね。見ての通り元気さ。君は大きく変わったんだね」

「そうかな。悪い意味で変わっちゃったのかもね。それで、急な連絡でどうしたの?寝癖ついてるし」

僕は2週間の傑作を彼女に託した
今までの僕呪いを、解く呪文を喋るように

「満足できると思うから、読んで見てほしい」

彼女は僕をじっと見つめ、あの時とは違うメガネを掛け、赤子をそっとベットの上に置き
読み始めた。

秒針の針が少しうるさい
心臓の音が聞こえそうになる

彼女の読む姿は、あの時と変わらない
あの時と長い髪では無いが、その短い髪を耳にかけて、目を細めた。
あの時の記憶が蘇る。

しかし、あの時とは違う。彼女は少し笑った

あれからどれぐらいの時間が流れただろう
彼女はシワの入った原稿を纏め

僕をじっと見つめたあとこう言った

「おっっっもしろかった!!」

思わず涙がこぼれそうになる

「これだよこれ!君だよ。これさ、卒業してからの君の事?なんかさ、すごい努力して努力して努力して書き上げたんだって伝わってきた。」

あとは、そうだな。

「ものすごく楽しそうに思えた」

僕は震えあがる感情を必死に抑えるが、どうも堪えられそうにない
今まで僕を縛り付けてた呪いが、今ボロボロと壊れて行った

思わず僕は彼女の手をとり、

「ありがとう。ホントにありがとう。」

僕の人生の中で、少しだけ長い授業期間だった。

あれから僕は小説を書いていない。
バイトも辞め
今は定職に着いて、彼女の子供の世話を手伝っている

人は、人の言動1つで人生が変わることもある。
人は、人の背中を見て、生き方が変わることもある。

僕は彼女に変えられ、変えてもらえた。
自分を持つことが出来た。
それは後悔なんてしていない

だから僕は、そんな人になりたい。彼女のような
人に影響を与えて、いい方向へ導いて行けるような

そんな人に。

そんな人に僕はなりたい。
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「ねぇ、もしかして、この二人の関係で変わったのは君だけだと思ってる?」

「いや、そんなことは……」

「私も君に憧れてるんだよ。いつも一生懸命なところ憧れてたの。」

「うん。そっか。」

「私たち。なんかこれからもっと成長できそうだね」

「そうだね。一緒に行こうか」

「うん。」

僕は彼女に似合う花束を渡した。
花束が似合う君へ、僕からのプレゼント。
その花束と、いつもより短い小説を
手紙と称して贈った


「ねぇ、君の得意なタイトル回収はまだしないの?」

「うるさいなぁ……もうするから待っててよ」

「かっこいいの期待してるね」

「やめてくれよ恥ずかしい。」

花束が似合う君をペン1本が繋いだ僕の軌跡を
その花手紙と共に

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